第5話

 何年か前の誕生日、優子がプレゼントをくれた。チョコレート色の牛皮を鞣した鞄だ。とても気に入り肌身離さず持ち歩いた。山奥の閉ざされた場所だ。行ける場所は限られている。それでも、施設中をくまなく回り、信徒の皆に見せびらかした。レールの上を走る汽車の玩具の如く同じ場所を何周もした。

 私は舞い上がっていた。鞄が素敵なこと以上に自分の持ち物が増えたことが嬉しかった。

 ここの宗教は、物欲に縛られない為に、極力、個人の所有物を作らない。衣服などのどうしようもない品、それら以外は皆で共有している。特に繊細な時期の子供に、このルールを遵守させた。優子からのプレゼントは問題なはずだったが、不思議なことに誰からも咎められず、それどころか鞄を褒めてくれた。

 私はすれ違う信徒に上機嫌に挨拶をしつつ、軽快に廊下を歩いている。廊下に敷かれた長い絨毯の真ん中を歩いた。しばらくして、使い古されたランドセルを背負った年下の子供達とすれ違った。今から学校に行くらしい。

 幸福な気持ちが失せて、私はその場に立ち尽くした。

 鞄を胸まで持ち上げひっくり返した。

 空っぽの鞄は寂しいからと、適当に詰めた教科書が乾いた音を立て散乱する。

 私は学校へ行っていない。入学してから数ヶ月だけ通ったものの、段々と嫌になった。あの空間に馴染めず、学校のことを考えると体が鉛のように重くなった。

 大人達に学校に行くようしつこく説得された。私は彼らに耳を貸さなかった。やがて彼らは優子を介して説得を試みる。それでも、私は拒否した。すると優子は芝居がかった哀しそうな顔をする。その顔を見ると、子ども扱いされている気がして、無性に腹が立った。

 床に放り出された教科書を見ていると、鞄に夢中だった自分が情けなくなる。

 教科書を踏みつけて、誕生日を終わらせた。

 鞄はそれきり使っていない。

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