存在しなかったモノたちの日常と幻想

城前朱夏

1st beat「ここから」

「多分、大丈夫だって。なんとかなる。」

「……狭いんだけど。もう少し向こう、行ってくれる?」

「今日の晩メシはなんすかねえ?」


この訳の分からない状況に思わずため息が漏れる。


発端は、家を追い出されたことだ。

次に、車もバイクもあるのに車中泊をしようと誰も言いださなかったことだ。

第三に、戸籍がなくてどことも賃貸契約を結ぶことができなかったこともある。

だが、一番の原因は……


志龍の「当てがある」の一言を全員が信じたことだ。


その”あて”である工場の前。時刻は八時くらい。

どこから拾ってきたのかわからないダンボール、それ拾ってくるくらいなら宿を拾ってこい、という話なのだが。

みかんと書かれた箱は虚偽記載で中身は、大人二人と子供二人。


いかつく髪を立てた全身迷彩服で、いったいどこの自衛官を連れてこられたんですか?って恰好をしているのは茅池 志龍(ちがいけ しりゅう)。

本名はジョマンダ。さらに、右腕にはトライバルの刺青つき。(本当に自衛官なんだけど。事情があり戸籍なし)

スクラブに白衣といったいでたちのくせに、メッシュの銀髪、長めの髪、といった一見すると医師なのか魔術師なのかよくわからないのが茅池 志庵(ちがいけ しあん)。おまけにこちらも、本名はヴァリスといい、左腕に入ったラテン語とトライバルの刺青。(本当に医者なんだけど、こちらも事情があり戸籍なし)

といった、26歳にもなってわけのわからないすさまじい得体のしれない双子の兄どもと。


志龍と同じような髪型をして、この辺ではトップ高校に数えられる龍紋学院大学付属高等学校の制服をホストみたいに着崩した軽薄そうな奴。ご丁寧に髪まで銀メッシュだが、自由な校風と成績の良さから一切怒られないぼくの双子の兄、茅池 零志(ちがいけ れいし)。

そしてその双子の生物学的上妹であり、性別が不安定なこと以外は何の変哲もない、これまた普通の蔵前高校に通っているのがぼく、茅池 悠奈(ちがいけ ゆうな)である。零志と同じ美容院に連れていかれるため同じ髪型をしているが、男女両方ともやるためセットもしてないし、髪は少し長めだし、もちろん真っ黒である。


こんな面倒くさい四人が詰まった段ボール箱。

ご丁寧に側面には志龍が書いた"ひろってください"の文字。

近くには、乗ってきたアテンザワゴンとハーレーダビッドソンのローライダー。

……誰が拾ってくれるというのだろうか。

大人二人子供二人車一台バイク一台。

ダンボールを片づけて、少し窮屈だけどアテンザワゴンをフルフラットにして4人で仲良く今日は車中泊を決めるのが得策ではないのか、そう思い始めた時だった。


工場の明かりが落ちる。

ガチャリと扉があいて、人が出てきた。

さっと見えた髪は長いけれど、男性なのか女性なのかよくわからない。

ぼくも似たようなものだけど。

着ていた作業着は、たくさんの色にまみれて虹がかかったみたいでぼくにはとてもきれいに見えた。

凛と前を見据えて歩く姿はとてもきれいで、思わず息が詰まる。


そして、向こうも息が詰まったようだ。


4人が詰まった訳の分からないダンボールの箱を見て、表情がこわばる。

訝し気な視線をちくちくと感じながら、居心地がなんとも悪くなる。

だから、車中泊しようって言い出せばよかった。後悔してももう遅い。

こうなったら通報されないことを祈って、ダンボール片づけて、こんなわけのわからないことをいいだした志龍を焼却処分したい。

そして、穴があったらぼくたち3人も仲よく詰め込まれたい。

そんなどん底の気分で、これ以上落ちようもない場所にいたはずなのに、志龍がそれをドリルで彫り進めた。

……マントルまで行く気かよ、こいつ。


「 ひ ろ っ て く だ さ い !」


幼稚園児がバザーでものを頼むような。

26歳の成人男性とは思えない声色で。

しかも刺青まで見せて。

綺麗な色をした人に言った。


いつも志龍のバカげた行動を止める志庵は興味のなさそうな顔でアテンザを見ているし。

零志に至っては、へらへらしていて何を考えているのかよくわからない。大方、今日の晩御飯のことだろう。

ぼくは、いぶかしげな視線に耐え切れなくなってダンボールの境目を見つめていた。


ここをぺりぺりはがして、馬鹿を一人抱えて志庵に頼み込んで車出してもらうしかないなあ。ハーレーはあとでとりにこよう。

住所不定無職戸籍なしで通報されて留置所生活はもう二度とやりたくない。

ただ。

このまま誰も何も動かなければ、そうなるのだろう、覚悟を決めなければならないのか。

状況をひっくり返すこともできずにただただ、ダンボールの底を見つめていたぼくに声が降ってきた。


「いいよ。」


凛とした、自分の意志をまっすぐ持ったきれいな声。

まっすぐに、夜の暗闇を、ぼくたちの運命を突き刺すようなその声。


これが、命の恩人、黒瀬 悠樹(くろせ ゆうき)さんとの出会いだった。

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