第6話 異世界で初めてのお使い

 僕が住んでいるらしい、異世界のこの街は、壁に囲まれている。それはそれは綺麗な円形の壁。ちなみに、この円半径何メートルあるんだってくらいでかい。要するに、この街信じられないくらい広い。

 

 それにも驚いたけれど、僕が最も驚いたのはその円形のど真ん中にそびえ立つ巨大な大樹だ。

 通称「世界樹」この街のシンボルにして、この街の発展の理由だ。中世のヨーロッパを思わせる風景を中心に向かって進むと、突如現れる川の向こうに青々とした森が広がっている。その森をさらに抜けると辿り着くのが世界樹なんだそうだ。


 この街を説明するにはバームクーヘンが手っ取り早い。生地の部分が街、穴の部分が世界樹とその森だ。面積的にいうと円の中の四割くらいは森と世界樹らしい。

 そして、この広大な森と世界樹がこの街を支える大きな役割を担っているのだ。


 どういうことかというと、世界樹の近辺でしか取れない資源が星の数ほどあるのだ。

 例えば僕の店のコンロの熱や冷蔵庫を冷やす力を発生させる、便利で不思議なアイテム『魔石』これは、森の中に住む魔獣とやらを倒すと手に入るらしい。

 余談だけど、魔獣は世界樹に行くのを(邪)魔(してくる)獣って意味なんだそうな。


 話が逸れた。もう一つ例を挙げるなら、僕の喫茶店の要であるコーヒー豆。これも森に生える木に生っているんだそうだ。

 他にも様々なフルーツや希少な鉱石などが、これぞファンタジーだと言わんばかりに溢れてるのが森、通称『世界樹の森』らしい。

 ちなみにその森で新しかったり珍しかったりする物資を探して発見する職業を『探索者』と呼ぶ。

 ふと店先の道路を覗けば、常に一人は防具をつけた、いかにもという人が歩いていくので、あの人たちが『探索者』なのだろう。


 そして、その資源や作物をもとに発展し大きく生ったのがこの街『ユグドラシル』国の中でも王都に続いて大きな街だと僕はティアラから聞いた。

 ちなみに僕は街の名前を聞いた時「そのまんまだね」とティアラに言ったら、不思議そうな顔をされたのでどうやら偶然みたいだ。


 さて、そんな資源も、作物も、儲け話も、溢れかえっている賑やかなこの街は、盛んな産業や用途で東西南北四つの区に分けられている。


 まずは北区、通称『貴族区』。正直、僕らみたいな庶民にはあまり縁のない場所で、王都に住む貴族の別邸や、学院に通う貴族の子供が住まう邸宅や、貴族向けの服屋、レストランなどが立ち並ぶ区画だ。


 次に南に位置するのは『文化区』。ここは僕のお店や、ティアラの通うアルスター芸術学院が存在する。名前の通り、美術館や博物館など、芸術を扱うような施設などが多いらしい。


 続いて東は『商業区』。ここも名前の通り商業を生業とする人間が多く住み、買い物をするならここだという場所。

 商会が置かれ、常に出店などが立ち並び、非常に活気がある区だ。ちなみにティアラには、なぜ商業区に店を構えなかったのか尋ねられたが知ったことではない。


 最後の西は『工業区』。ここは、世界樹の森から見つかったものを研究する施設があったり、珍しい鉱石を加工して生活用品や武器を作ったりと街の生活を支えている区画。

 ちなみに、世界樹の森から見つかったものを研究する施設は、コーヒー豆に食用かどうか微妙との結果を出しやがった、コーヒーが広まっていない元凶らしいので、そこの職員にはいつか美味しいコーヒーをご馳走してやろうと思う。


 さて、御多分に漏れず、ここまで語ったのは聞きかじりの話だが、なんでこんな話をし始めたかというと、僕も頭の知識のおさらいをしないといけない状況に置かれているからだ。


 時刻は開店前の朝、僕は異世界歴三ヶ月と少しにして、初めて一人で買い物をしに行く準備をしているところだった。

 そう、僕は齢十七にして、初めてのお使いをするのである。


 残念ながらというか、僕はこの世界では非常識人の代表みたいなものだ。そりゃ、ほんの少し前まですれ違う人の人種も、文化も、文字ですら違う場所にいたのだ、仕方ない。そう、仕方ないのだ。

 だが、それは僕側の事情であり、この世界の人からしたら普通におかしい人なので、外に出かけるときに非常に困るのだ。


 ちなみに異世界に飛ばされて数ヶ月経つ僕だが、実は店の外に出て街中に繰り出していったことは、一度しかない。

 それは、異世界への怯えと、同時にこの世界を現実だと認めることで、慣れていくことで、何かを忘れてしまうことへの恐怖からだった。

 どうしても店の外に出ようとすると、非現実感を感じて足がすくんでしまうのだ。


 でも、もう、そうも言ってられないと一度奮起したのがティアラが働き始めた頃のある日。

 彼女の宣伝効果により、一時的に客足が増加した時に、食材が少々と食器が足りなくなってしまったのだ。

 仕方がないので翌日の午前は店を閉めて買い物をしに行こうと思ったのだが、腰が引けて、店の前でついにうずくまってしまった僕を、その場に居合わせたティアラがなんとか引っ張っていってくれたのだ。


 その際に、僕に関わる主要な施設はティアラに案内してもらったので、今回は一人でたどり着けるはず、多分。


 僕のお店にコーヒー豆や食材を卸してくれているお店は商業区の川沿いにある。僕のお店も比較的川のそばにあるので、基本的には商業区の方角に向かって歩けばいい。

 距離的にも僕のお店は、商業区に程近い文化区にあるので歩いて半刻といったところだろうか。


 この街本当にアホみたいに広いので、それ以上の距離となると馬車が必須になる。

 ティアラからは「ナギの常識の無さと、外に出た時の挙動不審さだと確実にぼったくられるから乗らないように」とのお達しだ。


 とりあえず朝の日課の店内の清掃を終えたところで、僕はいつも着けるエプロンを着けずに、外に出る。

 Closeのままの看板を尻目に店を施錠し、昨日のうちにティアラに書いてもらっておいた「本日朝臨時休業にします」という張り紙をドアに貼ると、深呼吸を一つ。


「さて、そろそろ行くかな」


 意を決するように、そう呟くと僕は初めて異世界の街並みに紛れるのだった。


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 商業区の方角に進むにつれ、人が増えてくるのを感じる。目的のお店に行くには、そこそこ大きな商店街を抜けなければならないので、やはりそこに近づくほど周りのざわめきと、人口密度は比例して増えていく。


「おっと、兄ちゃん、すまねえな」


「ああ、こちらこそ。大丈夫なので」


 念のためと、ティアラが残してくれた簡易地図を見ながら歩いていると、身体が大きな犬っぽい獣人さんにぶつかってしまった。

 僕の日本人の中でも大きとは言えない細い体は軽くぶつかっただけでよろけてしまう。


「ふう、気をつけないとな」


 やっぱり歩きスマホというのが現代でも問題になっていたけれど気をつけないといけないと、道の隅に寄ってもう一度地図を確認してから進んでいく。

 商店街を抜けて、やたらと声をかけられる屋台の客引きをなんとか断りながら、歩くこと十数分。


「つ、ついた」


 ようやくたどり着いたのは、煉瓦造りのモダンな雰囲気の建物。世界樹の森から出た産物を数多く扱う、お店『ハイドアウト』だ。

 少し重い扉を開くと、棚に不思議な色合いの石や、見慣れない花などが並ぶ店内が現れる。

 それらに思わず目を奪われていると店の奥から声が聞こえた。


「ん?ナギじゃねえか、どうしたんだ?」


 店の奥から出てきたのは、いつも僕の店まで配達をしてくれる店員さん、青い短髪で筋肉質な男の人、コーエンさんだ。


「いや、配達の日まだなのに卵切れちゃって、買いに来たんです」


「あ、卵か。ちょっと待ってろ、奥から取ってくる」


 コーエンさんを待ちながら、本当にこういうところこの世界は不便だよなあと思う。この世界ではちょっとコンビニで卵を買うという風にはいかないのだ。

 特に味にうるさい日本人の僕が満足する高品質な卵を安く売ってくれるのはこの店くらいなのだった。

 どこの誰だか知らないが、僕に店を押し付けた人間に、仕入れ先をここにしたことだけは感謝しておきたい。

 ちなみに、僕の店に荷を運ぶ時に契約した人覚えてますかと尋ねると、店員さんが全員不思議そうに、そういえば顔が浮かばないというので、未だにそっちの手がかりはない。


 引き続きコーエンさんを待つ間、せっかく来たので挨拶をと思いカウンターに赴く。


「おはようございます、ドロシーさん」


「あら、ナギ君じゃない。こんな時間にどうしたの?」


 僕が挨拶をすると、淡いピンク色のウエーブのかかった長い髪に、被った魔女のようなとんがり帽子がトレードマークの、可愛らしい顔をした人物がこちらに気づく。

 彼女こそ、ハイドアウトの店主、ドロシーさんだ。可愛らしい見た目とは裏腹に、若いころは凄腕の探索者で、その時の縁を使って世界樹の森の産物を安く仕入れてこの店を営んでいるんだそうだ。

 というか、若い頃と言われた時、僕は何かの冗談かと思った。どう見ても彼女は僕より少し上くらいの年齢にしか見えない。

 ただ、女性に年齢を聞くのは憚られるので、真相は聞けずじまいで闇の中だ。


「卵切れちゃって買いに来たんです」


「あらら、最近お店調子いいらしいから、嬉しい悲鳴というやつかな?配達の荷増やす?」


「いえ、昨日はやたらと卵使うメニューが人気で。当分は同じ量で大丈夫ですよ」


「そう?また近々顔を出すわ。ナギ君の料理美味しいからねー」


 そう、実はドロシーさん、僕の店に時々通ってくれているのだ。最初は食材を卸してる店がどんなんものか見に来ただけだったらしいが、僕の作る料理をいたく気に入ってもらったそうで、今では週に一回ほど来店してくれる。


「はは、ありがとうごいます。僕でよければ、腕によりをかけてお待ちしてますね」


「俄然楽しみになってきたよ。次は、コーエン君も連れて行くかなー」


 そんな会話をしている間にコーエンさんが卵を持ってきてくれて、個数を確認し、二人に挨拶をすると、僕は帰路につくことにした。

 さすがに昼からは店を開けたいので、急いで下ごしらえをしないといけないので、心が逸るけれど、腕の中に卵が入った袋を抱えているので、帰りは慎重に帰らないと。

 行き道みたいに、獣人さんにぶつかったりなんかすると、脆い卵が一発でダメになる。


「大丈夫?ナギ君。一人で帰れる?」


 そして案の定、見送りに来てくれたドロシーさんは不安そうな顔をしている。これじゃ本当に初めてのお使いで心配されている子供と一緒だ。


「大丈夫ですよ、ではまた今度店でお待ちしてます」


 ハイドアウトに別れを告げ、今度こそ帰路についた僕だけれど、慎重に歩いたせいと、卵が予想外に重かったせいもあり、行き道より大幅に時間がかかって、店にたどり着いた頃には、額に汗が浮かんでいた。

 

 一息入れないと、やってられるかと、アイスコーヒーを入れ、初めてのお使いの成功を祝いながら一服する。

 苦味と爽快感で、一気に疲れが取れた気がした。


「さて、今日も頑張りますか」


 そうやって僕は、今日も異世界で生きて行くために、店を開ける準備をする。こうやって少しずつ、異世界に馴染んでいくのは、寂しくもあるけれど。

 元の世界で得たものを忘れたわけじゃあないし、ティアラみたいな将来有望な子に、ピアノを教えたり、むしろ活かせているなら悪くないかもと、最近はそう思うのだ。

 そんな決意と一緒に、僕はカウンターへ向かう。すっかり馴染んでしまった、僕の仕事場へと、いつもと同じように。


 そして、夕方店にやってきたティアラは僕を見るなり「迷わなかった?大丈夫だった?」と本気の顔で言ってきた。

 少しずつ慣れていければなんて甘かった。早急にこの世界に慣れないと、僕のマスターの威厳獲得は、進むどころかマイナスなのだった。


 まあ、今日もそんな一日である。


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近況ノートに街の図面載せたのでよければ見てください。

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