待ち人ラクスと魔法三原則

 眠い。今日何度目かのつぶやきを、シルワは胸の内でした。春だから眠いというわけでなく理由はわかっているのだが、とにかく眠い。

 王立図書館の中は、当たり前だが静かだ。一般国民はなかなか入れないこの場所は、王城内で働いている者くらいしか利用しない。

 書類の受け渡しや訪問者の取次などを行うモルスの従者プロムスであるシルワは、ミササギに言われて人を待っていた。

 言ってしまえば、その人物が来るまで彼女は暇でありそれも眠気を誘っていた。館内のカウンター内に座りながら、何度もうとうとしかけている。

 モルスが管理する魔法禁書のいくつかは、魔法を扱える者や特定の職にかぎり、モルスの許可の下で閲覧することが許されている。

 待っているのは閲覧者の一人で、ミササギには、自らが帰る前に来たら待たせるように言われている。

 壁に掛けられた時計を見ると、九の時まで三分ほど。時計の針を見ていると、眠気が強くなってくる、と思った時。


「眠たそうだね、可愛いお嬢さん」


 不意の声に、シルワは肩をびくっとさせた。慌てて、図書館の入り口に目を向ける。

 そこに立っていたのは二十半ばほどの男で、華美でないほどに刺繍された服をまとっている。なかなかの美形で、どこか色気を感じさせる。

 彼は金髪を大げさにかきあげると、懐からたたまれた紙を取り出し、机に置いた。


「あ、ありがとうございます」


 男の雰囲気に押されながらも、シルワは紙を広げると確認をした。魔法禁書閲覧の許可申請書で、モルスの署名と印がしっかりと書かれている。

 これによると、男の名前は「ラクス=ディスキプルス=クストス・マレ」。つまり、彼は「クストス見習いであるマレ家のラクス」ということになる。

 シルワが申請書を届けた時、王に仕えるクストスの見習いだから、さぞかし知的で物静かな人なのだろうと思っていたのだが、想像と違って少し驚いた。

 だが、よくよく考えるとこの人物に見覚えはある気がした。本を読んでいる所を、図書館内で見かけたかもしれない。


「確認いたしました。マレ様」

「ラクスでいいよ、シルワちゃん」


 そう言って、ラクスはシルワに向かってウィンクをした。しぐさの一つ一つが、自分の美形に自覚を持っていることをうかがわせる人物だ。


「は、はい。ラクス様。あの、私のことご存知なのですか?」


 シルワは彼の従者に書類を渡しただけなので、面と向かってラクスと会ったことはない。


「もちろん、ミサギから聞いたことがあるよ。あいつとは友人なんだ」


 青色の瞳を細めると、ラクスは笑みを浮かべた。


「ミサギが、タタウ殿――クストス殿に呼ばれていないのも知ってるよ。だから、君と話しながら待ってもいいかな?」

「でも」

「どうせ暇でしょ?」


 彼は椅子をひくと、シルワの前に座った。シルワは少し緊張して、手を握りしめた。ラクスはクストスの見習いだ。少し前の彼女なら、会うことさえもなかったであろう高位の人物だ。


「昨日のこと聞いたよ、ミサギが王城内で魔法を使ったんだってね。君は魔法怖かったりしなかった? 大丈夫?」


 それは何気ない質問だったが、シルワは驚いた。彼女の眠たい理由が、魔法に関することを考えていてよく寝れなかったことだからだ。


「はい、大丈夫です……。あの、あなたはクストス様の見習いなのですよね? 魔法についても知識をお持ちなのでは?」

「まあ、基本的なことはね。君は知りたいんだね? 魔法について」


 シルワは考えを突かれた気がした。やはり、この人がクストス見習いなのだと感じさせられる。


「魔法って、すごいですよね。城壁ももう直ってました」


 シルワが朝、ここに来るついでに様子を見に行ったら、壊れたことが夢であるとでも言うかのように、城壁は元通りに直されていた。


「魔法を使える技術者が、徹夜で直したと聞いてる。魔法っていうのは魔物を倒すだけじゃない。建築の知識を持つ魔法使いがいれば、そうやって生活にも役立つ。魔法が使える医師、法医師の存在なんて特にね」


 ラクスは椅子にもたれかかった。


「それで魔法についてか。ミサギが教えてもいいんだろうけど、お嬢さんが知りたいことを教えないなんて俺の信条に反する。基本的なことを教えてあげるよ。君はモルスの従者だから、法律上知ることは許されているしね」


 ラクスは声をひそめると、体を机に寄せた。


「魔法とは、魂が生まれつき持つ力……魂力こんりきによって発動する人智の及ばない現象のこと。魂はみんなが持っているものだけれど、強さは人によって異なる。ミサギが言うには、魂をこの世に維持するために魂力を使用していても、あまるほどに魂が強い人がいるってことらしい。ちなみに俺は使えない、残念だね」


 シルワは昨日、ミササギに言われたことを思い出した。

 魂が強いだけで自分のことを恐れる必要はないとしても、魂の強い人物など実際はごく限られている。


「もちろん、魂が強いからと言って、すぐに魔法が使えるわけじゃない。現在使っている魔法には三原則というものがあって、それがそろわないと使えないものなんだ」

「三原則、ですか……?」

「詳細はさすがにミサギの管轄だけど、三原則はそれぞれ、示言しげん令言れいげん法陣ほうじん

「示言・令言・法陣」


 なんだか難しくなってきた気がして、シルワは眉をひそめた。


「ミサギが使っていたのを見たのなら、わかりやすいと思うよ。『示言』は音に意味がある言葉。『令言』は魔法を発動するための引き金となる言葉。『法陣』は、魔法を発動するために魂力で描く紋様。魂力を物質に作用する力に変換するためのもの、だったかな」


 シルワは、聞きながらミササギが魔法を使っていた様子を思い返していた。


『ケニ・ソロル、癒しよ』


 聞きなれない奇妙な言葉が示言で、最後の命令が令言なのだろう。そして、宙に描いたはずなのに目に見えた光……あれが法陣に違いない。

 それぞれの三原則が全ての魔法で同じとは思えないため、個々の令言や法陣を覚える必要があるはずだ。

 モルスであるミササギは全ての魔法を理解し使うことができるうえ、それをいとも簡単に使い分けているということになるのだろう。

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