第19話 青年はRPGマニアだというのにフラグに気付くのが遅れてしまう

「ブラストカッター!」


 火の山フレイテンは予想以上にサラマンダーの生息地だった。

 そこここにサラマンダーがいる。

 カテゴリーはモンスターではあるけれど、その生態はトカゲのそれであり常に人間を襲ってくるわけじゃないのが救いだ。

 夜は寝ているようだったし。

 ただ、いつどんな理由で襲われるか判らないから心休まる暇がない。

 しかも、血が燃えるので下手に傷をつけるとこっちにも被害が及ぶ。

 本当に厄介なモンスターだ。


(血が燃えるってなんだよ?)


 どういう成分なのか判らないのだけれど、空気に触れると燃え出すんだ。

 なんて地の文で説明してもレイトには伝わらないんだけどね。


 …………


 むなしいなぁ……。


「つーかさ、いつ噴火するか判らない活火山はフツー入山規制するもんじゃないのか?」


「なんだい? そのニュー斬鬼性ってのは?」


 ヴァネッサの絶対おかしい変換をしているに違いないイントネーションも仕方ない。

 二十一世紀日本の防災体制を持ちこんじゃいけないぞ、レイト。

 ところでなぜレイトが魔法でサラマンダーを倒しているかといえば、剣を失っているからだった。

 確かに最初の二、三日は主に剣で戦っていた。

 しかし、サラマンダーの燃える血にさらされているうちに金属疲労なのか形質変化だったのか、とにかく切れ味が極端に悪くなり、鞘にも収まらなくなるほど歪んだかと思うと鋼鉄の剣は四日目についに刀身の半ばあたりでパキリと折れてしまったのだ。

 それ以来、レイトはブラストカッターとウォーターショットで戦うようにしていた。


「予備を用意していないからだ」


 と、説教をたれるクリスはしこたま予備の剣を用意していた。

 その数じつに十二本。

 これもクリスティーンのポケットマネーで支払われているものだ。

 武器ってものは決して安いものじゃあない。

 それを十二本も買うだなんていくらなんでも正気じゃあないとレイトは思っていたわけだけど、クリスの準備は間違っていなかったわけだ。


「一度この山を通ってきているからなぁ。経験者は語るってやつだ」


 と、ライアンが肩を叩いて慰めてくれる。


「てゆうか、そういうことは最初に忠告しておけよ!」


「フレイテンを通る時の常識だろう」


「俺は別世界の人間だぞ。知るかよ、そんな常識」


「そうだったな。次からは気をつけよう」


 次はあるのか?


 ちなみに予備はある。

 鋭利な鉄の剣が一本。

 世の中なにがあるか判らないので非常事態に備えて温存しているのだ。

 他にクリスに取り上げられている鋭利な鋼鉄の剣もあるにはある。


「クリス、一本くらい使わせてくれてもいいんじゃないのか?」


 と、頼んではみたが、にべなく断られていた。

 そのクリスも十二本の剣のうちすでに七本使い潰している。

 数を揃えるために安物を買ったせいもあるんだろうけど、それにしてももっと大事に使ってもいいんじゃないかとレイトは思ったわけだ。

 けど、


「武器こそ消耗品だ」


 という。

 や、そうだけど。

 武器は高いんだぞ。

 しかも他人ひとの金で買ったものじゃないか。

 ちょっとは遠慮というか、配慮くらいしたらどうなんだ?

 そんなクリスも最初から持っていた騎士の剣は非常事態のために温存している。

 アマゾネスの大剣+2という魔法剣持ちのヴァネッサは、サラマンダーと相性が悪いこともあってクリスティーンとライアンを守るのに専念しているため、ほとんど戦う機会がない。


 ところで、その非常事態というのはなんだ? って気になっている読者もいるかもしれない。

 ちゃんと読んでくれている人は薄々勘付いているだろう。

 そう、ドラゴンが出たという情報があるからだ。

 出会わなければそれに越したことはない。

 けれど、神頼みだけですますわけにはいかないのだ。

 そして、レイトは


(ドラゴンとの戦いは避けられない。絶対シナリオに含まれているはずだ。そもそもガゼラクトでドラゴンの話が出た時点でフラグが立ったに違いない)


 と、確信している。

 何度も何度も現実っぽいぞと気合を入れ直していても、パソコンのモニターに吸い込まれたというそもそもの経緯から始まって、このゲーム画面を見ているような視覚情報のせいでゲーム感覚が拭えないでいる。

 そのせいでついつい思考・発想がゲーム的になってしまうのは仕方ない。

 今もサラマンダーが一匹こちらに向かって走り寄ってきたのをブラストカッターで倒したわけだけど、感情がほとんどない。

 なんというかレベルアップのために経験値稼ぎをしている、まるっきり作業ゲーム気分だったのだ。


「退屈ですか?」


 そんなレイトの様子を察してくれたのか、クリスティーンが話しかけてきてくれた。

 すると、視覚情報がフィールドを進む騎士と箱馬車から、馬車の中のFPS一人称視点になった。

 荷物だらけの車内で目の前にはクリスティーンとヴァネッサが座っている。

 狭い空間に視界に入るのは二人だけということもあるのか、情報処理能力がその二人のポリゴン処理(いや、それはあくまでレイトの視覚に限ったものらしいのだけど)に振り分けられたようでなかなかどうして高精細な美女と美少女がレイトの目に映っている。


「あー……そんな風に見えた?」


「ええ」


「あたしにも見えたね」


「そうか、確かにちょっと単調で飽きてるかもしれない」


「おいおい、モンスター殺しながら『飽きた』はないだろ。ひでーやつだな」


 と、声をかけたのは馬車の御者をしているライアンだ。

 彼だけは馬車の外にいて、御者席とは小窓でつながっている。


「ウィザードの手下やってて悪逆の限りを尽くしていたやつに言われたくないなぁ」


 と、レイトが言い返すと、


「おいおい、確かに手下だったけどそこまで非道じゃなかったぞ」


「そうかい? あたいらアマゾネスうちじゃあ『いけすかない坊主』で通っていたし、第一あんた、王女様殺してダンジョンから抜け出すんだとかいってたじゃないか」


「うぐっ、それを持ち出すなよ。反省してるんだから」


「うふふ。確かに私たちと一緒になってからのライアンは心を入れ替えて私たちを守ってくれていますね」


 いかにも育ちのいいお姫様然とした笑い方と言い草に場の空気が和む。


「でも、確かにただただ馬車に揺られているだけってのは退屈にもなるよな、クリスティーン」


 と頭の後ろに手を組んでニタリと笑う。


(そんな仕草まで表現できるとかすげーな)


 とか、どうでもいいところに感心しているレイトであった。

 まぁ、かなり進化してきていたとはいえ、ずっと前世紀然としたキャラクターとして映っていた美人さんだ。少しくらい見惚みとれていたって仕方ないか。


(……それにしても、どうしていきなりこんなシーンが挟まったんだ? 今までだって会話はそれなりにあったけど、箱馬車の中に視点が移動したことなんてなかったのに……。あれ? これってイベントムービー的なものなのか? ってことは……)


 レイト、よくやった。

 ようやくそこに思い至ったのだね、私は嬉しいよ。

 しかし、これから起こる出来事は避けられないのだよ。

 イベントってのはそういうもんだろ?


「グオオオオ」


 突然、耳をつんざく咆哮が降ってくる。

 箱馬車全体がビリビリと振動するほどの音だ。


(視覚情報を移したのは、これか。こいつの接近を察知されないためになんらかの力で意図的に視点を一時的に移しやがったんだな!)


 君のような勘のいいガキは嫌いだよ。


 いやいや、一度言ってみたかっただけだよ。

 ライアンが馬車を止める。

 三人が馬車から出ると視点が従来のTPS三人称視点に戻った。

 上空には馬車の倍はあろうかという赤い竜。

 さあ、退屈は終わりだよ。

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