第6話 呪われしは性欲

 新しい朝。曇りなき青空。気分の爽快さを約束する光景も、寝不足とあっては効果も薄い。微睡みが思い出したように過り、それが思考をぶつ切りにしてしまうのだから、パフォーマンスはすこぶる悪いものとなる。


「タケル様。木材が多くあるので、ここは……を建てませんか?」


 肝心な所だけを聞き逃したが、改めて問いただすのも億劫である。木ならゴブリンから奪えば良いと思うだけだった。


「さぁ出来ましたよ、薪割り小屋です。日毎に木材を消費しますが、夜の灯りだけでなく、冬越えの折りにも頼れる存在ですよ」


 新たな施設は本拠に隣接して建てられた。そして今回も新たな入居者が、花に誘われた蜜蜂のように、小屋の元へとやって来る。


「どうもどうも。オレはマイキーって言うんだ。これからよろしくな!」


 現れたのは30代と思しき男だ。比較的体格は良いが、目立つものはそれだけ。タケルと大差ない格好で、特別に目を引くものは無い。


 タケルは無味乾燥な気分で握手を交わした。建築によって得られたボーナスは、またもや腕力。それすらも無感動に受け入れた。そもそも、戦うまでは自身の変化に気づく事は難しいのだが、今日のコンディションでは実戦に赴いても体感できるかどうか。


「皆様、敵です! 襲撃に備えてください!」


 エマが警鐘を鳴らす。しかし、この戦闘で特筆すべき物など無い。現れたゴブリンの小隊では、もはや戦にすらならなかったのである。


 タケルは敵を見た、居合わせた、勝った。相手は隊列を組み、連携力を向上させた集団だったのだが、無駄な足掻きである。待っていたのは一方的な蹂躙劇でしかなかった。文字通りに蹴散らしたのである。


 その間にタケルは欠伸(あくび)を2つ3つ落とした。煽ったつもりは無く、あくまでも生理現象としてだ。


「本日もお疲れさまでした、タケル様。そろそろお休みとしましょう」


 気づけば日暮れを迎えていた。今日の記憶は終始曖昧ながらも、飯を食い、戦闘をこなした感覚は朧気(おぼろげ)にはある。


(今日こそはしっかり寝ないとな……)


 そう何日もボンヤリと過ごしてはいられない。いつ強敵に襲われてもおかしくない現状で、せめて体調くらいは万全にしておきたい。どうせ他に出来ることも無いのだ。


「では、おやすみなさい」


 今夜も当然のようにエマが傍らに寝そべる。そしてタケルは、またもや性なる好奇心に囚われてしまった。身体は疲れに疲れきっている。眠気も吐いて捨てる程ある。


 なのに眠れない。若き体の罪深さよ。事ここに至っては、性欲など呪いの類いでしかなかった。願わくば神聖なる存在に縋りつき、お祓いでもして取り去りたいくらいである。


「いや、ほんと無理。マジで無理っすわ」


 エマが本拠を離れないというのなら、自分が居なくなれば良い。安眠を求めて小屋から逃れ、草むらの上に寝そべった。すると睡魔は俄然色濃くなり、今にも夢の世界へと飛び立てそうであった。


「初めからこうすりゃ良かったんだ……」


 満天の星空による紙芝居と、コオロギたちの四重奏を子守唄に、意識は滑らかに沈みこんでいく。いよいよ眠れそうだと感じたその時だ。甲高い悲鳴が宵闇を切り裂き、轟いた。


「えっ、何? 何かあったのか!?」


 声のする方に目を向けた。薪割り小屋の恩恵により、本拠周辺は明かりが灯されているのだが、その異形な姿までも浮かび上がらせた。


 コウモリの羽らしきものを生やした人間が、夜空の方々を舞っているのだ。目につく範囲だけでも4体以上。それらが奇声を発しながら藁葺き屋根を打ち壊し、中を露(あらわ)にした。そしてエマをいとも容易く捕らえると、東の空へと消えていった。あまりにも手際が良すぎる。タケルも全く対応することが出来ず、ただ呆然と眺めるばかりになった。


「これって、もしかして……」


 もしかしなくてもゲームオーバー。いつもの声が空一杯に響き渡ると、魔人王の力とやらで世界は凍り漬けとなってしまった。


 そうして輪廻を迎えた。その途上で聞いたアドバイスは『エマの側から離れないようにしよう』というものだった。うっせぇと腹の中で毒づく。それが難しいから一度死亡(ワンデッド)したというのに、助言は現実に則していないものだと怒りを助長させた。


 リトライは少し工夫した。薪割り小屋を作ったまでは同じで、夜になればエマをミノリに預ける事にしたのだ。これなら護衛は居るし、自分も安眠できると名案のように思われたが、これも悪手。空からの襲撃にミノリは全くの無力だったのだ。


 そもそもミノリは背中が曲がっているため、背の低い魔物に対して特化した存在だ。視界の上から迫る相手に対しては相性が悪く、迎撃しようにも空振りだけが積み上げられていく。結局エマは略奪されてしまい、世界は幾万もの雷によって滅ぼされた。死亡二度目(トゥーデッド)だ。


「クソッ。だとすると、コイツに委ねるしか無いのか」


 夜を薪割り小屋のマイキーに託してみた。相手は30代のオッサンで、護衛には丁度良さそうなのだが、エマが珍しく拒絶を顕にした。しかし、他に組み合わせは残されていない。半ば強引に押し付けて、タケルは本拠で一人眠ることにした。


 静かな夜だ。しばらく様子を窺ったのだが、特に異常の兆しすら見えない。となれば、後は瞳を閉じるだけである。


「まさかこれが正解だったなんてなぁ……」


 寝そべると、疲れが体内で澱み、撹拌(かくはん)されたような感覚があった。ようやく眠れそうだと思っていた。そう、次の瞬間までは。


 全身が唐突に焦がされたのである。視界が紅蓮に染まった事で、火柱に襲われたのだと知る。


「何でだ! 敵襲なんか無かったのに!」


 小屋を飛び出し、地面を転がるも炎は消えない。そうして外を駆けずり回っていると、薪割り小屋から火に焼かれるマイキーが飛び出してきた。その向こうには、祈りの姿勢を崩さないエマも見える。


(こいつ……もしかして、触ったのか?)


 タケルは、何だか馬鹿馬鹿しくなり、その場で崩れ落ちた。しかし同時に救われた気分がしないでもない。エマに魅入られて自制心を保てなかったのが、自分だけでは無いと分かったからだ。


 しかし、物語の突破はもちろん不可。死亡三度目(スリーデッド)からの輪廻を迎えた。


「面倒臭ぇな、マジで……」


 タケルは既に放心状態だ。ただ眠るだけの事が、どうしてここまで難しいのか。理解に苦しむばかりだ。


 一応、薪割り小屋以外を提案してみたが、それは不可だった。他の施設はすべて石材を必要とし、手持ちの資材では建設出来なかったのである。攻め寄せる敵も木材ばかり。仕方なくマイキーの参入を許すしかなかった。


「お疲れさまでしたタケル様。本日はこの辺りでお休みとしましょう」


 エマが夕日を浴びながら言う。それは今のタケルにとって死の宣告に他ならなかったが、彼女の愛くるしい笑みがおぞましさを中和して余る。可愛い美しいと胸中で呟きながら、掘っ建て小屋へと足を向ける。


 今回の工夫は単純明快だ。とにかく堪える。共に本拠で眠り、夜が明けるのを待つという持久戦だ。もはや有効なプランなど残されていない。悲壮な決意を抱きつつ、寝床で肩を並べた。


(やっぱり寝れねぇよ、クソがっ!)


 呪いにも似た性欲が滾(たぎ)る。なぜ、どうして、こんなにも眠たいのに。しきりに寝返りを打ってはみたものの、何の気晴らしにもなりはしない。体内で踊り狂う血流が熱く、強く鼓動を打ち鳴らし、睡魔を彼方へと追いやってしまう。


 怨む。タケルはこの状況を産み出した存在を、心の底から怨んだ。この世界の創造主とはよほどに執拗で、陰湿な性格をしているに違いないとも思う。


(オレに一体どうしろって言うんだ!)


 声にならない叫びが腹から込み上がり、拳が硬く握られた。逃げ道を許さぬ設計が凄まじい激情を誘い、タケルの体を包み込む。そう、全身を余す事無く、全てを包み込んだのだ。


(これは……!?)


 両手を交互に眺めてみると、時おり赤い炎が煌めくのを見た。手を星空にかざしてみれば、体を覆う陽炎によって光がユラユラと揺れる。これは精霊師のみが持つ『同化法』の作用であった。彼の放つ激情に感化した炎の精霊が、戦場で無くとも駆けつけてくれたのだ。


 まだまだ未熟であるため、精霊との親和性が低く、発現した炎も稀にゆらめく程度だ。それでも相当な強化がなされることは、先日のオーガ戦で実証済みである。


(ここで学べってのか、扱い方を……)


 もっと別のシーンでやらせろよと思わんでもないが、割と理に敵ってはいた。というのも、同化法が解けた瞬間に眩暈と睡魔が押し寄せるからだ。差し当たって今晩は2回の発動で気を失った。


(しんどいけど、眠れるだけマシ……)


 精魂尽きたタケルは泥のように眠った。もはや寝息だの身動ぎだのに悩まされる事はない。ただひたすらに、ひとときの休息を貪るのだった。


 やがて迎えた朝。タケルは眩しさと暖かさを同時に感じていた。特に温もりの方は過去に経験のないもので、少なくとも、日差しによるものとは明らかに異質であった。


「タケル様、起きられましたか?」


「おはようエマ。君は早起きだよな……!?」


 目を見開くと、すぐ側に彼女の微笑みがあった。そして、頭を包む温もりもフトモモによるものだと分かる。意図せぬうちに、膝枕というご褒美にありついていたのだ。


「エマ、これは……?」


「何やらうなされている様でしたので、せめてもの安らぎになれればと思いまして」


「オレってうなされてたの?」


「はい。苦悶の表情を浮かべておられました。やはり、オーガなどと渡り合ったためでしょうか。あのような強敵と戦って、心穏やかでいられるハズはありません」


 慈しむような眼が向けられる。それをタケルは素直に受けとる事ができず、両手で顔面を覆ってしまった。うっかり口を滑らせて、『エマの方がよっほど手強かったよ』と言いそうになるのを防ぐ為にも。


 ちなみに、この膝枕は三禁とやらに触れずに済む。彼女が自発的に触れるのも、逃走時に姫だっこするのもオッケー。しかし、エロい事やらかそうとすると、一発アウト。トリガーは『劣情を抱くか否か』となるのだが、タケルにとって不条理さを感じなくもない。お触り事態は同じだろうに、と思うのだ。


 ここにもし助言の男が居たならば、このように言うだろう。


ーーこれは成年指定のゲームじゃないから、全年齢対象のヤツだから。そんな訳で性的なトラブルは勘弁ね。


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