第22話揺さぶり

 断ったはずだった。だが、高津は俺の言葉など聞く必要がないと言わんばかりに「用があるんだ。君には関係ない。とにかく呼んでくれたらそれでいいんだよ?」と促す。


 何度もそれで押し問答。埒があかないと思った俺は、仕方なくフロアを河野くんと森さんに任せ、キッチンへと向かう。


 忙しなく調理中の百合の横に立ち「三隅さん、お客様」と言うと怪訝に返す言葉。

「誰ですか」

「高津さん」


 百合の手が一瞬ピタッと止まった。そしてまた忙しなく調理にかかる。


「今忙しいって言ってもらえる?」

「言ったんやけど、聞かなくて」

「で、事情知ってるあなたはそれでいい訳?」


 ツンケンした表情で聞き返す百合。俺は無言でその場を離れ、高津のところへ戻った。情けない。事情を知っている俺がまずは、百合を守らないと何になるんだと言う勢いだけで戻る。


「君、僕の話をちゃんと聞いていたか? 仕事ということは重々承知だ。俺を誰だと思ってる? ただの客じゃないんだぞ。すぐに呼びたまえ」

「しかし、今は忙しい時間ですので、休憩まで待っていただけますか?」

「ハァー。僕も忙しい身でね。休憩とはいつだ?」

「あと三十分ぐらいかと」

「ハァー、女ひとりにそんな時間は割けないが、仕方あるまい。店内で待たせてもらうよ。コーヒーをくれるか?」


 高津の言いぶりに少し腹がたったが、注文を受けると高津たちは、店内のテーブル椅子に腰掛けて待つことになった。それを伝えに、キッチンへと向かう。

「休憩まで待ってもらうことにした」

「………そう。あなたはそれでいい訳」

「何? 何が言いたいの?」

「さぁ、自分の胸に聞いてみたら?」

「どういう意味やねん」

「だから、あれから一ヶ月ぐらいだからそろそろとかね?」

「何が?」

「あなた聞いてなかったでしょう?」

「だから、何を?」

「私の居場所が知れるまでの時間」

「言った?」

「言ったわよ。川辺でね」

「あああああ! 思い出した」

「まぁあの時は、こんなに早く来られるとは思ってなかったけどね。仕方ないわ。休憩付いて来てくれる?」

「もちろん」

「今度は浮つかないでよね」百合が嗜める。

「もちろん」

「釣り合わないとか思わないでよ? 絶対に」さらに突っつく百合だ。

「……うっうんはい」俺は自分に確認するように応えた。

「ほんとかな。まぁいいわ。見届け人だから。鶴見副店長?」

「そんな時だけ副店長って」

「彼氏なんだから、しっかりしてよ」


 その言葉でハッキリとわかった気がした。十四時を回る頃、森さんたちと入れ替わりの休憩を取ることにした百合と俺。テーブル席に二人近く。

すると高津がいきなり百合の腕を取る。


「帰るぞ! こんなハシタナイ店にいつ迄いるつもりだ!」

「離して!」

「おっおい、ここは店内です。あれならば屋上にでもどうぞ!」


 他の客がいる手前、そうそう騒ぎにできないと思った俺は、屋上へと高津を案内する。

 店内といい、ビル全体を隈なく見て、気に入らない風の高津たちの顔だ。

 淡々と屋上へ向かう百合とは対照的だった。


「で、話っていうのはなんですか? 高津さん?」

「二人にさせてくれないか? なぜ君がいるんだ?」


 俺を見て邪魔者扱い。気に入らない。知り合いを訪ねてくる態度にしては横暴すぎる態度が気に入らなかった。

「………」


 それに無言で答える俺とは対照的な口ぶりの百合。


「いいんです。居てもらって!」そう言ったのは百合だった。

「判ってないな百合さん。お父様が心配しているんだぞ。こんな汚い店で働く意味もないだろう。わざわざ、僕が来た意味を知ってもらいたいね。ところで、そこの君、何故立ち去らない。二人の会話に居てもらっては困るんだよ」


「いいんです」


 そう言い張る百合。


「何故? 店の人だから? 関係なだろ。二人の間に。なんなんだ。邪魔だ。消えろ! シッシッ!」


 手で俺を追い払おうとする高津がいる。


 ムッとした俺はその高津に言い放った。


「彼女の要望でもあり、俺の要望でもあるんだよ」

「どういう意味。君、何様のつもりなんだ」

「高津さん、お父様に言っておいてもらえますか? 帰らないと」

「困るな。それじゃあ、契約も婚約も成立しないんだよね?」


 婚約。高津のその言葉に動揺を隠せない俺は垂れた拳を握りしめた。


「ですから。高津さん。お父様にお伝えください」

「何を、どう、今更伝えるんだ。これから家庭を築く俺たちだろ。伝えるのは、二人で伝えるんだ。婚約の話をね」

「いえ、無理です」

「いい加減にしろ百合! ここまで強情を張るとどうなるかわかるかい? 温厚な僕でも手は出したくない。いいから言うことを聞け!」高津は捲し立てる。

「聞けません」百合は強情に言い張った。

「彼女が聞けないって言ってるやろ。帰れよ」俺は間に入った。

「だから君は何様なんだ!」高津は改めて俺に聞き返す。

「俺はこいつの彼氏だ!」


 俺は自分でも驚く口ぶりだった。その言葉に


「かっ彼氏ダァ?」

 高津は目と口を引きつらせ激昂した。

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