5 「暴力」と「消尽(蕩尽)」(3)

 ポトラッチとは、アメリカ北西部のインディアン社会に見られた一風変わった贈与交換です。

 贈与交換とは通常、A部族がB部族に贈り物をし、B部族がA部族に返礼をすることで、一つには互いの関係性の安定化を、一つにはそれぞれの地域ならではの特産物の交換が、効果として得られるものです。

 また、贈り物をもらってしまった時点で、受け取った側に「負い目」が生まれ、ある意味、返礼を強いられます。

 しかも、同等か、それ以上の返礼をしないことには、うちの部族が相手の部族にかなわない、およばないことを暗示してしまうため、劣位に立たされます。結果、贈与交換では、返礼合戦という、いささか闘争的な側面も見られます。

 ポトラッチの特異性は、この贈り物/返礼競争が、富の贈与ではなしに、富の破壊という、いわばマイナスの方向で実施されるところです。

 ちょっと長くなりますが、引用しましょう。


「贈与はポトラッチの唯一の形態ではない。対抗部族の長は、富を厳かに破壊するというやり方で挑まれることもある。このような破壊は、たいてい、受贈者の神話上の祖先に捧げられる。だから供儀とほとんど変わらないのだ。19世紀においてもまだトリンギト族の長は対抗部族の長の前に姿を現わして、何人もの奴隷の喉をかき切って殺すということをやってのけていた。返礼の期限が来ると、この破壊は、より多くの奴隷の処刑によって返された。シベリア北東部のチュクチ族は類似の制度を持っている。彼らは、橇用の高価な犬の喉を切って、何匹も殺していく。こうして対抗部族を恐怖させ、圧倒しなければならないのだ。北西海岸沿いのインディアンは村をいくつも焼き払ったり、カフーを何艘もこなごなに壊してしまう。彼らは、架空の価値のある(その名声ゆえに、その古さゆえに)、紋章入りの銅塊を所有しており、それはしばしば一財産に値するものなのだ。彼らはそれを叩きこわして海へ捨ててみせるのである」

[『呪われた部分』酒井健訳、ちくま学芸文庫、2018:P103]


 現代社会の住人からすると、ちょっと理解できませんよね?


 このポトラッチに、バタイユは共同体が抱え込んでしまう過剰な富、エネルギー、あるいは暴力を、ソフトランディングさせていく仕組み、消尽を見出します。

 A部族とB部族、双方が互いに、過剰な富を、暴力的に破壊しあうことで、簡単に言うと、それぞれの共同体が安定します。もっと具体的に言うと、相互暴力の捌け口を戦争に求めなくてよくなります。


 わかりづらいでしょうか?

 たとえ話をしましょう。

 たとえば、アメリカとソ連が対立していた第二次世界大戦後の「冷戦」とは、見方を変えれば、‘アメリカとソ連が互いにポトラッチすることで、終末的な戦争を回避していた’と言えます。

 当時、アメリカとソ連は、軍事力と経済力を互いに競っていました。資本主義の方がより富国強兵に向いているのか、あるいは社会主義の方が向いているのか、というイデオロギー闘争の側面もありました。

 結果、普通なら、その暴力的とも言える成長競争、過剰に高まる暴力性は、戦争という着地点を見出すはずです。が、戦争は起こりませんでした。


 アメリカもソ連も、過剰な富、エネルギー、暴力性は、ある意味なんの役にも立たない「核弾頭」へと変換していきました。「核」は周知のとおり、使えません。使えない武器です。端的に言って、無意味かつ無駄なものです。

 この「核」という使えない武器に過剰エネルギーをふりむけることで、両者ともに「消尽」をしていたわけです。

 しかも、耐用年数を超過した「核」は廃棄されていきます。

 アメリカもソ連も、地球をまるごと何回破壊できるかわからないほどの無駄な量の「核」を、しかも使えない「核」を、冗長に、過剰に、つくり続けて、廃棄していったのです。

 なんたる無駄!

 これが、現代におけるポトラッチ、冷戦の普遍経済学的実相ですね。

 無駄に「核」をつくって、壊す、というポトラッチ競争により、アメリカとソ連は結果的に戦争を回避することができてしまったのです。

 ちなみに、周知のとおり、ポトラッチ競争についていけなくなったソ連は、解体しました。


 このように、ポトラッチも供儀と同様、共同体が必然的に抱え込んでしまう過剰なエネルギー(暴力性)を、共同体を自壊させるほうへもっていくのではなく、巧みに吐き出す、ソフトランディングさせていく、「消尽」の一形態なのでした。


 さて、人類史は、供儀、ポトラッチの他にも、「消尽」の方法を発明していきます。それが、一つには戦争です。これは、わかりやすいですよね。

 戦争の他には、宗教と、資本主義をバタイユは取り上げています。


 順々に見ていきましょう。

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