第16話 真の友

 白銀神社の境内には荒い息だけが響く。

 朝日が昇り、口元から吐かれる息は白く湯気と化していた。


「はぁはぁ……まいったな……。少年へのダメージもすべて背負った結果がこのざまか……」


 本殿に倒れ込む華月は、全身がボロボロとなっており、皮膚が剥がれ落ちるように、顔にヒビが入っている。


「あやつらも人間には手を出さんだろう……これで一件落ちゃ……」


 その瞬間、鳥居をくぐり、黒い装束に身を包んだ陰陽師集団が姿を現す。

 その手には護符が握られ、殺気が辺りに立ち込める。

 リーダー格の男は、恍惚な表情を浮かべている。


「よぉ……ついにこの時がきたぜぇ。嬉しくて嬉しくてたまんねぇよぉ」

「何の用だ……」

「探したぜぇ。巧妙に隠れやがって、おかげで見つけ出すのに時間がかかっちまったじゃねぇか」

「ふん……」

「無様だなぁ~ 化けの皮が剥がれるとはこのことだ。人間の姿も保ててねぇじゃねえかよぉ」

「……」

「本性を見せろよぉ。その醜い姿をよぉ」


 パキパキと音を立てて、顔のヒビが進展する。

 吐き出される息は粗さを増し、その表情は苦悶の様相が目に見える。


「見たこともない術式だった……時代は進歩するものだな……」

「強がんなよぉ? アンタの罪は、人間をそそのかし暴れまわったうえ、怪我を負わせたこと。これで十分だよなぁ」

「ふっ……そろそろ楽になりたかったところだ……」

「ちっ、その願いを叶えてしまうの癪だが、まぁとりあえず消えろ!」


 しかし次の瞬間、眩い光が周囲を覆う。

 その光は、華月を中心にして辺りを包み込む。

 これには、陰陽師たちも何が起こったのか理解できず、その表情も硬直する。

 白銀神社の鳥居から姿を現した由梨は、護符を片手にゆっくりと歩いてくる。

 その姿を視認し、リーダー格の陰陽師は叫ぶ。

 

「また邪魔すんのかぁ?」

「貴方たちのやり方は間違っています」

「それはこっちのセリフだよ! 由梨姉ぇ、目ぇ覚ませよぉ」

「和也くん、あなたはあの男に毒されてしまったようですね」

「瓔珞さんの悪口を言うんじゃねぇ! いくら姉さんでも許さねぇぞ」


 2人の言い合いは白銀神社にこだまする。

 しかし、そこには殺意などは感じられず、比較的に穏やかな雰囲気が流れていた。


***


 眩い光に包まれたかと思うと、華月は真夜中の白銀神社にいた。

 しかし、その景色にはリアリティーがない。

 まるでドーム状の天井にリアルな絵が貼られているような感じだ。


「投影結界か……由梨のやつめ、余計な真似を……」


 そこで華月は白銀神社の風景の他にもう1つの存在に気付く。

 華月に近づく影は、小さく高校生くらいの大きさだ。


「何をしにきた……?」

「華月さん……お礼をいいたくて」


 目の前で息も絶え絶えな華月の姿を見て、悲痛の表情を浮かべる。

 責任を背負い込むかのような表情に、華月は不思議な感覚を覚える。


「何だ、その顔は……別に心配などしなくても良いというのに……」

「大丈夫なんですか?」

「ふん、私は大妖怪だぞ……」

「で…でも……」

「どうだ?」

「え?」

「私の姿は恐ろしいか?」


 華月は今できうる最大限の威嚇を加藤に向ける。

 しかし、加藤は動じることなくその目を見つめ続ける。


「2度も体を貸した仲なんだから、全然怖くないですよ」

「……」

「それに華月さんは美しいです。名前だってほら、華、月、そして雪ってあるように、本当に美しいですね。まるで雪月花みたいです」

「ふっ……奴と同じことを言うのだな」

「奴……?」

「神白だ。私が気を許した唯一の人間だ」

「神白さん……?」


 懐かしむように空を見つめる華月は、さらに衰弱していた。

 そんな華月の見つめる先、空に輝くように見える月は、その場に虚しさだけを残す。


「一体どうすれば……」

「どうもするな。ようやく逝けるのだ。それにしても、ここまで陰陽術が進化していたとはな……嬉しい誤算だ……」

「そんなこと言わないでくださいよ!」

「ふっ……」


 華月は目を瞑り、何も喋らない。

 その姿は死期が目前に迫る草食動物のように見える。

 そんな姿を見て、加藤は涙を流していた。

 その涙に、加藤自身も動揺する。


「何故泣いているのかな……?」

「あれ……おかしいな……」

「私が死んで悲しむなどどうかしているぞ……」

「だって、俺は……華月さんに恩を返せていませんし……」

「別にいらん……」

「何もしてあげられないなんて……俺は無力だ……あっ、俺の体を好きにしても文句は言いません!」

「そこまでするのか……?」


 消え入りそうな声で華月は尋ねる。

 加藤は、その目をしっかりと見つめる。

 いつの間にか、華月の頭にはケモノの耳が生え、爪が鋭利にとがりつつあった。


「はい!」

「ふん、そこまでいうのなら……この命、お前に託そう……」

「え……?」

「ちこう寄れ」


 そう言われ、加藤は華月の目の前に近寄る。

 その銀髪、蒼い目は相変わらず美しい。

 いつものようにその姿に見とれていた加藤は、その唇を奪われたことに気付くのが遅れた。


「え……?」

「ふっ……なかなか美味しい魂だ」

「えええ!?」

「ふっ、冗談だ。とはいえ、これで再契約は完了だ」


 あまりに不意な出来事に、加藤は思考が追いついていない。

 そんな加藤を他所に、華月の体は急速に回復し、完全な人の姿に戻る。

 そして、加藤が気づく頃には、いつものように余裕の笑みを浮かべる華月の姿がそこにあった。


「か……華月さん!!」

「少年……いや、加藤駿」

「あっ…はい」

「君は本当に面白い奴だ。君になら…」

「?」

「駿、君に私の真名を教えておこう」

「えっ、いいんですか!?」


 華月は立ち上がり、月を背後に加藤を見つめる。

 月の光が注がれたいなくても、その美しさは際立つ。

 加藤はその姿に、つい魅入ってしまった。


「美しいだろう?」

「え?」

「私の名前は、美しい華月と書いて、美華月みかづきだ」

「みかづき……」

「改めてよろしく頼む」


 こうして、加藤と美華月は、真の友となったのだった。

 

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