第10話 陰陽師

 空は黒く霞み、カラスの鳴き声がこだましそうな雰囲気を感じる。

境内にやってきた集団は、そんなカラスを彷彿とさせるほど全身を黒く染めている。


「やっぱり、てめぇの存在が1番気に食わねぇんだわ」

「ほぉ、随分と私情を挟んだ台詞だな」

「いいかぁ? 俺たちは妖怪を完全に滅殺するために組織されてんだってのによぉ……」


口の悪いリーダー格の男は、黒いフードからその目を光らせ、華月を睨む。


「文句があるなら吐き出せば良いではないか? ほれほれ」

「ちっ……イラつくぜぇ、てめぇの何もかもがよぉ」

「個人的な好き嫌いが影響するなら、その仕事は向いていないな。辞めることを勧めよう」

「神白だか何だか知らねぇが、実在したかも分かんねぇご先祖様の言いつけを今でも守らにゃならんなんて、やってらんねぇんだよ」


神白という言葉に、華月の体が少し揺れる。

目の前の黒ずくめの陰陽師たちにとっても、大妖怪の華月にとっても、その名前には何かしらの因縁があるようだった。


「今すぐ滅してあげますわ」

「おい、オイラにやらせろ」


背後の陰陽師たちが、耐えきれずに口々名乗りをあげる。

何かに取り憑かれたのような異様な光景が加藤の前に広がっていた。


「よぉーし、じゃあまずは北広! 行ってこい!」

「うっす!」


北広と呼ばれた男は、他の陰陽師をかき分け、前へと躍り出る。

その屈強な体は、筋肉の形が浮かび上がり、肉弾戦においても力の差があることは明白だ。


「残念ながら、あんたを滅することはできないが、ただの人間としてボコボコにするのは禁じられていないのでね。存分に暴力をふるえるってわけさ」

「そんな事をして恥ずかしくないのか? 貴様らの親も悲しんでいるぞ」

「うるせぇ。今のてめぇはここから出ることはできず、力も使えねぇ。これがどういう意味か分かってんだろ?」


華月は何も答えない。

しかし、その沈黙は陰陽師の指摘が正しいことを肯定していた。


「ま……待ってください」


消え入りそうな声で加藤が割って入る。

人間の乱入に驚きを隠せない陰陽師たちだったが、華月は眉ひとつ動かさず、陰陽師たちを見つめている。


「仕事中なんだよ、坊や。助かりたいなら、邪魔しないでくれるかな?」

「えと……」

「三谷、あの坊やを安全なところに連れて行って差し上げなさい」

「はい」


三谷と呼ばれた女性は、とてつもない速さで本殿へと接近する。

加藤の目の前に現れたかと思うと、それを認識するよりも前に腹部に一発くらわす。


「かはっ……」


加藤はなすすべも倒れかけるが、背中からお腹に手を回され、洗濯物を掴むかのように抱えられる。


「キサマッ」

「悪いな。この少年には、まだ用があるのでな」


意識を保つことができた加藤は、自分を抱える華月の顔と、自分に一発入れた陰陽師を交互に見る。

一触触発とはこのことだろう。

両者の睨み合いが続いていた。


「おやめなさい」


新しく女性の声が聞こえる。

目の前の陰陽師でもなければ、華月でもない。

その声の主は純白の装束に身を包み、のんびりとした歩みで鳥居をくぐり、陰陽師たちに近づく。


「あんたは……どうしてここに?」

「用があってたまたまこちらに来ていたのです。そんなことより、人間に手を挙げましたね?」

「……穏便に済ませるための最善策だ。人間をどうこうしようってわけじゃあねぇ」


先程までとは打って変わり、陰陽師たちは静まり返る。

華月は、未だに陰陽師たちを見つめ、張り詰めた空気は解かれてはいない。


私たち・・・陰陽師は、人間に手を加えることは良しとしません。陰陽師として以前に、人としてです」

「ふんっ、引き上げんぞ」

「はっ」


リーダー格の一言で、黒装束に身を包んだ陰陽師たちは、その場を後にする。


「えと……そろそろ下ろしてくれない?」

「おぉ、すまない。あまりに軽すぎて、持っていることを忘れていた」


華月に降ろされた加藤は、白い装束に身を包んだ女性を見つめる。


「あなたは?」

「私は由梨といいます。これでも陰陽師ですよ。先程の方達と同じです」

「え……? 全然そんな感じしないんですけど……」


目の前に立つ由梨という女性は、穏やかな口調で答える。

先程の集団と同じとは、見た目からしても性格からしても信じることは難しい。


「陰陽師という組織にも2種類あるからな」

「2種類ですか?」

「あぁ、何が何でも妖怪を滅したい連中と、人と妖怪の間を取り持つ事を目的とした連中だな」

「はい。前者は黒、後者は白をイメージカラーにしています。私たちは、妖怪と人間を結ぶ光になれるように、神白様の白を掛け合わせて、白をイメージカラーにしました」

「さっきのは、妖怪と同じく闇夜に紛れるために黒をみにまとっているのだろう? やってることは妖怪と大差ないな」


白と黒の陰陽師、神白という存在、多くの情報が頭の中をぐるぐると回り、加藤の脳はパンク状態だった。


「あなたもあなたで、変な気を起こさないでください。何もしなければ、彼らも穏便なのですから」

「うむ」

「その子は私が家まで見届けます。よろしいですね?」

「……任せた」


華月はしぶしぶ了承し、加藤は由梨に連れられ家へと帰る。

加藤には、華月の表情がやるせなさを含んだような複雑なものに見えた。

こうして今日も1日が終わるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る