the Last Lot ラスト・ロット ―水色の死神と過去の継承―

泡沫 希生

第一章 新王国の異変 The incident of Aurora

雷雨の中の約束―プロローグ―

 絶え間ない雨音が、室内に鈍く響いている。カーテンが開けられたままの窓から雷光が入り、明かりが消された室内を何度も照らす。

 一際大きい雷が閃いたかと思うと、室内にいた男の長身を光が縁どり、遅れて強い振動と音が部屋にまで響いてきた。


「……っ」


 ぼんやりしたまま部屋に佇んでいた男の耳に音が入り、彼の思考を動かした。彼の目が、ゆっくりと窓の外に向けられる。

 男は数十分前からそこにいるというのに、まるで今はじめて雨が降っていることに、雷が鳴っていることに気づいたかのようだ。

 雷が鳴るたびに、男の横顔を光が縁どる。すっと伸びた鼻筋に切れ長の目。整った顔はまだ若く、二十過ぎといったところだろう。

 男は雨と雷が入り混じる外を眺めてから、おもむろに右腕を挙げると、顔の前で握りしめた。何かを確かめるように。

 手を下げてから、木の床に視線を向ける。正確に言えば、にへと。

 彼はそこに近づきはじめた。動作に合わせて、背中まである淡い水色の髪がなめらかに揺れ動く。

 傍らまで来ると、身をかがめ、倒れている人を注意深く観察した。彼よりもずっと年上、七十過ぎに見える老人だ。男のものと似た襟付きの黒コートを身に着けている。

 老人の体は倒れたまま少しも動かない。彼にはもうわかっていたが、老人の手を取ると脈をとった。脈も呼吸もないことを確認し終えると、立ち上がる。


「これで、良かったのか」


 問うような口調でつぶやいた。もちろん答える者は誰もいない。彼は考えてから、小さく首を横に振ると部屋を見渡した。

 部屋には、本棚と仕事机、応接用のソファとテーブルの他には何もない。老人の書斎だった。

 そう、。明日にはおそらく――

 そこまで考えてから、男は深く息を吐いた。その顔には何の感情も浮かんでいない。


「我らが魂の行く先に、光あらんことを」


 そう言って、彼はオレンジ色の瞳を閉じた。祈るかのように。

 相変わらず雨は降り続き、窓を何度もたたいていく。本来なら見えるはずの夕日は厚い雲にさえぎられ、外はほんのりと暗く、雷が幾重にも雲に軌跡を刻んだ。

 老人の死を伝えるために部屋を出るまで、男はそこでじっと目を閉じていた。

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