第2話 4年前のけじめ

 4年前。


 この島には存在しないはずの怪物キメラと遭遇した。親友のミッドとともにティノは急いで山を下り、村の下へ助けに行っていた。


 ドタドタと扉を勢いよく開け、血相を変え「ミッドがぁ…ミッドが…!」と事の重大さを伝えた。


 二つ年上のミッドが囮となって、ティノを逃がしてくれた。

「絶対助けに行くから!」を最後に、ミッドが見えなくなるまで振り返らず、急いで大人を呼びにかけ走ったのだ。


 この村でティノとミッドは血がつながっていない兄弟だ。年はそう離れていないためか、周囲の大人は勝手に兄弟だと決めたことが始まりで、ティノは兄貴のようにミッドに慕っていた。ミッドもティノを本当の弟のように接してくれていた。


 だからだろう。ミッドは命がらティノを救おうと自ら囮になった。

 魔法も気力もない普通の子供が怪物という恐怖に立ち向かったのは、大の大人でもわかることだった。


「急いで武器を持って、駆けつけるんだ」

「女子供は家の中で隠れているんだぞ」

「動けるものは、俺に続けー!」


 大人たちがバタバタしていると、腰かけていた一人の老人がよっこらせっとと重い腰を上げた。

「なにやら慌ただしい様子だ。どれ、ワシもいこうかのう」


 老人は白い両手杖を携え、自らウィッチウィザードであることを証明し、一緒に山へ登った。


 キメラの能力か、天候は荒れ、先ほどとはまるで別空間。晴れ間だった空が荒れ狂う嵐のように村人たちを追い出そうと突風まで吹いていた。


「これは…いくらなんでも…」


 大の大人が諦めかけていた。

 両足ついても吹き飛ばされそうになる険しい風に子供を守りながら行くのは至難の業だった。

 風が吹くたびに飛ばされそうになる。両手両足を地面につけ、草などに捕まっていても空高くタンポポのように吹かれてしまいそうになる。


 そんな状況の中、ティノは「ミッド…無事にいてくれ」と祈るばかりだった。



 荒らしを抜け、山に入った時。

 血まみれになった遺体を見つけた。


「こ…これって……」


 顔がしわくちゃになる。恐れていたことが真実となって襲ってくる。


「見るな!」


 大人がティノの顔を遮るが、時はすでに遅し。

 吐いた。胃の中にたまっていたものをすべてその場に戻したのだ。


「なんということだ…ミッドよ…お主は最後まで守ろうとしてくれたのだな…」


 手足がバラバラ、頭は粉砕、脳みそはグチャグチャ、体は内臓をえぐりだされ、元の形状が分からなくなるほどひどい有様だった。


 これが人だったのかと問えば、違うと否定したくもなるほど恐ろしいものだった。

 怪獣キメラ。この島では全く見たこともない生物で、おそらく外から何らかの方法で運ばれてきた怪獣。村人でもキメラという怪物がこの島にいたなど全く知らないほどの存在だった。


「ぼ…ぼくの…せい……?」


 震えながら苦く酸っぱい口の中を舌で探りながら、大人の手によって目を塞がれつつ、ティノは事の重大さを心底感じていた。


「それは違う! これは、誰にでもある…」


 一人の大人が言った。

 誰のせいでもないっということを。


「ぼ、ぼくが…山に行こう…って行った…ばっかりに…」

「よせ! 自分を責めるな! これはキメラが悪いんだ! ティノのせいじゃない!!」


 大人の懸命な説得にも耳を貸さず、一人壊れていくティノに老人が近づき、杖でティノの頬を引っ張たたいた。

 勢いで数メートルに吹っ飛んだ。


「なっ…なにをする!?」


 大人の声を無視し、ティノに近づき大きな声で怒鳴った。


「バカヤロウ! 死にたいのかお前は!?」

「え…」

「怪物キメラと言われているが全く違う! 怪物グールグルという奴だ。コイツはな、人の子を見かけると姿を変えて襲ってくるんだ。見たこともない空想上の化け物に化け、人を怖がらせて襲う。動けない物をバラバラにして殺すんだ。魔法も魔力もない子供なんて圧倒間だ! クソッなんということだ…この時期に来るんじゃなかった。久しぶりに腹が立ってしまった」


 老人とは思えないほど怪力で力強い言葉に周りにいた大人たちも声を失うほど威厳たっぷりだった。


「とはいえ、過ぎた以上。倒すしかない。……ティノとか言ったな」

「あ…うん」

「ティノ。ワシから直々に魔法を伝授してやる。それで、お前はミッドとかいう兄の仇をとれ! 奴は再び姿を現すようになるのは4年後だ。奴は一旦腹が膨れると姿を消してしまう。魔法でも捜索は不可能だ」


 ミッドの亡骸を見つめながら、「ミッドの…兄貴の仇を討ちたい!」とキッと睨みつけた。老人は頷き「いい目だ。ワシから教える魔法はひとつ。その魔法をひたすら究めろ! 窮めろ」とその日、老人から魔法を伝授してもらった。


「ワシの名はガンドルフ。いずれ、町に行けばわかるだろう。お主にはいっておく。もし、ワシのことや魔法のことを知りたいのなら、ウィッチウィザードのことを調べろ。きっと、答えは見つかるだろう」


 そう言って、山を下り、船で島の外へ出て行ってしまった。


 大人たちは胡散臭い人だったと言っていたが、確かに魔法という存在を与えてくれた。ミッドの敵討ちのチャンスを与えてくれた。ウィッチウィザードという新たな目標をくれた。


 ティノはガンドルフにお礼を言わないまま、敵討ちのために人生を捧げるほど努力を重ねること4年後――現在。


 怪物グールグルが再び姿を現したのはティノたちが通う学校内であった。 

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