第4話 Awakening,WILLE DESIRE

 ルディは本当に魔女だった。

 まるで目に見えない翼を生やしているかのように空を舞い、懐から抜き放った短刀を生首に突き刺す。光の粒子に包まれる両者。

 そこから姿を現したのは、ルディだけだった。

「フン、他愛もないな」

 グローブのホコリを払い、廃墟の屋根に降り立つ。そんな彼女と、偶然目が合った。

 ミタナ?


 旭は咄嗟に身をかがめた。身に覚えのない記憶がそうさせたのだ。その判断は正しい。頭上数センチを光の矢が通過する。石畳に突き刺さった矢を見て、旭は戦々恐々とした。

「な、なにするんですか!?」

 憤る旭に、ルディは関心の瞳を向ける。

「ほう、これを避けるか。さてはお前、覚えているな?」

 覚えているも何も、旭はこんな物騒なもの見たことも聞いたこともない。ただこれは、身体が勝手に反応しただけで。

「わからないこと言わないでくださいよ」

「嘘は言ってないようだな……潜在意識か、あるいは耐性……女神の加護か……?」

 この様子では具体的な説明などしてくれないだろう。早々に理解を諦めた旭は、ふとスマホに目を落とす。電波はまだ圏外だ。今日はもう諦めて、明日謝罪の連絡を入れようか。

 そう思い始めた矢先の出来事だった。

 青白く、長い……蛇というにはのっぺりした物体が、旭の視界を横切る。廃墟と廃墟の間、夜空に浮かぶ青白い影。

 巨大な胴体が、森の影から四つん這いに這い出す。巨人だ。いいや、頭がない。それも違う。頭はないのではなく、長く長く伸びた首の先についているのだ。先程視界を横切ったのは、あの巨人の首。

 ――ろくろ首。

 有名な妖怪だ。先日読んだ妖怪全集でも、頭の方のページに記述があった。……もっとも、挿絵を見る限り四つん這いではなかったはずだが。

 であれば、先程の生首は飛頭蛮だったのかもしれない。ルディの存在もあってか、旭は幾分か冷静さを保っていた。

 戸建ての住宅ほどあるそれを見やり、ルディは呟く。

「図体ばかりぶくぶくと……だが!」

 間髪入れずに短刀を投擲。ギョロリとした目玉を銀色の刃が射抜く。しかし――

「!? 霊力が足りない……!?」

 通用している様子はない。一撃で消滅した飛頭蛮と違い、ろくろ首はピンピンしている。次の瞬間には、大きな瞳が旭たちを捉えていた。

 やられる。

 そう思っていた。

 が現れるまでは。


 ――は、天から舞い降りた。


 月の光を影にして、夜空の黒に浮かぶ純白の威容。人型……とはいえ純粋なものではない。袴のように下ぶくれになった脹脛は最たる特徴だ。腿より太く長い脛は、それが人体の構造を逸脱した何よりの根拠。平易な言葉で表現するならば、そう……ロボット。

「ヴィルデザイア!? ……余計なことを!」

 を見て、彼女は呟く。そうか、このロボットはヴィルデザイアと言うのか。

 五年前に廃墟となった古本屋を踏み潰し、ヴィルデザイアが大地に降り立つ。

「これであいつとやりあえるんです!?」

 バケモノにはロボットだと相場が決まっている。旭の問いに、ルディは苦々しげに頷いた。

「ああ。だが……私には使えない」

「え、なんで……」

「なんでもだ!」

 最初こそヴィルデザイアに気を取られていたろくろ首だが、それが動かないことに気づくとすぐに旭達に視線を戻した。もう縋り付く希望はない。今度こそやられる。

「……いや、そうだ」

 ルディは呟いた。

「お前が乗れ」

「え、なんて?」

「だから、お前が乗れと言ってるんだ」

「そ、そんな、できませんよ!」

「やってやれないことはないさ」

 彼女が指を鳴らすと、ヴィルデザイアが跪いて胸部を展開する。そこには人が乗るためのスペースが確かに設けられていた。操縦桿やハンドルのようなものは見受けられないが、コックピットなのだろう。いやしかし、それでも――

「僕なんにもわかんないですよ!?」

「問題ない。ヴァンパイアメイルはそう出来てる」

「ヴァンパ、なんて!?」

「とにかく乗れ!!」

 ええい、ままよ。

 促されるままコックピットに乗り込む。何か入れろと言わんばかりの位置にあるリングに腕を通すと、チクリとした痛みが走った。ほんの少量ではあるが、血が吸われているような気がする。

 コックピットハッチが閉じた。視覚が闇に包まれ……ない。感覚的にわかる。ロボットと視界を共有しているのだ。目の前にいるのは、四つん這いのろくろ首。

 機械と――少しばかりナマモノの混じった身体が、思い描くように、まるで手足のように自由に動く。

 彼女の言葉の意味をようやく理解した。思いのままに動くこの鋼鉄の身体なら、素人である旭がバケモノと渡り合うことも十二分に可能だ。

 廃墟を蹴散らし迫るろくろ首。長い首をうねらせ、猪じみた巨体がヴィルデザイアに襲いかかる。

 石段を挟んだ向かいは民家だ。人間よりも低い重心を活かして巨体を受け止める。

 自分の思うように動く……というのは、なにも手足が自由に動くというだけの話ではない。自らの思い描いたように、例えば――このようにろくろ首を掴み、それを起点に側転の動きて背後に回り込む――生身の肉体では実現できないようなことも、身体が知らない感覚も、思い通りに駆使できる。

 つまり、ズブの素人であるところの旭が、まるでテレビで見た格闘家のように、自在に鋼の肉体を操ることができるのだ。

 長い首がヴィルデザイアの胴に巻き付き腕ごと締め上げる。間近に迫る青白い顔面。中性的なそれは男性とも女性ともつかない。血走って白目を剥いた姿は、ただただ気味が悪かった。

 身動みじろぎしてもそう簡単には振りほどけない。白目を剥くほど力を込められているのだから当然だ。どうやら頭と身体はそれぞれに意思のようなものを持っているらしく、ろくろ首の胴体は全く別の行動に移った。

 逆立ちしながら襲いかかってきたのだ。

 余った長い首を引き摺って、廃墟の跡を踏み鳴らしながらカニバサミ。より一層強まった拘束が旭の反撃を封じる。

 まともに動くのは左の下腕ぐらいだ。

 背筋を、冷たいものが駆け上がる。それはヴィルデザイアの感覚がフィードバックされたものか、あるいは旭自身のものなのか。

「刀を抜け! 足だ!」

 ルディが叫んだ。

 足? 刀?

 わからない。だが、それはさしたる問題ではなかったらしい。

 右の脛、パネルラインから装甲が展開。そこから打ち上がるように何かが飛び出す。ロボットサイズの短刀だ。柄から刀身まで、びっちりと文字のようなものが刻まれている。辛うじて動く左手でそれを掴み取り、ろくろ首の胴体に突き刺した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る