煙突掃除夫の抗議活動に関する撮記

蒸奇都市倶楽部

煙突掃除夫の抗議活動に関する撮記(上)

 苦しんでいる人々のために立ち上がるというのはとても気持ちが良いものだ。

 人々が諸手もろてを挙げて迎え入れてくれるあの瞬間といったら、胸がすく。

 だけど世の中にはそれを〝違反〟だとして取り締まる権勢もある。

 高山氏もそれに抵触してしまった。彼はけして人を殺したわけではない。ものを盗んだわけでもない。その他もろもろの没義道もぎどうを働いたわけでもない。

 だが、氏は捕まった。

 高山氏は苦しんでいる人々――そこには彼自身も含まれていた――の先頭に立ち、集団という見える形で示威し、話し合いの場を持とうとしただけだ。

 もっとも集団の中には店の品物を盗み、なにかを破壊するような不届き者もいたから、集まった全ての人々が潔白だともいえない。

 彼はその代表として捕まった。


 罪名は民衆扇動罪。

 集団に少なからずそういった面があり統御しきれなかったのは高山氏の落ち度かもしれない。

 が、氏は統率者としてのつたなさを差し引いてでも口にしたい言葉を持っていた。

『私たちは持たざる者だ。彼らが持つ者だったら盗みはしない』

『特高は口にするものに困るほど苦しんでいる者たちを罪に問うのか』

『全てを法にあてはめ事情を考慮しない。これが法治国家のあるべき姿か』

『彼らが苦しむ人々と化したのはそもそも大本営のつけではないか』

 権力は聞きいれない。

 民衆扇動罪による彼の勾留はほんの序の口、その他の罪状を並べ立てるための準備期間にすぎない。数十日の拘禁のうちに高山氏を罪に問えるだけの材料を帝都中からかき集めてくるのだ。それは彼自身もよくわかっていた。

 高山氏に追加、適用されるべき罪として当局が求めたのは、《時計塔》破壊未遂罪、治安騒擾そうじょう罪、国家反覆扇動罪、凶器準備集合罪、……。他に小さなものがあれこれと積み重ねられた。

 これについて氏は弁護人を求める権利すら――

 いや、彼がどのような罪状で起訴され、どうして弁護人が付かず、なぜ裁判所は統帥府および検察から独立を保てなかったのか。判決が下された今となってはもう、裁判の経過を含む諸問題はさして重要ではなくなってしまった。

 当時の記録がほしければ、帝立中央図書館でも帝都中央統計局にでも赴けばよい。あなたに閲覧の権限が与えられるかどうか、また別の問題が立ちはだかるかもしれないが。

 僕はどうして苦しんでいる人々が立ち上がったのか、高山氏がなぜ(裁判で下された)罪に問われる行為にかかわったのか、その大まかな流れを記そうと思い筆を執る。

 高山氏への手向けになると信じて。


 随分と前置きが長くなってしまった。


 さて、君は若いだろうか?

 だったら、これを読んで考えてほしい。

 さて、君は学生だろうか?

 だったら、これを読んで学んでほしい。

 さて、君は裕福だろうか?

 だったら、これを読んで顧みてほしい。

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