襲撃と、応戦と、

 シルワが前方に目をやると、そこには大きな石の柱が二本立っていて、その間に複雑なレリーフが施された鉄製の門があるのが見えた。

 門のレリーフには、山と朝日を模した新王国の国旗が描かれており、ここが王家の墓所の入り口であると思われた。

 門の周囲は木々が切られ開けていて、周りは石組みで囲まれている。石組みに沿うように歩けば、また森に分け入るようになっているようだ。


「なんだか、圧倒されますね」


 シルワがそう感じるほど、門には厳かな雰囲気があり、王家の墓所が広いことをうかがわせている。


「普段は王家の者以外入ることができないが、『御魂みたま送りの儀』の際に君は入ることができる。その時にじっくりと見ればいい」


 ミササギは言いながら、周囲に視線を向けた。調査官たちも周りを調べ始める。静かな場所の空気に、彼らが歩く音だけが響き渡る。


「これは……」


 門から少し離れた場所で、アクイラが小さく声を上げた。地面にしゃがみこんだ体勢のまま、ミササギに視線を向ける。


「どうした」


 ミササギはすたすたと歩み寄った。後の二人も追うように、アクイラに近づく。

 アクイラは地面の一点を指してみせた。そこには、明らかに獣のものと思われる足跡がいくつかある。犬に似ているが、足跡の大きさは犬にしては大きい。

 特徴は、王城に侵入した魔物に合致しているが、


「違うな」


 ミササギは否定の言葉を発した。


「はい、例の魔物のものにしては小さめですし、細部にも異なる点が見受けられます」

「どれくらい前のものかわかるか?」

「さほど時間がたっていないように見えます。三、四カノ(三、四時間)以内かと。その点から考えても別の個体だとわかりますね」


 ロサも注意深く見ながら、言葉を継ぐ。


「あの魔物との因果関係はわかりませんが、一応確かめておきましょう。ラケニ・クラタ――痕を示せ」


 ロサは宙に法陣ほうじんを描きながら唱えたが、魔物の足跡の周辺には何も現れない。


「魔法が使われた痕はありませんね」

「…………」


 ミササギはゆっくりと立ち上がると、考えるように目を閉じた。


「儀式の安全を確保することを考えると、この足跡の持ち主を探す必要がありますね。王城に侵入した魔物の痕跡は、森に入って十ゼル(一キロメートル)から先では見かけませんでしたし、その件はこれ以上調査しても出てこない可能性が高いかと」

「では、この足跡の魔物を探すということになるんですね。それでよろしいですか?」


 ロサはミササギに顔を向けた。彼は目を開けると門に背を向けて、来た方向を振り返った。


「そこにだけ、足跡が残っているのは妙だな。とすると」

「モルス殿?」

「ラケニ・クラタ、痕を示せ」


 歩いてきた道に向けて、素早く法陣を描く。ミササギとロサを比べると法陣の描き方が違う気がして、シルワは不思議に思ったが、次の瞬間にその疑問は吹き飛んだ。

 今まで歩いてきた道に、緑色の光が現れた。魔法が詠唱されてから時間がたっても強い光を放っている。法陣痕ほうじんこん、だ。


「これは」

「テナ・シスナ、風の魔法だな」

「つまり、その魔法を地面に向かって使用したということは、何か地面にあったものを打ち消したということ。地面に風の魔法を使う……足跡を消したのでしょうか?」


 アクイラが、現れた風の法陣をにらみつけた。


「それも、こんなに法陣の輝きが強いとなると、この法陣痕は今日中のものである可能性が高い」


 ロサがつぶやいた時だった。

 不意に強い風の音が、王家の墓所の奥に広がる森から聞こえた。

 それはどんどん迫ってきており、ワサワサとした音が重なるように続いていく。風にしてはどこか不自然なほど、リズムよく茂みを揺らしている。


「風?」


 不思議に思ったシルワが一歩前に出ようとしたのを、ミササギが制止した。


「下がれ、来るぞ」

「えっ?」


 バシャッと木々の葉を切り裂くような激しい音を立てて、は森から飛び出すと、ミササギたちに向かって突進してきた。


「守りよ」


 ミササギが法陣を描くのと同時に、それは透明な壁に激突しそうになったが、すんでのところで壁を蹴り上げると、後ろに着地してみせた。


「すばやいらしいな」


 ミササギはそれを見つめながら、面白そうに言った。

 それはこの前の魔物よりは一回り小さい、狐に似た緑色の魔物だった。

 普通の狐と違って、鹿のような一対の角を持っているのが特徴的だ。門から離れたところにあった、足跡の持ち主で間違いない。


『ギャアアオォォンッッ』

「そう鳴くな、うるさい」


 ミササギは後ろに下がると、調査官らに言葉をかける。


「攻撃魔法は会得しているな」

「はい」

「はいっ」

「なら、この場における攻撃魔法の使用を許可する。援護をしてくれ」


 ミササギがそう言う間にも、魔物は透明な壁に向かって体当たりをくらわせ、壁にヒビを入れた。


『キャアンッ』


 遂に壁を破ると、ミササギたちに飛びかかった。


「切り吹け」


 ミササギが魔法を唱え、魔物に向かって空気を切り裂くような鋭い風を生みだした。

 その風は、魔物の右前足を切り小さな血しぶきをあげたが、わずかにひるませた程度で、残りの風をよけると魔物は唸り声をあげた。唸り声に共鳴するかのように、一対の角が光り出す。


「守りよ」


 ロサがミササギとは異なる法陣の描き方で、壁を作り出した。

 壁ができるのとほぼ同時に、魔物の光った角を中心として、刃のように鋭い風が生まれた。

 ミササギたちに向かって放たれた風は、壁に激突しても止まらない。アクイラが壁を補強するように、守りの魔法を重ねてかける。

 その風を防ぎきったところで、魔物が再び突進を仕掛けてきた。今度は、ロサが風の魔法を放ったが同じことだった。きっちりと風を見極め、魔物は前足をかばいつつもよけてみせる。

 ミササギは魔物の生み出した風によって、傷ついた木々を眺めた。


「私たちは、国の聖域であるこの森に損害をできるだけ与えないようにしなければならないというのに」


 軽やかに風の魔法をよけきった魔物に視線を向け、ミササギは苦笑した。


「そちらは気楽なものだ」


 魔物が着地した木の幹が、ずしりと音を立てる。木を着実にむしばんでいるのは、間違いないだろう。

 すでに森に被害を出しているため、さっさとケリを付けたいところではあるが、以前使用した電撃の魔法は森を傷つける可能性が高くて使えない。火の魔法なども、もってのほかだ。

 その上周りは木々に囲まれ、背後には墓所の門があるために、戦いにくいことこの上ない。明らかにミササギたちの方が不利だ。


「どうします?」

「そうだな……」


 ミササギはほんの少し考えてから、調査官たちに目を向けた。


「私が合図したら、水の魔法を使ってくれるか。魔物の体全体にかかるように」


 そう提案する中、飛びかかろうとした魔物をロサの守りの魔法が防ぐ。ガンッと鈍い音が響く。

 魔物は受け身を取って着地すると、再び唸り声をあげはじめた。


「今だ」

「「テナ・ヒル、流れよ!」」


 調査官たちが同時に唱えると、魔物の周りに青い法陣が展開され、大量の水の流れを宙から生み出した。

 その水に驚いたように声を上げながら、魔物は振り払うように体をゆすったが、体全体が水に濡れた。角の輝きが消えはじめる。


「じっとしてもらおうか。――凍りつけ」


 魔物を濡らした水に向かって、ミササギは氷の魔法を使用した。

 魔物自体を凍らせるには、本来、周りの環境にも影響が出るほどの威力が必要になるが、かかっている水だけを凍らせれば、周囲への影響を抑えて魔物の動きを封じることができる。

 魔物は自らにかかった水が凍ったことで、全身に氷をまとった状態になった。

 動こうとしているようだが、水が凍ったことで足が動きにくくなっているのだろう。クォンと情けない声で、魔物は鳴いた。

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