第17話【LOVERSI ONLY番外編Ⅺ】


【Descanso de la etapa】



スペイン絵画紀行へようこそ!   

〜夏休み特別編その1〜



彗が生まれた国は日本。

三寒四温の中で人は暮れ。

巡る季節の移ろいがある。


此処ロンドンにも四季はある。

街は初夏の季節を迎えていた。


「英国人って気温が25℃を越えたら、もう「暑い」と言い出すらしいな!」


「お前、このご陽気にそんな革もん、よく着てられんな!熱くねえべか?」


「No Futer!No Problemだ!Mr!」


「みみみMr!?ここれわどうも!思わぬジェントルマンにthankyouだべ!」


田崎は4シーズンパンクでOkらしい。

日本生まれの英国風パンクス。

なかなかに礼儀正しい。


「パンクシーとでも読んでくれ」

「・・英国の初夏は少し肌寒いべ!」


そんな話はどうでもよかった。


八月ともなれば紅葉し始める樹木と、足元に散らばる枯葉を踏む音を聞く、

街に秋の気配が訪れる。


英国の夏の季節は短い。

やがて長い冬が始まる。


スペイン国の平均最高気温は約20度。夜間の平均最低気温は約11度前後。

昔も今も変わらない。


1年を通し温暖な気候に恵まれた国。


それでも 6月中順から9月にかけては、平均気温が20度を超える日が続く。

12月から2月は平均気温が10度前後。

昼夜の寒暖の差は激しい。


年間降水量は東京都の3約分の1。

1年を通して雨は少なめだ。

大地は常に乾燥している。


ベラスケスが生まれたセビリア。


スペイン中西部の都市も年を通して、比較的温暖な気候に恵まれていた。


それでも初夏の暦を捲る頃になれば、地中海に面した海側から風が吹く。


湿気を孕んだ風が季節を運んで来る。


熱波は乾燥した荒れ地を通り抜ける。

都市のある中西部へと流れ込む。


夏の季節の首都マドリード、かつての交易都市セビリヤも、例外無く蒸し暑い日々。高温多湿の気象に覆われる。


ベラスケスが生まれる107年前のこと。1492年8月3日。ポルトガル最古の街と呼ばれるパロス。その港近くのサルテス川の河口より、主船を含む計三隻の船が出航した。


主船サンタ・マリア号に乗っていたのがクリストファーコロンブスである。


コロンブスの出生の地はイタリア。

イタリアのジェノバとされている。 

軈て流転の末にこの地に流れ着いた。


スペイン王室と、両教会王に右廻り航海好走を提唱し、国の事業として新大陸発見の航海ヘと旅立った。


その航海の様子は、コロンブスに同行したラス=カサス神父の手記に記され。今日まで世界に伝えられている。


それよりさらに時を遡れば。

太古の昔神々たちは海を渡り。

やがてこの地に降り立ち。

その足跡を残した。


中世とは一言で語れぬものだ。

額縁に飾られた絵画たちは語る。


通常なら4世紀から15世紀まで。

千年以上に渡る期間を指し示す。


人の歴史に於いては大河の流れだ。 


ことに、中世におけるキリスト教の展開ともなれば、極めて複雑である。


それは主に三つの時代に区分される。


第1期は4世紀から10世紀にかけて。キリスト教の伝播の時期。


この時期、地中海周辺に限られていたキリスト教が、アルプスを越えた。

軈て全ヨーロッパへと広がった。


第2期は11世紀から13世紀。

キリスト教最盛期である。


この時代に教会の指導カは絶頂に達した。学問、建築、修道院の建設。


多岐に渡り、すべてに於いて、余すところなく。中世世界にキリスト教文化が咲き誇った時代である。


第3期は14世紀から15世紀の衰退期。キリスト教による、ヨーロッパ統一は事実上の解体へと向かい始める。

新たなる宗教改革の時代。その後。

17世紀にベラスケスは生まれた。


それは美しくも汚れなき神世の時代。

人々に神の道へと続く教えを説うた。

やがてそれも時を経ては歪む


大樹は枝葉を茂らせ世界を覆い。

実り過ぎた実は腐熟の時を迎え。

軈て朽ちた病葉と共に道を汚す。


それがベラスケスの生きた時代。

バロック期の到来である。


アビラ旧市街。


スペイン中部にある古都。

当時のままその姿を遺す。

街は石で造られた。


市外城壁と教会が群れなす街だ。


アビラの街の石壁は高さ平均12m。

街は城壁に周囲を囲まれている。


城壁を辿れば古く、ローマ帝国時代に建造された石塀の跡に沿って建てられている。その全長は約2.5kmに及ぶ。


その古き都はアビラ。かつて、ギリシア神話の英雄ヘラクレスによって建てられた。そんな逸話が今も遺る。

街中には中世、ルネサンス期に建設された建造物も多く残っている。


ガウディの生誕を待つまでもなく。

ロマネスク、ルネッサンス、ゴシック。

この国の建造物には、様々な時代の様式が融合した物が数多く、今も遺る。

今彗たちがいるギャラリーのようだ。


古の神話の蛇か迷路のような城壁。

それはカソリックの侵攻を阻むため。


城壁の建立にはそのような目的もあったとされる。アビラの街に点在する、夥しい教会や大聖堂とその関連施設である建築物たち。それらはすべて、街の城壁の外側に建てられたものだ。


カソリック教徒達の侵攻を防ぐため。

同時にその地は聖女生誕の地である。

アビラの聖テレサと呼ばれた。

イエスズの聖テレジア。

小さき花のテレサ。


彼女は爵位のある家柄に生まれ、厳格な両親の元で、非常に信仰深く禁欲的な理想を植え付けられ育った。


父の家系はユダヤ教からの改宗者だったとされる。テレサは少女時代より、聖者たちの生き様に魅了されていた。


少女時代には何度も家出を繰り返す。荒野の殉教地を求めて放浪した。

両親はそんな彼女を持て余した。


ついには彼女を問題児ばかりが集まる施設に入れた。1534年のある朝。


彼女は収容施設をこっそり抜け出し、そのまま、アビラの街にあるカルメル会の御托身女子修道院に入った。

数々の苦難や病や迫害の果て。

彼女は神秘体験を経た後に。

聖女と呼ばれる存在となる。


【第三の書】に代表される、キリスト教と神秘主義における著書も多く遺した。カソリックの歴史においては、女性で最初の教会博士の地位を与えられた。人は神においてのみ足る。


それが彼女の遺した言葉である。

自らに課した苦行の果てに。

人は神の道に至ると伝えた。

彼女が自らに課した苦行。


それは聖女の名に相応しいものだ。

彼女か遺した禁欲的で厳しい戒律。


回想に始まり。

自身の無力さと。

人の原罪に至る。

神への絶対的服従。


茨は民や王室にまで蔦を這わせた。


彼女の生前の面影を忍ばせるのは。

アビラ旧市街に建つサンタテレサ修道院の彫像か、若い頃のテレサを描いた最も美しいとされる、1819年から1820年にかけてフランスの新古典派の画家、フランソワ・ジェラールによって描かれた【聖テレサ】である。


ベルニーニは、聖テレサにその創造的感性を大いに刺激され【聖テレサの法悦】を自身の彫刻に表現した。


ベラスケスと同時代を生きた画家、ルーベンスもまた、彼女の肖像画を作品として描いている。


彼女が教会に遺した大きな功績。

それは今もこの国に遺る。

国中に点在する修道院。


その普及に尽力したことでもある。


旧アビラ街は現在も数多くの教会建築が見られる。観光地としても有名だ。


聖テレジア縁の修道院と彼女の像も、旧市街の防壁の外である。


これには宗教的政治的な理由はない。

旧市街は東西約900m、南北約450m。

ただ敷地に限りがあったが為だ。


そうした経緯や理由で城壁の外側に、数多の教会や修道院群が建設された。



さらに歴史を遡れば。


スペイン北西部に位置するガリシア州ア・コローニャの県都コローニャ。 


アビラ同様に外壁に囲まれた古都。

その中心から2・4km離れた半島に、ローマ建築の巨大な塔がある。


海抜57メートルの小高い丘に立つ。

海を見卸す高さ55mの灯台。


その呼び名はヘラクレスの塔。


同じスペインの地に立つ62mのチピオーナ灯台に次ぐ高さである。


そこからは北大西洋を一望出来る。

この灯台は現存する世界最古の灯台と呼ばれている。その起源は2世紀。


1世紀には既に建造されていたとも、2世紀に改築されたとも伝えられる。

20世紀まではブリディンガムの塔。

正式にはその名がつけられていた。

ローマ時代の建設からは1900年。

21世紀の今も現役の灯台である。


2世紀には存在を知られていた。

トラヤヌスの時代に建造物。

あるいはそれ以前の建築。


基礎部分にはフェニキア起源のデザインを踏襲した痕跡が遺されている。


あのアレクサンドリアの大灯台をモデルに建築されたとも考えられている。


塔の土台にはラテン語の文字で刻まれた碑文 があり【MARTI AUG.SACR C.SEVIVS LUPUS ARCHTECTUS AEMINIENSIS LVSITANVS.EX.VO 】

そう記された礎石が遺されている。


元々、この塔はルシタニアの属州アエミニウム出身のガイウス・セウィウス・ルプスという建築家によって建立されたとされ。「ローマ神話の神マルスへの奉納物として捧げられたものである」そんな記述が遺されている。


ヘラクレスの塔に関しての最も古い記述は415年から417年頃に記された。

パウルス・オロシウスの著述による【Historiae adversum Paganos】

 以下の文がそれである。


Secundus angulus circium intendit, ubi Brigantia Gallaeciae civitas sita altissimum farum et inter pauca memorandi operis ad speculam Britanniae erigit


1788年。元々は、3層34メートルであった。このヘラクレスの塔に、21メートルの4層目を含む、新古典主義建築の改築が行われた。この改築は、海軍の技官である Eustaquio Giannini の指揮の下でカルロス3世の治世の間中続けられ。それは1791年に完成した。


スペインのこの地域を征服したのはローマ人。彼らは比喩的な意味において此処が地球の最果てと考えていた。


碑文や遺された当時の手記から言葉を拾い集めれば。それは記述中の単語Finisterra(大地の終わり)という言葉が示す通り。この地域の海は船の難破で悪名が高く。当時、文明の栄華と繁栄を誇ったローマ人たちでさえ、上陸には難儀させられた。その証である。


それ故にこの地に大灯台が築かれた。

その理由も自ずと理解出来る。


ーCosta da Morteー古代より【死の海岸】という名を拝名されていた。


現代もこの地に遺る古代ローマ帝國侵攻の証とされる建造物たち。


幾世紀も完全なかたちのまま遺る。

この地表に今も建ち続けている。


この地にローマ人が持ち込んだ。

建築物の様式が石造りであった。


そして、スペイン、ポルトガル特有の気候と風土。国土の大半を占めるのが、乾燥地帯であることが挙げられる。


何より先の世界大戦において、この国が2度とも参戦をしなかったこと。

それが一番の理由である。


おかげで、他国のような空爆による建築遺跡の破壊を免れることが出来た。


カソリックの侵攻よりもなお早く。

ローマ帝国の上陸がこの地に遺した。

この地に穿たれた神々の轍の痕。

それがヘラクレス神話である。


ブリディンガムの塔の逸話。


ヘラクレスの塔とその起源に於いて。

そこには、長きに渡り様々な神話が、件の怪物のように渦を巻いている。


勿論、スペインの歴史を鑑みる上で、この塔が古代ローマ帝国の侵攻の際に建てられた遺跡のひとつであること。

海難避けのための灯台であること。

それには疑いの余地はない。


ギリシャ神話の英雄ヘラクレス。


英雄ヘラクレスは、ゲーリュオーンと3日3晩に及ぶ戦いを繰り広げた。


ゲーリュオーンとは、3頭1体の姿、ギリシア神話に登場する怪物である。


そうして遂にはそれを打倒した。

その首を武器と共に埋葬した。


「この地に町を築くように」


そこにいた人々に命じた。

人々がそれを忘れぬように。


やがて、ゲーリュオーンが葬られた場所には塔が築かれた。灯台の下に描かれたア・コルーニャの紋章。


髑髏と骨の紋章。それがヘラクレスが殺したゲーリュオーンとされている。


【而して得筆すべき事柄、その神話の帰結である】


建築年代、歴史以外の視点から。

古代神話の研究に携わる者は云う。


11世紀に編集された Lebor Gabála Érenn 【侵略の書】にまとめられた伝説はこれとは大きく異なる。


ガリシアの伝説上の建国者であるブレオガン王。王がこの地に「息子たちが塔の頂きから遠い緑の大地を見ることができる程に高く、巨大な塔を建てよと命じた」とされる。


塔の上から垣間見た遠い緑の大地。

やがて彼らをアイルランドへ。

北への航海へと駆り立てた。


その説を裏づけるかのように、塔の近くには、巨大なブレオガン王の像が建てられている。


彼の地に遺るヘラクレスの神話。

その結末は星座とはならず。


人々も星を見上げることはなかった。

これはギリシャ神話にはない結末だ。

倒された怪物も消え去ることはなく。


ヘラクレスは御丁寧にその首の埋葬を民に命じた。石碑のような塔を建て。その地に街を築いたと言われている。


それは、ギリシャ神話よりも寧ろ。

グレートブリテンとアイルランド。


その島より派生したケルト神話のようだ。侵略者たち上陸の度に吹いた風。


何処で風の向きは変わり。

そして混じり合ったのか。

もはや知る者はなく。

今は神のみぞ知る。


それはまた別の話だ。


今もFaroは夜の海に。

眩い光を投げ続ける。


それからさらに時を遡り。

地表より深く深く。

深淵の洞窟へ。


スペインの北西部ガリシア地方。

サンティアゴ・デ・コンポステーラ。

此処からフランスとの国境線も近い。

中世では地の果てであった辺境の地。


813年。この地にて、十二使徒の1人である聖ヤコブの遺骸が発見された。

以来キリスト教の聖地となる。


フランスのピレネー山脈を超えて。

今も昔も巡礼者が多く訪れる地。

そこからほど近い場所にある。


アルタミラ丘陵。スペインの北部、

カンタブリア州の州都サンタンデルから、西へ30kmほど進む。サンティリャーナ・デル・マル近郊に存在する。


小高い丘が綴れ織り成す。

緑深き丘陵地帯の奥深く。


アルタミラの意味する言葉は日本語で


【望楼の丘】


そう翻訳されている。


連なる丘陵地帯の懐深く。

木立や枝のアーチが道を覆う。

道はよく整備されて歩き易い。

行く手を阻む植物も暗がりなく。

常に明るい日差しが差し込む。


一番高い丘の頂きにまで登れば。

陽光を映す鏡面のような水の溜。

湾と入江と運河が見渡せるはずだ。


緑深い山道をただひたすら歩く。

小高い丘の上には旧石器美術館の建物。そこから5kmさらに歩けば。

丘の岩壁に行き当たるはずだ。

木立の影に遮られた扉がある。

そこに洞窟は存在する。


石灰岩の岩壁に出来た亀裂。

そこさえ潜れば洞窟の広間だ。


この洞窟内には現存する世界最古の、ヒトが描いたとされる壁画が眠る。


それがアルタミラ洞窟壁画である。


現在その洞窟入口はぶ厚い緑の鉄の扉と、さらに大きな鉄格子の檻が嵌め込まれていて。何れも施錠されている。

洞窟発見と検証後再び閉ざされた。

今は誰も入ることは出来ない。


洞窟は国により厳重に管理されている。一般人が行けるのはそこまで。

運がよければ抽選に当たるかも。

1日5名洞窟に入れる年もある。


洞窟内は外気に触れ痛みが激しい。

現在は鉄の扉は閉ざされている。


その扉を開けて洞窟内部に入る。


扉から洩れる陽光以外に光はない。

気温は外の世界よりも明らか低い。

そこからが星のない夜のようだ。


アルタミラは縦穴ではなく。横穴構造の洞窟であると知ることが出来る。


洞窟内には充分な酸素があり。

昼は涼しく夜には暖が取れる。

つまり居住に適している。


太古の時よりヒトの住む集落からは、洞窟は離れた場所にあったはずだ。

何かの祭礼の時には集まり。

狩猟の際には体を休める。


そのような条件を兼ね備えていた。


もしもこれが、縦穴洞窟ならば、温度は外界と変わらず、湿度は98%近くなる。100m先まで進めば酸素もなくなる。人が生存するのは到底不可能だ。


アルタミラ洞窟の全長は約270m。


洞窟の全体の形状は竜にも似ている。エレンスゲと呼ばれる、バスク地方に伝わる太古の竜だ。様々なエリアを経由して、最深層である【馬の尻尾】と呼ばれる、細い洞窟へと続いている。


まず最初に研究者たちに【玄関口】と名づけられた広々とした空間がある。

そこを通り抜けてその先に進む。

そこからさらに左奥へ進む。

何も見えない真の暗闇だけ。


ライトを翳した先に広がる、空間と光景に、訪れた人は息を呑むはず。

天井一面に描かれた壁画たち。


推定16000年から11500年前に描かれたとさるアルタミラの洞窟壁画。


旧石器時代のヒトが描いた壁画だ。

誰もが象形文字の延長のような。

単純な線刻の絵文字のような。

そんな絵を想像するはずだ。


【他彩色壁画の間】


此処を調査した考古学者たちにより、

天井壁画の空間はそう名付けられた。


約18m✕9mの広さの空間。

天井の高さは入口付近で約2m。

奥まで進めば約1.2mだ。


明かりを照らしたその先に。

訪れた者を出迎えるのは。

天井に描かれた動物たち。


洞窟を形成する石灰岩とは明らかにことなる色彩。赤土の顔料と炭で描かれている。かつてこの地に多く生息していたであろう。パイソンの群れ。

それは絵画と呼ぶに相応しい。

質量ともに傑出したものだ。


洞窟を形成する石灰岩とは、明らかに異なる色彩で描かれ、赤土を捏ねて作られた顔料や炭を用いられている。

素朴で暖かみある色彩の絵画たち。

洞窟を訪れた者を出迎える。

蹲る3頭のパイソン。


天井の隆起を利用して描かれている。

丸みをおびたその体は眠る様にも。

来訪者に萎縮する姿にも見える。


「日光東照宮の回廊の猫みたいだね」


日本人が見たらそう思うだろうか。


天井から崩落してしまったのか。

それとも最初から描かれなかったか。


顔なしのパイソン。


彩色を、はっきりと遠近で区別するためだろうか。腰から後ろの部分には、線刻がされていない。


右を向くパイソン。


天井の僅かな隆起を利用して描いた。前脚から背中の豊かな膨らみと質感。


ふっくらまるまるとしたパイソン。


さらに洞窟の回廊を進む。


密に描かれた、6頭のパイソン、牝鹿の頭部の線刻画を見ることが出来る。


最初に見たような蹲るパイソン。

やはり天井の隆起を利用して描かれているが。尾と角は壁に描かれている。


ZONE3【穴】とだけ名づけられた区画へ向かう途中、これまで描かれた中で、極めて保存状態の良い壁画に出会う。


しっかりと描かれた、4本の脚、2本の角。遠近法により描かれている。

頭部は右側を向いている。

完璧なる姿のパイソン。


2頭の馬に挟まれた雄のパイソン。

こちらは右を向いている。

何れも赤と黒の彩色画だ。


線刻と削り落とし技法も確認出来る。


他彩色で描かれた数頭のパイソンたちの間に描かれた右剥きの馬の頭部。

まるでエンブレムのようだ。


個々の遠近は描かれるも。馬の頭部はそれを無視するかのような大きさ。


さらに右を向く馬の大きな頭部。

馬の頭部をより細密に描くために、線刻が使われている。多彩のパイソンと同じ技法も使われている。


削り落としで描かれたパイソン。

立ち止まり嘶くように見える。


黒の輪郭線は、縦彫りの線で描かれ、線の内側にも、多様な削り落としの技法が使われている。さらに先に。


壁に鮮やかな緋色で描かれた図形。

横線がはみ出したアルファベットのΑ。

一見すればそんな風にみえる。


楔形図形。


カンタブリア地方の壁画研究が漸く始まった頃。洞窟の外で発掘された当時の人々が使用していた飛び道具にその形状が似ていることから命名された。


赤線の山羊。


赤い輪郭線にて描かれた。

小さくて愛らしい山羊。

短い角と尾は紛れも無く山羊だ。


飛び跳ね躍動するパイソン。


長い間猪と解釈されていた。

角と顎髭の特徴からパイソンらしい。


【中央ZONE3】


矩形の図形。


洞窟内奥部に続く回廊は細く狭い。

その側壁に描かれている。


矩形の【矩】には様々な意味がある。かねとも読み、曲尺、直角、の意味もある。矩を踰える。「心の欲する所に従えども矩を踰えず」論語に書かれた孔子の言葉もある。掟や決まりの意味もあるが。仏教的な意味合いもある。

釈迦も孔子は生まれてはいなかった。


4辺の長さがすべて等しい四辺形を菱形、4内角がすべて等しい四辺形を長方形,または矩形と呼ぶ。 菱形は二つの対角線が直角に交わり,長方形では二つの対角線の長さは等しい。


この場合は菱形でない四角だ。 

そして描かれた意図は解らない。

おそらく抽象とはそういうものだ。

来館者たちは自分に言い聞かせる。


洞窟は【穴】を経由して最深部へ。

さらに細く狭く続く回廊へ。


他のエリア同様に見慣れ始めたパイソンの壁画。しかし、それは背後の闇に消えたパイソンとは違って見える。


それは技術の退化なのか退行なのか。


黒い輪郭線のみで描かれたパイソン。

絵の心ある者ならぱ言うだろう。


「これは均整の取れたデッサンだ!」


右を向く山羊。


壁から張り出し、右に傾いた岩にあえて描かれている。下部の岩の亀裂を地面との境にして。これはヒトが選んだ。自然のキャンバスである。


頭部のみ描かれた牡鹿。 


耳と目がそれまでなかった二重線で描かれている。質感と量感が際立つ。

実に生き生きとした作品である。 


右を向く山羊。


これも黒の線画である。

腹部の線の幅を意図的に広く描く。

それにより深い陰影が生まれている。


5つの格子状の図形。


この図形は内側に格子状の短い線を縦に使い描かれている。内側に3分割。その長辺の一辺に突起がある。


これは、カンタブリア地方で発見された図画との多くの共通点が見られる。

学者に別の希望と可能性を抱かせた。


壁や天井に描かれてた壁画は、その先に進めば進むほどに完成され、洞窟の僅かな亀裂や、起伏を利用して描かれる。幾何はより複雑さを増してゆく。


洞窟と絵はやがて一体となる。

訪れた人はそれに気がつくだろう。

その先に待つものはなにか。


だからと言って足を早めてはならない。そこは絵画が飾られた回廊。


田崎彗や榎本がいるロンドンと同じ。

黙して絵画を鑑賞するための場所。


ギャラリーに他ならないからだ。


洞窟の終焉。


長く細く伸びた【馬の尾】と呼ばれるエリア。そこに描かれているのはヒト。

壁にヒトの顔が描かれている。


幾つかの興味深い壁画と共にある。

そこがアルタミラ洞窟の終焉である。


その顔の主は男性なのか女性なのか。俄に判別はつかない。石壁の、まるいふくらみを利用して描かれた。

一際大きな鼻が特徴的だ。


穏やかな顔をしたヒトの顔。

動物たちの絵に囲まれている。 

微笑んているようにも見える。


ギリシャ神話や聖書の物語。

神々たちは白人や人の姿だ。


その伝来よりも古く、この地伝わる神々の言い伝え。それがバスク神話。バスク語の語源でもある。


スペインとフランスの2か国に跨がる。バスク地方における神話。


それは他の神話より複雑でもなければ、人間的な説話があるわけではない。創造神のような存在もいない。

バスク神話の神々は全て動物だ。


神々は馬、雄牛、猪、雄山羊、雄蛇、禿鷹などに姿を変えて現れる。


太陽、月、大地、天空などについての神話も存在する。


その最高神はマリという女神である。

その女神は雨天や豊作を齎す存在であり。旅人を導く存在とされている。


古代の人により地表に描かれたマリ。そこからは性別以外は何もわからない。子供が一筆で描いたかのような。線画のみのシルエット。


アメーバーのような原始的な生物を思わせる肢体。日本の土偶に似た形状。

その中心は紛れもない女性だ。


周囲に原子核の図画のような飛天。

全身に仮足よりも髪よりも細い繊毛。


それは或は世界の暗闇を照らす。

女神のフィラメントであったのか。


暗転

Switch ‥



ベラスケスの【鏡の女神】の前に立っている。田崎彗は忘れていた。

ふいに思い出したのだ。


そのアルタミラ洞窟は今いる場所、

英国のギャラリーと繋がっている。

それは、あまりに突拍子もない発想の飛躍で、さすがに口外はしなかった。


スペインにある、その壁画洞窟の存在は以前から知っていた。たまたま、ネットで絵画検索中に見たことがある。


もし海外の美術館に足を運ぶことが出来なければ。ネット検索は、とても便利なツールである。勿論大判の画集もいいが。動画で美術品をアップしてくれているサイトはやはりありがたい。


ナショナルギャラリーに足を踏み入れ。通り過ぎる絵画の前に立っていた。1人の中年の男性学芸員の言葉。


《この絵画については以上です》


いつも美術館に行けば。


冒頭から学芸員による絵画の解説が聞けるわけではない。その方が稀だ。

美術館に通う理由はそこにある。


品の良さそうな紳士。彼は関係者のIDを首からぶら下げてはいなかった。

しかし、これから美術館を巡る来館者たちに微笑み。こんな言葉をかけた。


《マチス、モネ、ルーベンスにターナー・・そしてディエゴ・ベラスケス、この先に進めば様々な名画との出会いがあります!レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作【岩窟の聖母】にも!皆さんをお待ちしております!》


そこで男はふと考える仕草をした。


《・・・そうそう!【岩窟の聖母】で思い出したことがひとつ!》


その言葉に彗は足を止めた。

思わず彼の顔を見つめた。


《こちらに展示されている、当ギャラリーの絵画たちも、そのすべてが、かつて洞窟の中にあったのです!今から少しだけそのお話を・・》


学芸員の男が立っている絵画の額縁。

そこには何も描かれていなかった。

吸い込まれそうな真白なカンバス。

額縁の前に立つ男の顔も。


今となってはもう思い出せない。


男はやがて静かに話始めた。



スペイン絵画気候へようこそ!

中編に続く・・






【後書き】


「ヤッホー!」

「ヤッホー!!!」


「気がついたら洞窟だべ!」


「ずいぶん遠くまで飛ばされたな!」


「俺たち帰れるべか?不安になるべ」


「さあ・・もう帰れねえんじゃ・・」


「誰かあ!?誰かいませんかあ!?ヤッホォォォォー!!!!!!?」


「ところでヤッホーって何語だっけ?」


「ドドドドイツ語らしいべ!」


「へえ!じゃスペイン語では?」


「ヤッホーだべ!」


「万国共通なのか!」


「かけ声みたいなもんだからな!」

「英語だと日本語の木霊はエコー!」


「エコーってのはエーコー・・元々はギリシャ語らしいべ!」


「解説しよう!エーコーは古代ギリシア語ではἨχώ!これが後に英語のEchoの語源となったのだ!」


「ふむふむ!勉強になるべ!」


エーコーとはギリシア神話に登場する森のニンフで、一般的にはエコーと呼ばれてるんだ!ギリシア語で元々は【木霊】の意味で、せれか物語の中では美女に擬人化されてんだ!」


「擬人化!日本のアニメみたいだな!」


「牧神パンと、美青年ナルキッソスにまつわる恋が特に有名・・でも古代ギリシャにはこのような話はなくて、ヘレニズム時代以降に加えられた物語らしいぜ!」


「でた!むちゃくちゃ妖精や、若いお姉ちゃんの尻を追いかけ回して、騒動を巻起こす!ギリシャ神話好色一代!絶倫山羊頭のパンの大神!」


「まあ早い話今で言うクズ男だが!」

「バンだけにパンくず・・ぷぷ!」


「まあパンに追いかけられて葦に姿を変えたり星になったりで」


「えらい嫌われようだべ!」 

「だって顔山羊じゃん!」

「山羊まじ無理!」

「草とか反芻するし!」


「アレクサンドル・カバネルによるエーコーの絵が有名だな!」


「お!ようやく美術らしい話に!これは美しい!エコたんまじ可愛いべ!」


「エコたんって・・まあそのエコたんは絶世の美女の姿をしたニンフってことでその彼女が木霊のエコーになったのは諸説あってだな!」


「ギリシャ神話なら大体想像つくべ!」


【パーンとエーコーの神話】


アルカディア地方の神とパーン。


そのパーンが恋をした大勢のニンフの一人のなかにエーコーがいた。


エーコーは歌や踊りが上手なニンフだったが、男性との恋を好まなかった。

それ故にパンの求愛を断った。


「あ・・察し」


パンは、かねて音楽の演奏で彼女の歌に嫉妬していたこともあり。


「そういや角笛もってんな!」


配下の羊飼い、山羊飼いたちを狂わせ、彼らはエーコーに襲いかかり、彼女を八つ裂きにした。


「やっぱり」

「安定のギリシャ神話だな!」


彼女の歌う歌の節をばらばらにした。

節とは歌の節ギリシャ語ではメレー。

身体の節々の両義をギリシア語では現す。するとガイアがエーコーの体を隠した。しかし、ばらばらになった歌の節は残り、パンが笛を吹くと、どこからともなく歌の節が木霊となって聞こえてき来た。それがパンを怒らせたとされる。


「これが山のエコー・・つまり木霊の発祥とされているんだ!」

「ほええ!?なるほどだべ!」


また別の伝承ではエーコーがギリシャ神話屈指の美少年と名高いナルキッソスに恋をした話が伝えられている。


「男性には興味がないと言うスタンスで美少年には夢中に・・」  


「それは女子の通常運転だろ!」


エコーは狩の女神アルテミスの美しいニンフのひとり。しかし彼女には少し「おしゃべり」という欠点があった。


毎度毎度ニンフたちと浮気にうつつをぬかす主審ゼウス。


「でた!ギリシャ神話の歩く炎上物件ゼウス様の登場だべ!」

「クズ神様は突然に!」


ゼウスの浮気に怒り心頭の妃ヘーラーがニンフたちのところにやって来た。


エーコーは、ヘーラーの詰問に自分だけが答え、他のニンフたちをヘーラーの質問から解放する。


「それはおしゃべりと言うか仲間をかばったんだべ!いい娘だべ!」


それに気付いたヘーラーは怒り。

彼女に罰をあたえた。


「お前の、そのおしゃべりな舌はもう使えなくしてやろう!」


「もはや、おまえから最初に口をきくことは叶わぬ!」


「・・が、応えることだけは許してやろう」


「正妻こえ〜」

「これはいい迷惑だべ!ゼウスがみんな悪いべ!」



そんなある日、エーコーは美しいナルキッソスという青年を見かけた。


ナルキッソスは狩りの途中。 

泉で休んでいたのだ。


一目惚れをしたエーコー。

悲しいかな、彼女はヘーラーの罰から

自分から話しかけることが出来ない。彼女は、もどかしく辛い思いだった。


ナルキッソスは仲間からはぐれて。

大声で叫んだ。


「誰かいるかい!この近くに?」

「ええ、いるわ!」


ナルキッソスはあたりを見渡した。

そこには誰も見えない。


「来ておくれ!」

「いま行くわ!」

エーコーはナルキッソスの前に行きたい。けれどそれは叶わぬことだった。


「どうして姿を現さない?僕と一緒になろう!」


「一緒になろう」


エコーは言葉を繰り返しながら姿をあらわした。そのままナルキッソスの首にしがみつこうとした。


すると彼は残酷にも言い放った。


「手を離せよ!」


「お前なんかに抱かれるくらいなら,

僕は死んだ方がましさ!」


「お前なんかに抱かれるくらいなら.」


ナルキッソスはその場を去った。


エーコーはナルキッソスの仕打ちから身も心もやつれ、ついに声だけの存在になってしまった。


あまのり悲しみに。


彼女は山や林で呼ぶものには。

誰にでも返事をすることにしました。


「こいつもクズ男だべ!好みじゃないからって女の子にそれはないべ!」


実はナルキッソスは、これまでも多くのニンフにも同じ仕打ちをしていた。


その中の一人が神に祈りを捧げた。


「どうか神様!ナルキッソスにも、

身を焦がす叶わぬ恋をさせてください!」


復讐の女神ネメシス。

その祈りを聞き入れた。


山の奥に水の澄んだ泉があった。

表面は常に銀盤のように輝いてた。

ナルキッソスは狩りと暑さとから。

この泉にやってきた。


水を飲もうとして屈み込むと、

彼は衝撃で動けなってしまう。


水の中には水の妖精かと思うほどの、美しい青年がいたからだ。


思わず接吻しようと唇を近づけた。

しかし抱こうとして両腕を水の中にいれると、すぐに相手はかき消えた。

しばらく見ているとまた戻って来る。


ナルキッソスはその場を離れることができなくなった。


「なぜ、君は僕を避ける?」


微笑みかけると微笑み。

手を伸ばすと逃げる。

ナルキッソスは寝食も忘れ。

やがてやつれ果てていった。


今は見る影もなく。ニンフたちエコーを魅惑した美しさは失われた。


ナルキッソスから吐息がもれる。

嘆きの声が涙と共に零れ落ちる。

それを真似て応えるは森の木霊だけ。


ナルキッソスは死んでしまいました。


『えええぇぇ!?』


彼がいた泉のほとりには、ひっそりと水仙の花が一輪咲いて・・


「元祖ナルシストの末路は哀れだべ!」

「俺も気をつけないとな!」


また別の伝承では、エーコーはパンとのあいだに一人の娘イアンベーを持ったともされている・・


「ちょっと待て!ちょっと待つべ!」

「なにか問題でも?」


「問題だらけだべ!おかしいべさ!この話!どうかしてるべ!」


「問題だらけたべ!あかしいべさ!この話!どうかしてるべ!」


「なに?」

「なに?」


「あははは!田崎!木霊だからって真似すんなよな〜笑」

「あはは・・真似すんなよな〜笑」


「田崎君!俺本気で怒るべ!」

「本気で怒るべ!」


「くっ!くく泣いてなんかないべ!」


「泣いてる場合か!このどあほ!」

「痛っ!?」


「ええか?榎本!これはお笑いの基本やで!バラエティで司会者が大事な話、先輩がおもろいフリを言ったら!ゆっくりお客さんにもう一度繰り返し、なぞるように言う!基本や!NSCで何習って来た!この!どあほ!」


「は!そうか!?田崎君は美大や羊飼いだけでなく!吉本NSCにも!初耳だべ!これは大変失礼したべ!」


「先輩芸人の兄さんに習ったんやで」

「へえ先輩・・誰?」


「こだまひびき師匠や!」


「チッチキチー!」

「チッチキチー!!!」


「でもでも!ネットで検索したら!こだまひびき死亡って!?チッチキチー死亡って出て来るべ!」


「それはガセだ!」

「あ察し!露出の問題・・」


眩い光と溢れ出す音楽。


「これはなにわのモーツワルト!?」


「???ここはどこだべ!」


「アルタミラの洞窟から、お笑いの聖地!難波グランド花月へ!俺たち、タイムスリップしたんだ!はっ!榎本!舞台の上を見てみろ!」


「そもそも俺たち、スペインの洞窟に行ってないべ・・は!あれは!?こだま!ひびき!師匠!!!?」


『シショー!!!!(≧▽≦)(≧▽≦)』


《そんなわけないやろ》


「生存確認!チッチキチー!♫」

「唯物論だよ!チッチキチー!♫」


「チッチキチ・・は!?田崎ィ!俺たち体が、なんか透けて透明に!?」


「これは!まさか俺たちが次回予告もせんで、ちょろけてチッチキチーばかりなのでついに神の怒りが!?」


「じゃ俺たち次回から透明な木霊になってチッチキチーしか言えなくなるべか!?いやだべ!神様!HELP!?」


《そんなわけないやろ》


「じ次回も夏休み特別編!近日公開だべ!みんな読んでね!」


《そんなやつおらんやろ》


「予告長いわ!」



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