黄昏世界の旅路録

翠玄の吟遊詩人

第1話黄昏時はいつもブルーになる

一瞬だった。

目の前にあった古びた神社はそこにはなく、目の前に広がるのはよく分からない大きめの街。後ろを振り返っても先程の鳥居は見えない。


「へぇ~、『向こうから』の来客なんて珍しい。何の用だい?場合によっちゃああんたの脳天に紅い華が咲くぜ」


唐突によく分からない場所に飛ばされた挙句、今俺はなんの気配も音もなしに近ずいて頭に銃を突きつけてきている人に質問されわけも分からず半泣き状態である。


「なんなんだよ……これ」


━━━━三十分前━━━━


お盆ということもあり、祖父の家に来ていた俺は懐かしの神社に来ていた。親の仕事の関係で五歳までここで暮らしていたが、十年経った今でも変わらないその風景に俺は当時の事を思い返す。


この神社には近所の友達とよく遊びに来ていた。缶けりや鬼ごっこ等々、今では考えられないほどアウトドアな遊びをして毎日を費やしていた。今思えばあの頃が全盛期だったのかもしれない。都会に引っ越してからはいわゆる陰キャという分類で生活をしていた。


もし親の仕事で転勤なんてなかったら今頃は……。なんて言うifの事をここに来てから思ってしまう。他人のせいにして自分を正当化する癖はどうにかしようと思ってはいるが、どうにもならない。ふと、そんなことが頭を過り結局のところネガティブ思考になってしまう。このお盆休みを使った里帰りで何とかこの癖を直さなきゃと思っていると、俺を呼ぶ声が聞こえた。


「やっぱり、ここにいたんだね。久しぶり」


懐かしい声、十年前と変わらない優しいながら芯のある声。高校生になってちょっとだけ体だけでなく雰囲気まで大人びてきた彼女、佐藤 栞里(さとうしおり)は俺に優しく微笑みながら話しかける。


「どう?こっち来てから。山田家のおじちゃんには挨拶した?」


栞里は石段にただぼーっと座っている俺の隣に腰を下ろす。


「なんにもかわってねぇな……」


夕焼けで赤く染っていく空を見上げながら言う。本当に何も変わっていない。だからこそ十年ぶりだと言うのにすんなりとこの土地での生活に慣れたのかもしれない。


「そうでしょ。皆何にも変わってない。あの町も、学校も、全て……」


自分で醸し出しておきながら、しみじみとした空気はあんまり好きじゃない。こういう空気感になるとまた自分を正当化してしまいそうになる。都会での学校のこととか、勉強とか、部活とか。弱音を吐き出してしまいたくなる。愚痴をこぼしたくなってしまう。そして思い出したくもない記憶を思い出させてしまう。


「都会……たのしい?」


「まぁね」


「私も今度そっちに遊びに行こうかな」


「辞めとけ。方向音痴のお前じゃ、すぐに迷子になる」


「何それ?」


「そのまんまの意味なんだが?」


何気ない会話を広げる。お互い気まずいはずなのに。栞里は無理に話を広げようとする。正直、俺はこの場所から今すぐに逃げたい。だが、それは十年前と同じで。本当はこっちに残ることも出来たが、俺なりの逃げなきゃいけない理由が出来てしまって。それで……。

だからこそ、今日は十年前に犯してしまった罪を彼女に償いたくて。彼女も感ずいてはいるだろう。だが、意を決して言おうと何度も心の中では思うが言葉が出ない。ただじっと赤く、そして薄暗くなっていく空を見上げるしか出来なかった。


「あのね私、君に言う事があるの」


そんな俺の気持ちを察してなのか栞里の方から話を持ちかけてきた。


「同じクラスに渉くんっていたでしょ?」


須藤 渉(すどうわたる)。俺と同じクラスだったやつだ。あの頃の俺とは真反対の陰キャだったやつだ。いつも本ばかり読んでいた根暗なやつで活発なグループの奴らとは全くつるまなかったやつ。今では陽キャで成績優秀、子供の頃が嘘だったかのような運動神経の良さ、そして周りからもチヤホヤされている。今の俺とは真反対だ。


「その……実は彼と交際してて……」


「ん……」


「その……なんて言うか……」


俺はそれ以上彼女の言葉を聞きたくなかった。悲しくなったり、イライラしたりなどはしなかった。ただ、自分の中の何かが壊れてしまいそうな感覚で。

俺はスっと立ち上がり微笑みながら彼女に向く。


「そっか、それは良かったね。三ヶ月くらいすると倦怠期になるらしいからそれには気をつけて、末永くお幸せに」


俺は彼女の言葉を遮り、一方的に言い放つ。彼女はちょっとだけ驚いた表情をしている。俺はそのまま無言で石段を降りる。


「えっと……ちょっと待ってよ!」


彼女は勢いよく立ち上がるが、サンダルが滑って尻もちをつく。それには目もくれず俺はただひたすらに足を進め、彼女が見えなくなったのと同時に走り出した。


彼女に追いつかれないように。闇雲に走った。夏の山の中は小さい虫や蜘蛛の巣が所々に張り巡らされていたが、そんなものは気にもしなかった。今まで格下だったやつが今は格上で、好きだった栞里を取られてしまったことに対して俺は敗北感すら抱かなかった。当然の事だと思っていたからだ。俺は知っていた。栞里がずっと渉に好意を寄せていたことを。それを知ってて俺はその好意を自分に向かせようとあらゆる手段を使った。が、それはむしろ彼女の好意を上げさせる為の物になってしまった。


十年前のあの日、俺は栞里の前で渉の事をボロクソに言った。彼女の気持ちを知った上でボロクソに言ってしまった。言ったら不味い、もう今までの関係に戻れないということを自覚した上で言ってしまった。ただの負け犬の遠吠えだった。そんな自分が恥ずかしくて、情けなくてみっともなくて、俺はこの場所を捨てた。だからこそ今の自分の性格は誰のせいでもなく、自分のせいだ。それを他人のせいに正当化してきてしまった。だからこそその罪を償おうとこうして戻ってきたのだが、どうやら俺には無理だったようだ。


気がつくと全く見覚えのない場所に来ていた。黄昏時ということもあり、とても不気味な雰囲気を醸し出している。来た道を戻ろうとしたが、どうにもその気は乗らず結局更に足を進めてしまった。


とぼとぼと歩いていると古びた参道を見つけた。神社まで続くその参道は全く手入れがされておらず、ホラゲーなどによくありそうな場所だった。その参道を進んでいくと大きな鳥居と神社を見つけた。随分歩いたし疲れたので一休みしてから戻ろうとその鳥居をくぐろうとした時、突然物凄く甘い空気があたり一体に流れた。息苦しい。吸い込めば吸い込むほど意識が遠の来そうになる。何とか耐えると甘い空気は無くなりスッキリとした空気が肺全体に広がっていくのがわかった。


とりあえず何があったのか状況を把握しようと当たりを見回した時、そこには神社も鳥居も無くなっており目の前には崖がありその下には大きな街が広がっていた………。

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