第11話

 この場所は山間にあり夜が早い。太陽がすぐに山の陰に隠れてしまう。灯りの無い敷地の外は瞬く間に暗闇に包まれる。

 大広間には円形のテーブルがいくつか置かれ、普段の粗食が嘘のような贅沢な料理が並んでいた。空いている席に香織と座った。もう歓迎会は始まっているようで、空になったジュースの瓶がいくつか机に転がっていた。

 目の前の大皿には立派な骨付きの肉が盛られている。

「これは子羊のお肉だよ」近くで給仕をしていた人が教えてくれた。

「子羊だって。食べたことある?」私は言った。

 香織は背中を丸め自分の世界に沈んでいて、袖を引っ張ると惚けた返事が返ってきた。綺麗なままの取り皿にラム肉を載せてあげた。

「私、子羊って食べたことない。だから先に食べて味見してよ」

「ごめんなさい。食欲がないの」香織は申し訳なさそうに言った。

「……ああ、臭いが駄目なの?良かったら、他のテーブルから何か持ってくるよ」

 香織は目を伏せて、首を横に振った。

 歓迎会が終わり寝室へ向かうところを優子に捕まった。屋外に連れ出され、パンジーが咲いている花壇の縁に座らされた。空にはうっすらと月に照らされた灰色の雲が見える。

 あの男の子の靴下について知りたいのだろう。「あなたがやったの?」と問われれば素直に認めようと思っていた。

 彼女は無言だった。この沈黙を利用して、私が自主的に罪を告白するのを待っているのだろうか。

 強く問いただすことの出来ない彼女が悲しくなり、私は反省を忍ばせた声色で告白した。

 幼少期に確かにあった罪への嫌悪感が、年を追うごとに失せて行く。物事を是非よりもの損得で測るようになってしまった。私はこの変化を自覚していた。そして、自分の価値観が成熟した大人のそれに近づいたと考えて、誇らしくなっていたのだ。

 優子は私を叱責せずに「人の悲しむことをしちゃ駄目だよ」とだけ言い帰った。

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