第三話  鬼の住処

 鬼は十を過ぎると青鬼から赤鬼へと育つ。青鬼の頃は大事に守られながら育てられた。ほとんど郷に閉じ込められている様なものだった。青鬼の頃は戦闘能力もなく人の子と変わらぬほど非力であった。赤鬼になると心臓の深の部分を一突きされぬと死なないほど強くなった。少しの傷であれば数秒でたちまち治るのであった。鬼はそれはそれは長寿だった。人間が儚き者と思われるのも仕方なかった。千年も生きる鬼と百も超えれぬ人では。千鬼姫の住まう処は鬼の本家、獄家【ごっけ】と呼ばれる西雲山の火山底だった。まさに地獄と呼ばれる処だった。血の池を過ぎ、針の山を登って降りて、また登って。そうしていると大鬼門が見えてきた。到底、人が辿り着ける場所ではなかった。千鬼姫との純血の強い鬼の子を望む男鬼達は多かったが、本家までたどり着ける者は僅かであった。鬼の一族は各地に散らばっていたが、純血を名乗れるのは八つの鬼頭がいる一族だけだった。この者達の血を受け継ぐ鬼でなければ純血は産まれなかった。元々、女鬼は希少であった。子を産める女鬼は大事に扱われた。女鬼は大抵、産まれてすぐに本家に連れて来られたが自らの意志でその地を離れる事は許されていた。自分の好きになった者とつがいになり子を産むことができた。姫はそれを許されなかった。千もの鬼を産まなければならない宿命だった。その千鬼姫を受け継がなければならないのが今日だった。姫には産まれてすぐに守人【もりと】が付けられた。それが夜千代だった。夜千代は姫が産まれた頃にはもう若くはなかった。その歳、700歳くらいであろうか。守人を引き受けるにはギリギリの年齢だった。夜千代は先代の千鬼姫、火梗の守人でもあった。姫の母、火梗は邪鬼を産んで命を落とした。その亡骸は邪鬼と共に奈落と呼ばれる底のない火の海へと落とされた。邪鬼は産まれてはならない存在だった。鬼は鬼同士殺したり憎んだりする事はなかったが邪鬼は育てる事が許されなかった。それ程、恐れられていた。二つの姿を持つと言われる邪鬼は普段は鬼と変わらず人間の様な姿をしていた。我を失った時が恐ろしかった。だから産まれたばかりの邪鬼は鬼の子だった。奈落に落とすにはあまりにも辛かった。出来なかった。それが人間にはできた。邪鬼が奈落へ落とされるとき、落人【おちど】と呼ばれる人間が呼ばれた。普段から人間を避けている鬼だったが信頼されている奴がいた。それは邪鬼だった。正しく言うと邪鬼の力を失った鬼。人間と鬼の中間の様な生き物だった。落人もまた本家に棲む事が許されていた。存在を隠されていたのだろう。落人の棲家には外から掛ける鍵が付けられていた。千鬼姫はそれがすごく嫌でたまらなかった。邪鬼は嫌いだったが、落人の般若とは仲が良かった。般若は姫に優しかった。他の鬼にもそうであったが、姫とは特別な仲だった。般若は外界への抜け道を知っていたり。綺麗な泉に連れて行ってくれたり。夜千代の目を盗んでは色々な事を教えてくれた。他の鬼が棲む場所もだいたいは、人里離れた処だった。人間に憧れながらも人間を避けるのは何故なのか、姫はいつもそう思っていた。美しいものに囲まれて生き、愚かにも儚く散りたがるそいつらが恨めしかった。

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