第34話 にゃんこがしゃべりました


 よくテレビ番組なんかで、霊能者が依頼者の家を訪れて、あれやこれやと言い当ててゆくというのを見たことがある。


 その全てが本物だったのかというと疑問符だけれど、断罪者という組織がこの世界に存在しているのは事実であるし、霊能力と呼ばれる力も、確かに存在する。


 それは、目に見えないものを、視る力。


 基本的に人は、物体ではないものを、視覚に捉えることはできない。神力というのは様々な種類があるが、人の目では見ることの叶わない、不可視の力だ。


 それを視覚、あるいは聴覚など、五感により把握することができるのが、霊能力だと言っていいと思う。そしてそれは本来、人間には持ち得ない、神々の所有する能力だ。


 まぁ俺には、俺とウィラルヴァの世界のものと、照らし合わせた考え方しかできないため、推測も含まれるが……とにかく、


 神の力の一部を、その身に宿して生まれてくる人間。それが霊能力者であり、神の力を行使することを、認められた存在である。


 ……とは言うものの、人間というのは、余さず創造神の加護下にあるものであり、実は世の中の誰もが、霊能力と呼ばれている力を使えるだけの、資質を秘めている。


 その方法を学習するか、あるいは元からその機関が備わっているか、そしてもう一つ、その能力を補助してくれる存在があるか、という三つのパターンにおいてのみ、人は、霊能力という特殊な力を扱うことができる。


 学習というのはそのままの意味で、この世界の仕組みを知り、言霊や符術などで、力を導くすべを学ぶことだ。力を扱うための健全な神力を捻出するために、肉体と精神を鍛える必要もあり、簡単にはいかないことではあるが。


 元から機関が備わっているのは、先天的に能力を持って生まれてくる者のことで、ほとんどの場合、何かしらの使命を持って、現世に生まれでてくる。神々が、現世において何か、やってほしいことがある場合に、そのための力を与えられて、生まれてくるというケースがほとんどだろう。


 俺とウィラルヴァの世界の場合、数々の英雄達が、強靭な神力をその身に宿して生まれていたが……思い返せばそれも、破壊神を倒すための要になって欲しいという、俺の願いが引き起こした結果だったのだと思う。


 そして三つ目。補助をする存在があればというのだが、それは……


「いいですか優輝ちゃん。目で見るのではないのです。そういった概念は、全て忘れて下さいな。一族統括のわたくしが守護霊となったからには、一族間の霊的な問題は、優輝ちゃんが解決してもらわなければ困るのですからねー」


「はい! そうすれば、俺も断罪者側の人間になれて、理道の記憶を消されることもないんですよね」


 ユウちゃんの背後にピッタリと取り憑いた奈々枝さんが、自身の霊体とユウちゃんの霊体とをリンクさせ、ユウちゃんの霊能力を開花させようとしている。


 今回の件が解決したのちも、記憶を消されたくはないというユウちゃんの気持ちを汲み取り、奈々枝さんが提案したことなのだが、奈々枝さんにとってもそれは、都合の良いことだったらしい。


 ユウちゃんの霊格はそれなりに高いものであるらしく(厳密には、高いものであった、らしく)霊を見るだけの能力なら、開花させるのは難しくないというのだが……


 そんなに簡単に開花できるのなら、ワンチャン俺にも可能だろうか。まぁ俺の場合、シィルスティングがあるから、さほど必要な能力だとは言い難いが。


「霊体を見るためには、通常の人間の視力に、霊力の補正をかける必要があります。それを私が施すのは簡単ですが、それだと断罪者側の人間と認められることはありません。貴方一人で制御できるようにならなければ、断罪者として必要ないと判断されてしまうでしょう」


 ということは、せめて霊を見るだけの力だけでも手に入れれば、少なくともEランクの断罪者としては認められるということか。そこに奈々枝さんが補助してくれる能力が加われば、それ以上に認定される可能性もあると。


 奈々枝さんは奈々枝さんで、主神である山建根命、タツネ様とやらの力を借りて、色々な能力を使用することができるらしい。


 できればユウちゃんには、断罪者なんて危険な役割に就いて欲しくはないけれども、守護霊統括の奈々枝さんがメインの守護霊に憑いてしまったからには、否応無しにその役目を担ってもらわなければならないのだという。


 まぁ困ったことがあれば、いくらでも力を貸すよ。他の神々に贔屓だとか職権乱用だとか非難されても、知ったこっちゃない。ユウちゃんは特別だ。それだけは何があっても覆らない。


「お? お? なんか蝋燭の中から、黒っぽい染みみたいなのが滲んでるのが見えるぞ」とユウちゃんが、自分の部屋のテーブルの上に乗せられた一本の蝋燭を、ツンツンと指先で突っついた。


 ウィラルヴァが言うには、ユウちゃんの部屋の中には、これと言っておかしな部分は見当たらないらしい。


 御呪いの儀式に使用したという、件の一本の蝋燭を除いては。


 その蝋燭の中から、何やら怪しい力が滲み出ていると言うユウちゃん。……俺にはなんにも見えないけれど。


 まぁ、なんとなく、嫌な気配は感じることができるけれどね。シィルスティングには、所有しているだけで持ち主に力を齎す、常発能力というものがあるけれど、その能力によるものだろう。


 と言っても、なんとなく、というレベルのものでしかないけれども。これが自分の世界ならば、霊魂だろうと神力だろうと、細部にわたるまで把握することができるんだけど。ここが地球である限り、いかに異世界の創造主と言えども、万能ではないということだ。


 つまり現状、役立たずです。アハハハ。……戦闘だったら任せてくれたまえ!


 ……なんて脳筋なんだ俺は。


「コノ蝋燭の火で焼かれた名前は、神の加護下を強制的に外さレてしまうようダ。自分で名前を書いテ、燃やす必要はアルみたいダが。ソレ以外の効果はナイ。名前サエ燃やさなけれレバ、普通の蝋燭ダナ」と、蝋燭をヒョイと持ち上げた蛇貴妃が、ポキっとそれをへし折り、ゴミ箱の中に放り投げる。


「あ、捨てちゃっていいんですか?」ユウちゃんが呆気に取られ、カラカラ揺れるゴミ箱を眺めたが、蛇貴妃はフンと鼻を鳴らし、


「ソコからは何も辿れヌよう、細工さレテいる。なれば、タダのゴミだ」そう言って他に気になるものはないか、部屋の中をキョロキョロと見回している。


「その蝋燭って、会社の同僚から貰った物なんでしょ? その同僚も怪しくないか?」


 店長が言ったが、ユウちゃんは「うーん」と小首を傾げながら、


「普通の人だよ。それにこの御呪いは、雑誌に載ってたもので、蝋燭も付録に付いてた物だって言ってた。気になるなら連絡取ってもいいけど、この時間はもう寝ちゃってるかもなー」


 時計の針は、0時を少し回ったところだ。夜の仕事をしている人ならともかく、普通の会社の営業マンに、おいそれと電話をかけていい時間帯ではない。


「雑誌の付録に、こんな危険なものが? やだなぁそれ。知らずに儀式を行っちゃった犠牲者が、かなりの数いそうだね」


 ユウちゃんの話では、その同僚も御呪いを行って、仕事が上手く行くようになったというが。


 ふむ。おそらくはその同僚も、魂の本体をどこぞの神に取り込まれ、初回ボーナス的な、一時的な幸運でも授けられたのだと思う。


 その後もちゃんと面倒を見てもらえるかは知らないけれど。新しく神の樹木に加わった新参者、という扱いになっているだろうし、立場も霊格も、かなり低い位置からやり直さなければならなくなるんだろうな。


 不用意に目先の餌に飛びついた結果だ。まぁ、知らずに無理やり飛びつかされているというのが、タチの悪い話だけれど。


「これ以上の収穫はなさそうだ。次に行こう」とウィラルヴァが促し、それぞれにユウちゃんの部屋を後にする。


「どんな感覚なんだ。見えないものを見るのって?」


 ガチャガチャと部屋の鍵をかけるユウちゃんに問いかける。振り返ったユウちゃんが、鍵につけたキーホルダーを指に引っかけ、クルクルと回しながら、


「目で見える風景ん中に、頭の中で別の映像が重なってる感じかな。この辺りに、三つ目の目ができた感じ」と、自分の額を指先でツンツンとつついた。


 俗に言う第三の目、ってやつか。神話や伝承に出て来る神様や悪魔なんかに、額に第三の目がある奴が結構いるけど……適当に描かれたものじゃなかったってことね。きっと、手や足が何本もある奴や、耳がでかい奴とかも、所有する能力の特徴を捉えた描き方をされているんだと思う。


 ──店長の車に乗り込み、次の目的地に向かう。五人乗りの車に六人乗っているけれど、半数は人間じゃないからセーフです。


 ……だよね?


「人数が増えて来ると、マジにキャンピングカーみたいな、大型の車が欲しくなるね。断罪者の本部で貸し出してくれるらしいけど、あれってレンタル料とか必要なのかな?」ハンドルを握りつつ、店長が以前の話題を振り返した。


 うーむ。どうだろう。神崎さんに聞いてみないとなんとも言えないけど。


 ていうか、シズカとセブラスを合わせたら、今じゃ俺達の人数も、蛇貴妃を入れて六人になるのか。全員で行動する場合、店長の車じゃ乗り切れない計算になる。


 今の状態はまぁ、奈々枝さんが居て居ないようなもんだし、外から見れば五人しか乗っていないけれど。


 蛇貴妃に本来の白蛇の姿になってもらって、俺の服の中に潜ませるという手もあるが……多分ウィラルヴァが却下するだろう。てか蛇貴妃自身が、普段から人間の姿で過ごしたがっているため、最近は夜寝るときくらいしか、白蛇の姿には戻らなくなっている。


 まぁ、それはそれで一向に構わないんだけど。こいつ白蛇の状態でも、何も気にせず会話するだろうし、余計な気を回さなくて済む。



 さてさて。次の目的地は、同僚に紹介されたという、謎のお札を高額で売りつけようとした霊能者のところだけど……


 こいつは、ユウちゃんの同僚が白である限りは、白である可能性が高い。やってることは詐欺紛いで、だいぶ灰色だが。


 バーのママさんのお通夜の方は、どの道この時間だと、普通に弔問するのも迷惑な時間帯だ。そっちはまぁ、会場近くに行きさえすれば、奈々枝さんに頼んで、バーのママさんの霊を探してきてもらえばいい。後回しでも構わないだろう。


 ユウちゃんが同僚に紹介されたという霊能者の家は、なんの変哲もない住宅街の一軒家だった。巷では、有名なお祓い氏として通っているのだそうだ。


 本物なのかペテン師なのかというのは……どうやら、微妙な線なのらしい。というのも、


「家の中にある道具には、ちゃんと力の宿っているものや、効力を発揮できそうなお札など、数点がありました。ですがあの男には、私の姿は見えてはいないようでした」と奈々枝さんは言う。「優輝ちゃんに売りつけようとしていたお札は、見当違いのものでしたけどねー。たくさんありましたから、中には使えるものもあったかも知れませんが」


 合格祈願の御守りに、安産祈願を渡すようなものだったという。


「話から察するに、末端の販売員、ってところなんじゃない? お札を作っている人は別にいて、本人は効能も何も分かっていないとか?」店長の直感が冴え渡る。


 なるほど。その可能性は高いな。


 ていうか、俺も店長に、早いとこ簡易魔法を見繕って渡してやらねばなるまい。こっちの世界のお札なんかとは違って、効果も分かりやすいものだし、店長なら完璧に使い熟してくれそうだし。


「もう寝てそうですねー。…いや、向こうの部屋の電気が点いてるな」と、ユウちゃんが塀の上から家の中の様子を覗き込む。


「どれ。私ガ様子を見テ来テやろう」


 ツカツカと庭の中に侵入してゆく蛇貴妃。そのまま明かりのついた部屋の窓をガラリと開け、土足のまま中に上がり込んで行った。


 それは様子を見るとは言わん! ただの正面突破やんけ!?


 てか不法侵入! 慌てて蛇貴妃のあとを追う。


 と、


「ふム。どうやラ、始末さレたようダな」


 開け放たれた部屋の窓に手をかけ、中を覗き込んだ途端に、居間の畳の上にうつ伏せに倒れ込んだ、中年の男の姿が目に飛び込んできた。


 あらやだ。死んでる。


 ……マジ!? 第一発見者として警察で取り調べとかなったら、すごく面倒くさいんですけど!?


 い…いやいや、こういうときのための断罪者だ。神崎さんに電話して、事の経緯を説明する。


 この時間帯であっても、神崎さんはまだ事務所にいたようで、「警察が来るまでの時間を遅らせますね。何か調べたいことがあれば、一時間以内にお願いします」


 事務的な口調ながらも、どこかホッとするあったかい声だ。


 調査が済んだら、警察が来る前にさっさと立ち去っていいとのことだった。


「外傷はないな。真樹の使ったような、即死系の攻撃でも受けたのであろう」と、遺体の前で屈み込んだウィラルヴァが分析する。


 普通の人間は、そういう攻撃には全くの無防備ですからね。抗う術もなかっただろう。


 だが……


「僕達が訪問するタイミングで、トカゲの尻尾切りってわけね。これさぁ、もしかして……僕らの行動、監視されてる?」遺体の様子を興味深げに観察しながら、スマホを取り出してパシャリと一枚写メる店長。


 不謹慎な……とも思ったが、店長も一応は、断罪者補佐として登録されている身だ。写真などのデータを残しといてもらうのも、悪くはない。あとで何かの役に立つかもしれないし。記録係ってやつね。


「うーん。誰かに見られてる、っていうような感覚はないけどな。まぁ神様仏様なら、俺らの行動を把握するくらい、いくらでも手段があるだろけど」


 それもまた厄介な話だなぁ。こっちの行動が筒抜けだったら、都合の悪いことは先回りして工作することもできちゃうわけだ。


 この男みたいに。


 だがまぁこれで、この男もまた、どこぞの神の末端の役割を担っていたということは、確定したわけだが。


「この人の霊魂も、すでにもぬけの殻ですねー。殺してすぐに、あの世に持ってっちゃったんでしょうねー」フワフワ空中に浮かびつつ、奈々枝さんが男の頭を見下ろす。


 ふむ。この男の魂…霊を捕まえて、尋問することも不可能なわけか。


 うん……これは急いだ方がいいかも知れない。


 バーのママさんの霊の方も、葬式を待たずして、あの世に連れていかれちゃう可能性もある。


 というか、すでに手遅れ感満載だが。


「とにかく急ごう。ああでも、喪服は仕方ないとして、一応は目覚ましくらいは用意して行った方がいいかな?」良識人の店長が言う。


 ああそうだった。通夜に行くなら、それくらい用意しとかなきゃいけないか。この中で、実体が無い状態になれるのは、霊である奈々枝さんのみだ。奈々枝さん一人に乗り込んでもらって、霊を探して来てもらうのも手だが、この状況だと……それを先読みされて、待ち伏せを食らう可能性もある。奈々枝さん一人だけを、危険に晒すわけにもいくまい。


 店長の車で、葬祭場に向かう。場所は、店の扉に貼られていたという通夜の案内を、奈々枝さんが覚えていてくれた。


 住宅街も大きく外れ、辺りが商業港付近の、人気ひとけの感じられない寂れた雰囲気に変わってゆく。真っ直ぐな並木道に、歩道を照らす街灯が、所々に立ち並ぶ。


 この並木道を抜けた先、港のほど近くに、広い駐車場に囲まれた葬祭場が建っている。


「あの葬祭場って、あんまり良い気はしないんだよねぇ。親戚の葬式なんかで、何回か行ったことあるけどさぁ」


「この真っ直ぐの並木道が、街からの氣を運ぶ役割を果たしているみたいです。葬祭場のような場所には、悪い氣も溜まりやすいですから」


 人の作り出す神力というのは、強い想いに比例して、感情の質によって齎されるものだ。葬祭場のような暗い気持ちの場所には、負の神力も溜まりやすくなるであろう。


 まぁ地形や構造にも左右されるけれど。


「もう弔問者も少ないみたいだね。車がほとんど停まってないや」


 車のデジタル時計は、二時を表示している。この時間帯はもう、親族や特に親しかった友人くらいしか残ってはいないだろう。


 駐車場の端に車を停め、ガチャリとドアを開けると、葬祭場の正面玄関の方に、妙な気配を感じた。


「あれ? 誰か立ってるぞ?」と、後部席から下りてきたユウちゃんが、俺の視線の先に目を向けて素っ頓狂な声を出す。


 そしてその顔色が、動転したように、徐々に平静を失っていった。


「なんだあれ? 建物全体が、光ってるんだけど?」一歩後ろに後退りして、ピクピクを頰を引攣らせる。


「ほう。中々に強力な結界だ。あれでは良からぬ者は、一切入り込めまい」ウィラルヴァが軽く感嘆の息を吐いた。


 と、


「にゃーん」


 不意に背後から、猫の鳴き声がする。肩越しに振り向くと、全身が真っ白の成猫が一匹、車のボンネットに乗ってキチンとお座りしていた。


 その背後に、ユラユラと揺れる白い尻尾が二本。


 それに気づいて軽く二度見した瞬間に、白猫が口を開き、


「理道秀一様に、ウィラルヴァ様で御座いますね。お待ち致しておりました」


 清流のせせらぎのように澄んだ声で、ハッキリとした人語を話すと、慇懃に深々と頭を下げた。

 

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