第11話 「一緒でいい、じゃない」

あたしの不安は誰かと同じものなのか。


それはわからないけれど。


それがわからないから。わかるまでは。

























ふと思うことがある。


「あたしは秀平に何か返せてるのかな」


あたしは秀平のことを好きだし、秀平も好きだといってくれる。でも、あたしの“好き”はきちんと伝わっているのかな?それは、重たくないのかな?


最近、そうやって不安を感じるようになった。


秀平は何も変わらないのに、その変わらないことが怖くなっている自分がいる。


「はぁ」


ため息を吐いて、右隣を見る。


「ごめんね、変なことにつき合わせて」


「い、いえ」


近くの中学の制服を着たボブカットの女の子が座ってる。辺りを見回せばそこは神社の境内。


うん、自分の足でここまで来たんだからそうじゃないわけがない。


そこで、あたしはこの子に出会った。


「千晶ちゃん、だったっけ?」


「は、はいっ」


何だか、少し怖がられてるような気がする。あたし、何かしたわけじゃないんだけどな。


「もう少し砕けてていいよ? ここで一緒になっただけなんだから」


「それは、そうですけど」


まぁ、ここ、普通はそんなに来るところじゃない。


ただ、ちょっとだけ一人になりたかっただけ。そしたら、一緒に石段を登ってるこの子がいた。まさか、って想いだった。


だって、こんなところに一人で来ようとしてる中学生女子なんていないと勝手に思い込んでいたから。


「それよりさ、少し話さない? ここに来た理由とかさ。あたしから話すし」


「あ、じゃあ。私から」


先に話そうとするあたしを制して千晶ちゃんはぽつぽつと言葉を吐き出していた。


「私、中本千晶っていいます。って、さっきも言いましたね。


 あの、ここって、私にとって泣き場所、逃げ場所だったんですよ。誰も来ない、その気になれば隠れる場所だってある。自信なんてどこにもなくて、部活でも、好きな人と一緒にいるときでも。自身を持ってもいいって言われても、どこかで疑ってる自分がうまく払拭できないんです」


あぁ、この子。こういう溜め込んでしまうところがあたしに似てるんだ。


「でも、この神社。あのご神木の裏に古い防空壕があるんです。昔はそこに入れたんですけど、今ではしっかり施錠されてて。でも、その施錠されてることも、その防空壕が作られたのも、誰かを守るためだったんです。そんな強い想いで作られたものがある場所なら。私は強くなれる。


 少なくとも、少しだけ、自信をくれるんです。


 だけど、ここじゃ乗り越えられないから。結局は好きな人に頼るしかないんですよ」


「ねえ」


「はい」


そこまで言い切った後の千晶ちゃんは清々しい顔をしてた。


「好きな人に頼るのって、どういう気持ち?」


だからなのか。あたしはそんな質問をしていた。


「頼りっぱなしになるのは、あんまりいい気持ちじゃないです。でも、彼もそうはさせてくれないから。だから、嬉しい、のかな。大好きな人と、何かを共有できるのが」


羨ましい。そう、思えた。


あたしはそこまで割り切れない。


「いいなあ。あたし、どうにも依存しちゃう感じだから。そこまでは、ちょっと」


「差し出がましいかもしれませんけど、それはそれでいいと思います。相手の人も嫌なら嫌だって言ってくれますよ」


そう、なのかな。


そうなのかもしれない。そう思えれば少しだけ楽にはなった気がする。


「ありがとう。ここ、返すね」


「あ、はい。でも、また会えるといいです」


「そうだね。また会おう。偶然でも、何でも」


あたしたちは頷きあって別れた。


少しだけすっきりはしたけど、まだだった。まだ、あたしの抱えてるものの答えはすべてが与えられたわけじゃないみたいだった。



























千晶ちゃんと別れてから、気付けば河川敷にまで出てきていた。ここ、家からは結構離れてるけどロードワークのコースにしてるからそれなりには知ってる場所だった。


そして、そこにはどこかで見たことのある人がいた。


「お前、たしか高校の近くのコンビニでサボってた」


「そうです。因みに、会いに来たわけではないので」


先に断りを入れておく。変な誤解があっても困る。


「だろうな。当てもなく歩いてみたらここに着いた。そんなだろ?」


「だからどうしてあなたはあたしの行動を当てられるんですか?」


「単純だからじゃないか?」


いくらあたしでも貶されてるのはわかる。


そう思って睨み付けてみる。


「わかった。言葉が過ぎた。だからその目はやめて。地味に怖い」


謝罪の言葉が聞けたので、とりあえず睨むのだけはやめておく。


「さて、何か聞こうか?」


「は?」


「はって何? 何か聞いて欲しそうな顔してるの、自覚ないんだ?」


あたし、そんな顔してるの?それこそ自覚なんてない。


でも、ちょっと待って。この人大学生だよね? そして、蓮先輩の彼氏。人生経験、恋愛経験ともにあたしよりも上。そして、男。


もしかして、秀平のこと話すのにこの人よりもいい人、あたしの知ってる人の中にはいないんじゃない?


「そういえば、この前、蓮から君の名前聞いたけど、君は俺の名前知らないだろうから自己紹介ね。葉月和樹。言いにくいだろうけど、好きに呼んで」


「じゃあ、葉月さん」


「無難だな」


名前でなんて呼べるわけがない。


「ま、話してみろ。女性でしかわかりえないのはパスで」


そんなの、話すわけがない。


「一応、この話するのに必要だから話すけど。あたし、片親なの」


そう、あたしの不安があの男に由来するものだということぐらいはわかってる。でも、それでどうすればいいのかがわからない。


「あたしの父親はあたしを認知せずに、高校生だったお母さんを捨てた。それから顔のいい男が信用できなくなった」


「結構、きつい話するな、お前」


見ると、葉月さんは変な顔をしてた。変な、というよりは複雑なというべきか。


「ああ。続けて」


「でも、あたしはそんな顔のいい男に好きだって言われて、好きになった。だけど、愛されても、あたしは家族や友達じゃない人に向ける愛がわからない。どうやったら正しく愛せるか、わからなくて」


そして、あたしは今デートの約束をすっぽかしてる。これは言えなかった。


それでも、目の前にいる男はそんなことすら見透かしているようにあっけらかんと言い放った。


「時間なさそうだから、手短に行こうか」


というか、確実にばれてる。デートをすっぽかしてるとか、はっきりしたところじゃなくても。何かやましいことがあるのを確実に感付いてる。


「要は、男に愛されたことがないから、それにどう返していいかがわからないって所だと思う。でもな、だったら言えよ。相手にきちんと言ってやれよ。その口は、飾りか? 相手の男とキスするためだけにその口はあるんじゃないだろうが。言いたいことを言って、偶にはどうしようもない嘘をつくこともある。偶には言いたくないことをいうことだってある。それでも、全部言葉なんだ。


 その口は、キスしたり、何かに噛み付くためだけのものじゃない。言葉を発することの出来る、手っ取り早く想いを伝えられる最高のツールだ。わからないなら聞けばいい。伝えたいのなら伝えればいい。言葉で。それだけのことだ」


あっさりと解決してしまった。


あんまりにも軽く片付いてしまったので呆然としていると、


「早く行ってやったらどうだ? 蓮から連絡が来ていてな」


そう言って、葉月さんはあたしに携帯の画面をずい、と押し付けた。


『某彼氏さんは待ち惚け』


とあった。


まさか。


「気付いた? 最初の中学生、中本千晶ちゃんの時点で蓮の差し金。まさか、ここまでぴったりとはまるとは思わなかったけどな」


最初から最後まで蓮先輩の手のひらの上だったんだ。


そう、きっと待ち合わせ場所まで行って踵を返したところから見られてたんだ。


「ぅ」


急に恥ずかしくなった。


「ちなみに、千晶ちゃんも自分に自信が持てなくて似たような壁にぶつかってたらしいよ。彼女の場合は親友と、今の彼氏のおかげで何とかなったみたいだけどね」


「うああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


どうしようもない自分に気付かされた。恥ずかしいことこの上ない。


思わず頭をかきむしりながら天を見上げて叫びをあげるなんて。お母さんやこまに見られた日には卒倒されてしまいそうだ。


「それ、もう二度としないほうがいいぞ」


「そうします」


言ってしまえば開き直れた。


「じゃあ、行ってきます。色々ありがとうございました」


「そういうのは蓮に言ってやれ。おかげで俺もデートすっぽかされてるんだ。早く解決すればその分俺も遅れを取り戻せる」


「はい」


最後は笑って。あたしは駆け出した。


きっと、待ち草臥れてしまっているだろう秀平に会うために。



























待ち合わせ場所にしていたのは高校の近くの公園。休みの日、そして晴れてることもあって子供たちで賑わっていた。


そんな場所に、一人。立ち尽くしている人がいた。


「秀平」


中々うまく認められなかった。でも、背中を押してもらえた。だから、認められる。自分の怠慢と弱さを。


「ごめん。あたし、まだ秀平のこと疑ってた。あたし、まだ誰かに愛されるっていうのが上手くわからないけど。それにどう応えていくのかもよくわからないけど。でも…… あたし、やっぱり秀平のこと好きだから。色々していきたいし、してあげたいし、して欲しい。


 だから、これからはきちんと言葉にするから。だから、今日は本当にごめんなさい」


駆け寄って、あたしは深々と頭を下げた。


「……」


秀平は何も言わなかった。


ふと、頭に手が載せられたのがわかった。


「いいよ。最初から怒ってないし」


「え」


「俺も、結構焦ってたからなぁ。人と向き合ってるのに、思うように進まなくて。相手は人なのにさ、自分だけの思うようにいかないからって焦ることなんてなかったのに」


もしかして、秀平もあたしと一緒だったのかな?同じように、蓮先輩と葉月さんもこうやってすれ違って、ぶつかってきたのかな?


その度にお互いをすり合わせて理解していく。それは、男女でなくても、友達でも同じことなのに。


「恋って難しいね」


「そうだな。でも、いい加減にそのストレートな物言いは何とかならないものか」


何の話だろう。


「特別で、でも別に特別じゃなくて」


「曖昧だよな」


「曖昧だね」


そろってため息を吐いた。


「難しく考えるとまたすぐにぶつかるな」


「だね」


そこまで言うと秀平はあたしの手を握った。


「じゃ、そろそろ今日の遅れを取り戻そうか」


「うん」


あたしたちはそろって公園を後にした。いつもは制服で歩いている道を、私服で歩く。普段、制服で一緒に歩いてるだけでも特別で、それだけで息が詰まりそうなのに。私服っていうだけで更に息が詰まりそうなくらい。


でも、それが嬉しい。それが特別に思ってることだってわかってるから。


「そうだ」


秀平が急に立ち止まった。


「今日の服も、可愛い」


「っ!」


不意打ちもいいところだった。


だけど、嬉しいだけでもいられない。聞かなきゃいけないことがある。これだけは聞いておかないと、あたしはどこにもいけなくなってしまう。


「ねえ、秀平」


「ん?」


「本当に、あたしで良かったの?」


ずっと、気にしてたことだった。付き合いだしても、この不安が消えた日はなかった。


あたしよりもずっと綺麗な子も、可愛い子もいる。でも、あたしである意味は何なんだろう。


「愛」


秀平はあたしの手から手を離すと、あたしのあごを片手で持ち上げた。


「愛は結局誤解したままだったんだな。俺、一緒でいいんじゃない」


一瞬、言葉を切ったかと思えば、気付いたときにはあたしの唇は秀平に塞がれていた。視界いっぱいに広がる秀平の顔。ていうか、近い。


あたし、もしかしなくてもキスされてる? ていうか、更に言えば抱きしめられてる!!


そこまで気付いたところで、秀平の顔が離れた。恥ずかしくて秀平の顔なんてまともに見れないのに。でも顔をそらせないし、目も閉じられない。


「一緒でいい、じゃない」


今度はさっきよりもきつく抱きしめられた。


「一緒がいいんだ」


漸く、秀平の気持ちがわかった気がした。だから、あたしも伝えなきゃ。言わなきゃ。伝わらないから。


「あたしも。あたしも秀平と一緒がいい」


「知ってるよ。でも、ありがとう」
















以下後書


このエピソード、執筆当時は非常に難産で、普通にデートをさせるつもりでいました。


ただ、自分が経験したことのないことは書けない、というかわからないので、開き直ってデート前に血迷ってしまったという流れにしたことを覚えています。


結果的に、ゲームに負けたら~の千晶が登場したり、和樹が再登場してみたりと結果的に各作品とのリンクを強化するエピソードになりました。


今なら書ける気もしたんですが、そうすると千晶が出てくることがなくなるので止めました。

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