第8話 妖の戦い

 校庭には銀色に輝く髪をした少年と長く伸びた舌を持つ化け物が相対していた。

 空は晴れ渡り太陽が輝いているにも関わらず、何故か辺りは薄暗い。

 何か靄のようなものが瞳に貼りつき周囲の光をカットしているかのような不思議な感じだ。


「華月だと? さっきまでの小僧とは違うな? どこから来やがった?」

「白銀神社だ。ここの様子は、ずっと見させてもらっていた。訳あって今はこの少年の体を借りている」

「体を借りるだと?」

「うむ。さしずめ、加月といったところか」


 加月は、長年の連れに返す簡単な返事のようにサラリと述べる。

 その余裕の笑みからは、百戦錬磨のそれに近いものを感じることができるだろう。

 妖怪は驚愕の表情を隠すことができず、先ほどまで活発に動いていた舌は、その動きを止めている。


「てめぇ……もう何でもいい、食ってやるまでだ!」

「まぁ待て。一応、貴様の名前も聞いておいてやろう」

「はぁ? どの立場でもの言ってんだよ!」


 もう我慢できないとでも言うように、妖怪は飛び掛かる。

 バッタのように足を曲げて跳躍した妖怪は、周囲に響き渡ろうとする音と同じくらいの速さで宙を飛びぬける。

 音速の弾丸に近い妖怪の突撃に、華月はその場から一歩も動かない。

 しかし、次の瞬間、妖怪の足は真っ二つに裂け、大きく血しぶきをあげる。


「が……がぁぁぁ」


 気付かないうちに加月の手には刀が握られていた。

 艶めかしく輝く刀身には飛び散った血液がこびりつく。

 加月は、表情一つ変えず、余裕の笑みを浮かべている。


「刀など久しぶりだ」

「クソがぁぁぁ」


 立つことができなくなった妖怪は叫び声を上げながら、長く伸びた舌で背後から奇襲をかける。

 伸ばした舌を地面に這わしておくことで、敵の目を晦ましつつ奇襲をかけられるという算段だった。

 今まで幾度となくこの攻撃で相手を沈めてきた自慢の戦法であったが、今回はそうは問屋が卸さなかった。


「あゔぁ……がぁ……」


 周囲には美味しそうなタン肉のように、切り刻まれた舌が舞う。

 舌を失った妖怪は意味のある言葉を喋ることができなくなっていた。


「さて……では、トドメだ」


 振りかざされた刀身は妖怪の脳天を貫き、妖怪はなすすべもなく倒れ込む。

 頭から噴き出る血しぶきに、妖怪はのたうち回る。

 妖怪の断末魔の叫びは消えゆき、何事も無かったかのように存在自体が消失する。


「ふむ、まぁまぁだな」


 加月はそれだけ言うと、辺りが眩い光に包まれ、校舎におは生徒の活気が戻る。

 こうして、妖怪は退治されたのであった。


***


 薬品の臭いがする。

 気が付くと、加藤は保健室に寝かされていた。


「ここは……」


 辺りを見まわすと、夕日の紅い光が差し込んでいることに気付く。

 最後に残っている記憶は、下校時間の午後2時が近づき、帰る準備をしていたことだろう。

 

「あっ、先輩! 起きたんですね!」


 保健室の入り口から聞こえる声に注意を向ける。

 そこには、ハンカチで手を拭く三木の姿があった。


「三木……?」

「良かったです! 教室の入り口で躓いて倒れたっきり動かなくなったって聞いて心配したんですよ!」

「そっか……」


 何が起こったのか加藤は思案するが、思い当たる節は何もない。

 まるで、思い出したくないことをすっぽりと忘れているように記憶に靄がかかっているような感じだ。

 とはいえ、体に異常ないことを確認し、加藤は一安心する。


「俺は大丈夫。帰ろうか」

「はい! 寒川先輩の家には行けませんでしたね」


 嬉しそうに返事をする三木を他所に、加藤は寒川の件について考える。

 考えれば考えるほど、頭が痛む。

 頭を抱える加藤を心配して、三木はベッドの隣まで近付いてくる。


「仕方ないな~、このアタシッが、今日は家まで送ってあげるよ♪」

「どさくさにまぎれて、俺の家を探るな」

「ちぇ~」


 そんな話をしながら、加藤と三木は保健室を後にする。

 保健室の先生は、親に電話しようか迷っていたが、本人が大丈夫ということで、三木に任せることにした。


「帰りも一緒なんて久しぶりですね♪」

「嬉しそうにすんな」


 この会話が何よりも加藤を落ち着かせたのは言うまでもない。

 相も変わらず冬の寒さは、加藤たちを容赦なく襲う。

 しかし、何かに熱中している時は、寒さを感じないとよく言われる。

 この時の加藤は、寒さを忘れられるほど、三木との会話に熱中していた。


「このマフラー、新調したんですよ♪ 先輩、どうですか?」

「いいと思うぞ。俺からすれば、膝より少し上にスカートの丈を抑えてるのは意外だな」

「むっふっふ、アタシは清楚なキャラで行くと決めたのです!」


 三木は胸に手を当て、誇らしげに宣言する。

 その姿は流石、演劇部と言えるほど魅力的だった。


「コホン……まぁ、でも中学時代のヤンチャさを隠しきれていない。それに、言っちゃあ悪いが、お前は活発過ぎて結構頻繁にパンチラしてんぞ」

「マジですか!?」

「マジマジ」


 何気ない会話と言われればそれまでだが、この会話が加藤の心を助けたのは間違いない。

 しばらく、そのような会話を続けた2人だったが、そんな時間も終わりを迎える。


「じゃあ、俺はこっちだから」

「家までついて行ってもいいんだよ?」

「いや、大丈夫だって」

「そして、ついでに家に泊めて欲しい♪」

「お前な……」


 最後までそんな話に花を咲かせた2人は、各々の道を歩いて帰る。

 1人になると急に寂しくなるもので、加藤は無言のまま歩みを進めた。


『少し話をしようか』


 どこからともなく聞こえてくる美しい声に、加藤はハッとする。

 妖怪に襲われたこと、華月の声が聞こえたこと、多くの出来事がフラッシュバックする。


『嫌なことを思い出させてしまって申し訳ないが、お前との契約は果たしてもらわなければならないのでな』


 頭の中で記憶の整理を必死に行う加藤は、目の前に鳥居が現れていることに気が付く。

 加藤は、目の前に現れた鳥居をくぐるしか選択肢はなかった。

 

「ようこそ、白銀神社へ」


 目の前には美しい巫女の姿がそこにあった。

 その妖艶さに見とれた加藤は、華月のもとへと向かう。

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