第7話 過去

 源治の職場は、人の出入りが激しく、しかも能力にバラツキのある人間がいる為に人が一人でも欠けると直ぐに現場に支障が出てしまう。


 源治は直ぐに会社の方へと電話をかけて自分が休んだ事をすぐに謝ったのだが、逆に、過労させてすまなかったと上司から謝られてしまい肩透かしを食らった気分に襲われた。


 検査入院の為にもう一日入院して、退院してから一週間が過ぎ、源治にとって怠惰で退廃的な普通の日々をまた送る羽目になってしまった。


 会社での仕事を終えて、源治は『ミコ⭐︎ミコ園』に出向く、自分を捨てた親と、父親が自分に何をしたのか知る為だ。


 「源治、来たか」


 御子柴は、複雑な顔で源治を出迎える。


 「先生、俺の全てを教えてください」


 仮にそれが、悲惨な記憶でも構わない、源治はそう思い御子柴に連絡をしたのだ。


 「分かった、とりあえず上がれ、案内したい部屋がある」


 源治はスニーカーを脱ぎ、部屋に上がる。


 御子柴の後について行くと、厳重に鍵のかけられた部屋がある。


 「先生、この部屋は」


 「そうだ、癇癪を起こした子供達のお仕置き部屋だ」

 

 『ミコ☆ミコ園』には、不気味な部屋があり、その部屋は窓がなく、まるで外部からは隔離されている部屋。


 源治達園児はこの部屋の存在は知っていたのだが、御子柴からはお仕置きする部屋だと教えられて卒園するまで一度もこの部屋に入ったことはない。


 源治の友人は、昔の事を思い出したのか、酷く泣きわめきこの部屋に入れられたのだが、何事もなかったかのように大人しくなった、だが、この部屋の中は全くと言っていいほど覚えてはいなかった。


 御子柴は鍵を取り出して、鍵を開ける。


 この部屋の鍵は3つ程付いており、余程のものが部屋の中にあるのだろうな、と源治は思い、子供の頃に嫌という程味わい、大人になってから薄れてしまった好奇心に襲われる。


 御子柴は部屋の電気をつけると、部屋の中は病院の診断室を思わせる配置のテーブルと椅子、簡易ベットが置かれている。


 (なんでぇ、普通の簡素な部屋じゃねぇか、てっきりSMとかそっちのヤバイ系の部屋かと思ったぜ)


 源治は拍子抜けして溜息をつく。


 「源治、本題はここからだ、とりあえずここの椅子に座れ」


 御子柴は院長の椅子のような背もたれのついた椅子に座り、源治を椅子に座るように促す。


 「ここは、昔虐待を受けて心に傷を負った子供達に催眠術をかける所だ」


 「……」


 「俺はここを開く前に、心療内科で10年程心に傷を追った人たちの治療をしてきた。心理学を学ぶ過程で催眠術の技術を身につけ、子供達が社会復帰する為に俺は孤児院の経営を志してここを作った。昔お前のトラウマを消そうとしたのだが、あまりにも強烈すぎて、記憶を閉じ込めるのが精一杯だった。これからお前の過去の事を話すのだが、お前の心が耐えきれなかったら、心療内科に入院させる。それでもいいか?」


 「いえ、それでもいいです」


 源治ははっきりと御子柴に伝える。


 「分かった。まずはな、お前に退行催眠をかけるからな……このメトロノームの音を聴き、目を閉じてください」


 御子柴はメトロノームを取り出して、優しく語りかける口調で、源治の脳裏には、夢で見た男女の顔が浮かんで来た。

 *

 小動物が入るような小さな鉄柵の中に、2歳ぐらいの男の子が裸、しかも真冬の寒い時期なのにパンツ一枚履かないまま座っている。

 

 部屋の中は下着や衣料、食べかけのスナック菓子や漫画本が散乱している、さながらテレビで放映されるゴミ屋敷の様、そこには、茶髪の女性がカビだらけの毛布にくるまって鼠のように眠りを貪っている。


 ドアが開き、女は目が覚めた。


 「あんた、お帰り、今日は買ってきたの?」


 ドアの向こうには、茶髪のアフロヘアーの男が満面の笑みを浮かべて立っている。


 「あぁ、純正品だ、これでまた飛べるぜ」


 その男女は、ほおが痩せこけていて、目はやけにギラついて、左腕は穴を開けたような跡が何個かあり、青紫色に変色している。


 「おっと、こいつに餌をやらなければな」


 男は手にしている袋を開けると、腐敗した匂いが部屋の中に充満している。

 

 「ねぇ、この子にも打ってみない?」


 「いいね」

 

 女は男の子の入っている鉄柵を開けて、やつれきった男の子を無理やり立たせると、吸いかけのタバコを乳首に押し付ける。


 「ねえ、最近この子ったら、うんともすんとも言わなくなっちゃったのよ」


 「この薬を打てば変わるのかもしれないべ」


 男は銀製のパックから、注射針を取り出し、鞄の中から粉薬のようなものを取り出す。


 「源治、この薬は強くなるための薬だ」


 女はひひひと笑い、源治の腕を掴む。


 準備が終わったのか、男は源治の腕を掴み、注射針を男の子の腕に刺す。


 実の親から悪魔とも思われる所業をされて数分がたっただろうか。


 「キャキャキャキャ」


 源治は奇声とも取れる声を上げながら、部屋の中を駆け出した。

 *


 「ここ数日間、凄まじい大声をあげている男の子がいる」


 警察が近隣の住民から通報を受けてから間も無くして、源治の両親が幼い源治に覚醒剤を何度も投与していることが明らかになり、源治は直ぐに覚醒剤患者用の社会復帰プログラムを受ける事となり両親は警察の御用となり塀の中で臭い飯を何年も食べる羽目になった。


 「実の両親に覚醒剤を打たれた子供がいる」


 自力で児童福祉施設を開園させてまだ間もない御子柴は、顔馴染みの市役所の福祉課の職員からそう聞かされて、覚醒剤中毒患者が入院する病棟へと足を進める。


 (両親に覚醒剤を打たれるなんて相当尋常ではない)


 白衣の医者と手続きをして、御子柴は源治の入院する病室へ緊張しながら足を進める。


 ベットに両手を縛られて、あうあうあうあーと喚き声か呻き声に似た叫び声を発する源治がそこにはいる。


 「坊主、これから楽にしてやるぞ、このメトロノームの音を聴いてください……」


カチカチという音が源治の耳に響き渡り、深い眠りについた。

 *

「源治、これがお前の経験した記憶だ……」


 御子柴は深い溜息をつく。


 「では俺は昔実の親から覚醒剤を打たれていたって事なのか…?」


 「そうだ、お前のお父さんとお母さんは幼かったお前に覚醒剤を打って刑務所に入り、お父さんとお母さんは覚醒剤中毒患者向けの社会復帰プログラムを行う施設に入っている。それとな、まだお前の体の中には、覚醒剤を打った時の記憶があり、強いストレスに晒されると依存症状による禁断症状がたまに起こる、お前が良いのならば、人格を消してもいいんだよ」


 覚醒剤には煙草の比ではない強力な依存性があり、一度投与したら最後、死ぬまで禁断症状に襲われる事を源治は知っている。


 「嫌だ、仮に覚醒剤を打たれたとしてその頃の禁断症状が出るとしても、俺は俺だ!」


 「分かった、お母様には会いたいか?」


 御子柴は源治の思いを聞いて少し考えて口を開く、下手したら源治が父親や母親を殺しかねない為だ。


 「……あぁ、会いてぇ!あんなんでも親は親だ!今すぐ会いたい!」


 「分かった、俺から連絡しておく、源治、あとでご飯でも食べに行くか」


 御子柴はニヤリと笑い、メトロノームを机にしまい込んだ。


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