第6話 好きの理由

 や、やってしまった。私はとぼとぼと歩きながら、先程のことを後悔していた。


 先程のこととは、もちろん服屋でのことだ。水瀬先輩のあまりにも積極的すぎるスキンシップに、初めてムキになってしまい、そしていつも先輩にやられていたことをやり返してしまったのだ。


「あぁ、うぅ」


 本当に後悔する私の足取りは重たい。なんて失礼なことをしてしまったのだ。いや、むしろ嫌われたかも。後ろには少し離れた距離から先輩が着いてきている。先輩も俯いており、先程のことを気まずく思っているのだろうか。でも顔が少し赤いような。もしかして先輩はさっきのことうれしかったとか?


「いやいや、そんなはずない」


 首をぶんぶんとふる。確かに先輩は私に好意的で、自信過剰かもしれないけど私のことを好きでいてくれてるみたいだとは思う。けどあんなことしちゃったし、自分的には複雑だ。


 なんだがはっきりとしない、このもやもやはなんだろう。そんなことを考えている中。


「あの、お嬢様……」


「ひゃ、ひゃい!?」


 先輩が突然、後ろから声をかけてきたのである。私は間抜けな声を出してしまう。


「な、なんでしょう!?」


 戸惑いながら、先輩の声に答える。


「実はお母様からLINEが来ておりまして、お買い物が長引きそうだから、先に帰ってほしいとのことです」


「え!?」


 そう言われて私も自身の携帯を確認する。するとお母さんから、同じ内容の連絡が届いていた。


「わ、私も来てますね。はは、じゃあいっしょに帰りますか……」


「はい……」


 帰るという言葉に、先輩の返事は少し暗い。やはり先程のことを気にしているのか。これって絶対私のせいだよね、気まずい。とはいえ、ここにもう用事もないので、私達は家に帰るしかなった。




★★★★★★★★★★★




 その後、私と水瀬先輩は家に帰宅し、そしてお母さんも帰ってきた。お母さんは今回の買い物をチャラにしてしまった挽回ということで、大盤振る舞いな豪華な料理を振る舞ってくれた。


 だが私と先輩は終始だんまりであった。そんな様子に見かねたお母さんは心配して色々聞いてきたが、言えるはずもなく、淡々と御飯の時間が終わってしまった。そうして、あっという間に眠る時間。時計は夜の10時を指していた。


「お嬢様。じっとしていてくださいね」


「は、はい」


 私は先輩にパジャマに着替えさせてもらっていた。すでに先輩もパジャマに着替えており、今日は二人で眠ることになってる。でも未だにもやもやしている。ずっと気まずいのだ。


 それでも先輩は変わらず、私の世話をしてくれる。ただいつもの積極的にスキンシップしてこようとはしてこなかった。先輩、私のことどう思ってるんだろうか。夜だからかな。気持ちが暗くなる。


「うぅ」


 福屋での更衣室のこと。思い出すと恥ずかしかったはずなのに、今思い出したらなぜか涙が出てきた。あんなことなかったら楽しいまま今日の夜を迎えられたのに。


「お、お嬢様」


「な、なんでもないです」


「そんなことありません。どうされました。なにか痛いとこでも!?」


 痛くなんかない。体に痛いとこなんてない。痛いのはむしろ胸の奥だ。なんか苦しい。そしてなぜかとめどなく涙が溢れてくる。


「違うんです。私、先輩にひどいことを」


「ひ、ひどい!? どういうことですか?」


「あの更衣室でのことです」


「デ、デパートでのことですか?」


 分かっているはずなのに、先輩はなぜか意図をくんでくれない。それが余計に腹がたった。


「私、ちょっとムキになって先輩を押し倒して。でもまんざらでもなかったから私、なんか調子に乗っちゃって。それで、それで、先輩とそのあとから話しにくくなっちゃって」


 あれ、私は何を言ってるのだろう。


「なんで、先輩は何も言ってくれないんですか!? 私のこと、弄んで何が楽しいんですか!?」


 違う。こんな事言いたいんじゃない。自分勝手な言葉を吐いてる。でも止まらない。


「先輩は、一体、私のこと……」


 また大声で思ってもみないことを叫ぼうとしたその瞬間。


「うう!?」


 突然、私の口が先輩の口で塞がれたのである。そう口付けだ。ただその口づけは本当に些細なものだった。でも激情してるこの感情を抑えるのには充分であった。


 口を離したあと、きりっと視線を向ける先輩の顔が映った。




「咲ちゃん!? どうしたの大声出して」


 その後、下の階からお母さんの声が聞こえてきた。


「お母様、なんでもありません。お嬢様がタンスに足をぶつけられてしまって」


「あ、あらそうなの!? 大丈夫咲ちゃん、お薬でもいる?」


「いえ、ご安心を。そこまで痛みはひどくないそうです」


「そ、華蓮ちゃんが言うなら大丈夫ね。咲ちゃん、今後は気をつけなさいね」


 先輩がお母さんの対応をしてくれた。そして寝室に母が戻っていき、その足音は消えた。





「あ、あの先輩」


 先輩を見て私は言葉を漏らす。すると水瀬先輩は再びこちらを見て軽く頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」


「あっ」


 思わず、驚いて口をぽかんと開けてしまう。そんな様子に先輩はふふっと微笑した。


「すいません。私もお嬢様の気持ちを察せなくて、とんだご無礼を」


「い、いえ。そんなことないです。私が悪いんです。なんか自分勝手に怒ったりして、私の方こそ」


 先輩が謝った姿を見てハッとする。なぜ先輩が悪いのか。勝手に自分がしたことだろ。私もすぐに頭を下げて謝った。しかし頭を下げて謝った後、先輩は手で私の顔をくいっと持ち上げた。



「頭を上げてください、お嬢様。私もはっきり言っていろいろとお嬢様にやりすぎたと自覚しております。むしろお互い様です。お嬢様ばかりが気負う必要はありません」


「あぁ」


 先輩に手を当ててもらい、先輩と視線が合う。急に顔の温度が上昇するのが分かった。


「少し、話を聞いてもらってよろしいですか?」


「あ、は、はい」


 先輩は話が長くなるかもと付け足すと、一緒にベットで添い寝してもいいかと尋ねてきた。私は戸惑いながらもこくりと恥ずかしそうに頷いて、先輩と向い合せにベットに寝転んだ。





「実は、私は小さい頃にお嬢様と会っているのです」


「えっ?」


 すごく優しそうなトーンで先輩はそういった。え、今先輩は何と言ったのか。私にあったことがある。一体どういうことなのか。


「おそらくお嬢様は覚えていらっしゃらないのかもしれません。ですが、確かに私は昔、お嬢様と確かに会っているのです」


「わ、私が先輩と!?」


「えぇ。初めて会ったのは、どこかの公園でした。今でこそ皆からこの容姿や髪のこともきれいと褒めてくれます。ですが小さい頃というのはやはり少し異質に感じるのでしょうか、私は周りから虐められてました」


「虐め……」


「公園ですから学校で会う見知った子どもたちもいます。私の事をいつもからかい、そして私を初めて見る他の子供達にも容姿のことを言いふらして、悪口ばかり言われました」


「…………」


「でもそんな中、一人私の事をかばってくれた女の子がいました」


「女の子?」


「はい、その女の子は今私の目の前にいます」


「えぇ!?」


 先輩の話のその女の子が実は私と分かり、声を上げてしまった。


「私、先輩と会っていたんですか? えぇ、そうだったかな?」


 頭を捻り、思い出そうとしても、全くその時のことが思い出せない。本当にそんなことあったのだろうか。


「ふふ、お嬢様は小さい頃、普段からそういう虐められてる子を何度も助けていたとお母様聞いてます。日常茶飯事すぎて、私の事などは忘れてしまったのかもしれませんね」


「す、すいません。そんな大事なこと忘れるなんて……」


 私は申し訳ない気持ちになって、再び頭を下げて謝る。


「またですよお嬢様、謝らないでください。私がその時、勝手に思っていたことですから。まぁ少しさみしくはありますが」


「だったらなおさら申し訳ないですよ!!」


 私がそういうと水瀬先輩は首を横に振る。


「いいんですよ。あの時、お嬢様が最後に私に言ってくれた一言がありますからね。あの言葉を言ってもらったとき本当に嬉しかったんです」


「な、なにか私言ったんですか?」


「髪です」


「髪?」


「『とってもきれいな銀髪。まるで絵本で出てくるお姫様みたい』と」


 そう言った先輩の顔はとても恥らしく、頬を赤らめていた。私もそれに見惚れてしまう。


「だから再会できたときはとても喜ばしく思いました。そして今こうして、お嬢様に付き従っている次第です」


「そ、そうだったんですか……。そんなことを私が」


 先輩の過剰なアプローチ。その理由は小さい頃の私がしたことにあったのだ。でもそんな言葉を言ったことも忘れちゃうなんて私、なんだかとてもひどいような。


「お嬢様覚えていなくてもいいんです。私はお嬢様といれるのがとてもうれしいんですから。ですが再会したときは嬉しすぎてついいろいろとお嬢様に触れ合いすぎて、今日のようなことになってしまいました。だから、その、あの「」


「い、いえ。今日のことは私がちょっと幼稚だったというか、感情的だったというか、あのその」


 お互いなんだが、言葉がもつれてしまう。たどたどしく、どうも頭の回転が回らない。


「ふふふふ」


「はは」


 だけどそれがおかしくなって、私と先輩は笑ってしまう。なんかさっきまでやっていたことが嘘のようだ。なんて馬鹿らしいことをしていたのだろうか。



「あ、でもお嬢様」


「ど、どうしました?」


「お嬢様が迫ってきたことを後悔されているかもしれませんがむしろ、ドキッとしましたよ。なんというか、むしろ嬉しかったんです」


「う、嬉しかったんですか!?」


「はい!」


 とんだ拍子抜けであった。本当にうれしかったのね。嬉しそうには見えてたけどそれは自分の思い込み、自信過剰すぎると思っていたのに、本当だったんだ。



「あの、なのでお願いなのですが。私に向かってそのもう一度アプローチしてくれませんか?」


「えぇ!?」


 そしていきなりのこの提案だ。私の声は裏返ってしまった。そんな私から先輩に?


「だ、だめですか?」


「うぇ!?」


 その表情は反則だ。いつもかっこいい先輩だが、目の前にいる先輩はうるうるして、かわいい乙女そのもの。いつもとギャップが違いすぎて、胸が張り裂けそうだった。応えざる得ないじゃないか。


「わ、わかりました」


 私は片手を先輩の頭に回す。触れた瞬間、ビクッと震えたのがわかった。私はそのまま髪を撫ぜる。そして。


「先輩、すきですよ」





「う❤」


「う❤」






 私は先輩の唇に優しくキスをした。

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