第3話 メイドさんの理由

 水瀬先輩がメイドさんになったのが今週の木曜日の夜。そして先輩が着替えさせてくれたのは金曜日の朝だ。その後、先輩と顔を合わせなかったが、翌日に母から呼び出されて、再び先輩と家で会うことになった。


 現在、土曜日の朝10時。


 リビングには私と母とそしてメイド姿の水瀬先輩が座っていた。今日は先輩の事情を聞くために三人でいるのだが、座っている位置がおかしかった。なぜか私と水瀬先輩が横並びで、母と対面しているのである。


「あ、あの先輩。なんで横にいるんですか?」


 当然の質問だった。しかし水瀬先輩はその美しい顔ときれいで真っ直ぐな視線を向けて、口を開く。


「私は咲様のメイド。いつ何時でも離れるわけにはいきません」


 そんなことを大真面目に言ってきた。あまりの神々しさに心臓が破裂しそうになった。耐えきれずに目を反らして母の方に向く。


「お母さん、本当にどういうことなのさ。なんで先輩が、どういう経緯で私のメイドさんになったの!?」


 私は水瀬先輩がメイドになってしまった理由を今日まで全く知らされてなかった。なのでお母さんに真っ先にその質問を切り出した。


「華蓮ちゃんのことを詳しく説明しようと思ったんだけどね。一昨日から咲ちゃん、上の空だったから言えなかったの」


「むぅ」


 確かに私は本当に心あらずだった。そんな状態では確かに説明できないよね。でも今はばっちりと意識はある。お母さんもそれを分かっていたようで、説明をし始めてくれた。


「実はね、華蓮ちゃんのお母さんは海外の方なのよ。そして学生時代にお互いホームステイして知り合ったの」


「えぇ!? そうなの!?」


 ちょっと声を出して驚く。なんとお母さんが先輩のお母さんと友達だったなんて。


「そこからよく遊ぶようになってね。もちろん遠くにいるから基本はメールや電話、たまにビデオ通話とかね。大人になってから向こうが日本に越してきていっそう遊んだわ。そしてこの国の人と結婚しての」


「そうなんだ。す、すごいね、お母さん……」


 そしてかなり長い付き合いのようだ。ちょっと唖然としてる。


「でも旦那さんの仕事の関係で、二人とも海外出張することになっちゃったのよ。それで娘の華蓮ちゃんを預かってくれないかと相談受けたの。私は二つ返事しちゃったけど」

 

「ちょっとお母さん、軽くない!?」


「いやだった?」


「そ、そんなことはないけど」


 二つ返事ってなかなかにすごいとある意味感心してしまう。ただ先輩と一緒になること自体に嫌悪感など微塵も湧くはずがない。


「でも私があんまりにもすんなり過ぎたから、向こうもちょっと困惑しちゃってね。確かに、寝床もそうだし、一人分のご飯代かかっちゃうから」


「そりゃそうだよ、お母さん」


「私は全然よかったけど、華蓮ちゃんが納得いかなかったみたいで」


「え!?」


 するとお母さんは水瀬華蓮先輩の方に視線を向け、私もつられてそちらを向く。視線が集まった先輩は、ゆっくりと口を開く。


「衣食住をそう易々と受け取るわけにはいきません。『働かざるもの食うべからず』。それ相応の働きをしないといけませんので」


「そういうのよ、華蓮ちゃんが」


「はぁ……」


 水瀬先輩の発言、とてもまともな言葉であるがなかなかに凄みを感じる。だって普通の高校生はこんなこと言えない。すっごく大人に感じる。


「だから私は提案したの。じゃあメイドさんという名目でうちで働きながら住むって言うのは?」


「はぁ!?」


 そしてこれである。ぶっ飛んだ考えで、私は思い切り声を荒げた。何考えているんだろうこの人は。


「おかしいでしょ!! よく友達も認めたね」


「友達には『家政婦』って言ったんだけどね。メイドさんって言ったら邪な欲望がばれてまずかったかも」


「最悪だ。余計だめでしょ!!」


 本当に何を考えているんだ、この人は。私は呆れ果てて頭を抱える。


「だってさぁ。咲ちゃんは物心ついたときには、もうかわいい服とか着てくれなくなったし、さみしかったんだもの」


「着るわけ無いでしょ、あんな童話に出てくるようなふりふりのドレスなんか」


 母は昔から裁縫が好きでよく自作の服を幼い私に着せてきたのだ。服のセンスは悪いわけでないのだが、コスプレのような、派手なお姫様ドレスを毎回着せてくるのだ。


「だから華蓮ちゃんには着てほしいと思って。これはママが作ったのよ、かわいいでしょ?」


 母がにこりと笑い、再び私の視線を水瀬先輩に向けるように促す。私はそのまま先輩の方を向いた。


「ふふ❤」


「は、はぅ」


 すると先輩はにっこりと微笑む。あぁ、かわいすぎる。美しすぎる。本当に心臓が高鳴りすぎて発作でも起きそう。


 しかし先輩は何かを思い出したかのように、おもむろにその場から立ち上がり母の側に移動した。そして耳打ちでこそこそと何かを話すと、母から何かを手渡されていた。


「はぁ❤」


 するとうっとりするような顔を浮かべて、お母さんはサムズアップを水瀬先輩に向けていた。嫌な予感がしてお母さんに叫ぶ。


「ちょっとお母さん、何を渡したの!?」


「ふふ、内緒。ねぇ華蓮ちゃん」


「はい、お母様。この御恩は一生忘れません。一生お世話させていただきたく思います」


 そういって水瀬先輩は頬を赤らめて少し涙もこぼし、すごくうれしそうな顔を浮かべていた。一体何を渡したのだろうか。本当に嫌な予感しかしない。



「まぁ、ともかくそんなわけだから。半年か一年くらいは海外出張が続くからその期間はここのメイドさんをやってもらうわ」


「そ、そういうわけだからじゃないよ!! 唐突すぎだよ」


「人生はね、唐突に物事が始まるの。いいじゃない家族が増えたみたいで。部屋は来客用を使ってもらう予定だし。華蓮ちゃんの荷物は明日にでも車で運ぶわ」


「展開が速すぎるよ、なんでそんなあっさりと」


 私のことはお構いなしにどんどんと話が進んでいく。だって猛烈に愛している憧れの人をメイドさんとして雇って同じ屋根の下で暮らすなんて、現実感がなさすぎる。


「じゃあ話は済んだし、ちょっと出掛けましょうか。今日は元々お出かけの予定だったし。華蓮ちゃんもいることだし、三人でお買い物に行きましょう」


「はい、お母様。お供させていただきます」


「いい返事。あ、先も言ったけど明日には華蓮ちゃんの荷物取りに行こうね」


「感謝します、お母様」


 急展開すぎるほどずっと話が進んでいる。買い物の約束は確かに、先週くらいから約束してたけど、先輩となんて聞いてない。


 それに私はパジャマ姿だ。お母さんは既に準備万端でちゃっかりと外着に着替えている。


「ほら、咲も早く部屋で着替えちゃいなさい」


「だ、だって急すぎるもの」


 困惑しまくりの私にさらに追い打ちをかけるように、先輩はすっと私の背後に回る。


「お嬢様。そのような匙は私にお任せください。お嬢様は、お部屋で立たれてればいいので」


「ひゃあ」


そういって水瀬先輩は私の背中をまた撫ぜてきた。今度はかなり大胆に触られてしまい、また声が漏れてしまう。しかもちょうどお母さんには死角になるようにだ。


「あら、華蓮ちゃん。咲の着替えまで手伝ってくれるの? うれしいけどメイドさんだからってそこまではしなくてもいいのよ?」


「そ、そうですよ先輩、これくらい自分でできますから」


 はっきり言って前回のこともある。先輩はなぜか私の着替えなどにすごく執着してくる。悪い気はしないけど、本当に恥ずかしい。しかし先輩は私と母から言われても何も動じようとはしなかった。


「いえ、確かに形だけのメイドかもしれませんが、やはりここに住まわせてもらう御恩には答えなくては」


「だ、大丈夫ですから」


 私は体をバタバタとさせて、先輩を振りほどこうとする。しかし華蓮先輩は暴れる私に思い切り顔を近づける。そして


「お嬢様はどうしてもだめですか?」


「は、はぅぁ!!!」


 目を潤ませて、何かおねだりしているようなかわいらしい表情を向けてきたのである。いつもクールな先輩がこんな顔もできるのか。


「い、いえ。ぜんぜんだめじゃないですぅ。おねがいします」


 私は一瞬で陥落した。


「ありがとうございます! お嬢様!!」


「まぁ、咲ちゃんが納得してくれるならそれでいいや。ふふ、華蓮ちゃんは咲が大好きね」


「そうですね。お嬢様は私の……です」


 先輩の表情があまりにも可愛すぎて、惚けてしまい、先輩がお母さんに何を言ったのか肝心なところが聞けなかった。そして惚けすぎて、足元もおぼつかなくなった私を先輩はしっかりと支えてくれる。


「お嬢様、行きますよ。すぐにお着替えをしましょうか」


「は、はい……❤」


 私は顔を真っ赤にしながら、自室へと着替えに向かわせてもらうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る