西ヶ原くんのリッチな生活。

焼肉バンタム

第1話:プロローグ

枕元のスマホが音も無く振動している。

振動モータバイブレーションの騒がしい音で目が覚めるとベッドの上で悪態を付く…。

「朝だ仕事だ…。」

思わず舌打ちして呻く。

「クソッ、ニートに成りたい。」

瞼の裏に映る職場の俺の机の上…。

今日中に処理しないと…、納期に間に合わない。

頼まれた橋梁の強度計算を…今日中に。

昨日は時間切れで家に遅く帰ってきた…。

眠い。

時計はそろそろ起きる時間だ。

シャワーを浴びる時間が無くなる…。

意を決して飛び起き。

洗濯済みの棚からタオルと下着を出して。

頭を掻きながら冷蔵庫の中を確認。

「パンの在庫は明日までっ、と。」

パンを袋から二枚出して、トースターにセット。

そのまま熱めのシャワーを浴びる。

頭から素早く洗う。

身体は百均のナイロンタオルで泡立てる。

足のつま先まで擦ると。

水に近い温度に変えて素早く洗い流す。

身体に残った水滴を狭いバス内で払い落とすと。

タオルでふきあげ、足の裏まで。

パンツを履くと洗面台の小さな鏡の前でヒゲを剃る。

電気で唸りを挙げるシェーバ。

顎を触って確認、

「よし。剃り残し無し。」

新しいタオルを出して湿ったタオルは洗濯物籠の淵に引っ掛ける。

籠の中身を確認。

頭を拭きながら呟く。

「昨日は洗濯機動かせなかったな。今日は早く帰りたいな。」

あまり夜遅いと…、深夜に洗濯機は苦情の元だ。

キッチンに向かい。

飛び上がったパンを確認。

冷蔵庫の中からトマトとスライスチーズ(とけない)牛乳パックを取り出し…。

牛乳が軽い。

振って音を確認する。

「もう無いな…。」

キッチンに並べる。

スライスチーズの包装を外し、パンにサンド。

トマトを軽く洗い。

シンクの前で立ったまま食べる。

テーブルは有るのだが。

テーブル掃除する位なら初めから洗い流せるキッチンで食べる。

綺麗好きという訳では無い。

唯、省力化を考えたら、この様な形式に成った。

無論、試行錯誤と失敗を積み重ねた結果だ。


俺の名前は西ヶ原志茂にしがはらさねしげ

バリバリフレッシュの26歳だ。

フレッシュと言うには少々よれているが。

私立大の工学部、土木科を出て入った職場の土木コンサルタント会社では未だ未だひよっこだ。

職場では”シモさん”とか言われてイジられている。

先輩から仕事を押し付けられるが、手書きの資料も一緒に渡してくれる。

憶える事は沢山ある。

土木は先人の知恵と経験から成り立っている。

努力の結果を全て憶えるのが仕事なのだ。

その上で今の方法で再設計するのがコンサルの仕事だ。

学生時代から住んでいる、この狭くて古い1LDK・バス・トイレ・キッチン付き。

狭いので荷物を増やさない様にしている。

無論、社会人になり、部屋より会社居る時間が長いので、ベットが有れば十分だ。

最近は先輩の助言、”若い内は良いけど年食うと大変だぞ?”の言葉により。

生活の質を高めようと努力している。

無論、手を抜く方に。

パンとトマトを食べ切り。

「ちょっと多いな…。」

量を見誤った牛乳パックを喇叭で片付ける。

コップ洗うのが面倒なので牛乳パック最後は喇叭で終わりだ。

飲み切った牛乳パックは軽く洗い、シンクに飛び散ったパン屑を洗い流し、シンクのゴミはゴミ箱に。

今日はゴミの日なのでキッチン脇のゴミ箱を部屋のゴミ箱の中身と合流させ、袋の口を縛る。

開いた箱に消臭スプレーを掛けて、新しい袋をセット。

「袋の在庫が少ないな…。」

軽く洗った紙パックはシンクに逆さにして乾燥させる。

休みの日にはスーパーのリサイクル回収ボックスにボッシュート。

「帰りにゴミ袋と牛乳を買うと…。あと…、食パン」

賞味期限を気にするタイプなので、纏め買いはしない。

洗面台に向かい。

歯ブラシセット。

歯を磨きながらテレビを点け、ニュースと天気を確認。

「今日と明日は晴れ。」

傘は要らない。

仕事の進捗に関わるので何時も天気予報を気にしている。

洗面台で口を漱ぎ顔を洗う。

靴下、シャツを出して袖を通す。

ハンガーに掛かったズボンに足を通してネクタイを締め、スーツに袖を通す。

装備を装着。

「財布に、鍵に、IDカード、カバンに時計。スマホOK!」

指差呼称。

何時ものセットなので置き場は決まっている。

テレビを消して部屋内を確認する。

「テレビよし、エアコンよし、照明よし。換気扇よし。」

最後にゴミ袋を持つ。

玄関で靴を履いて姿鏡で外観チェック。

最終確認、男気チェック。

装備のゴミ袋が-30点だ。

「施錠よし!行って来ます。」

無人のドアに声を掛け、ゴミ袋とカバンを持ってアパートの階段を駆け下りる。

ごみ収集所のカラス避けネットの隙間にゴミ袋を捻じ込み。

「ゴミ捨てよし!」

両手を確認、装備カバン。

以前、寝ぼけてゴミ袋を持ってカバンを捨てた事が有る。(近所の奥さんが直ぐに気が付いて大声を掛けてくれたので事故は起きなかった。)

足早に駅に向かう。

改札口を通り電車を待つホームに立つと…。

急に眠くなる。

サラリーマン=スキル、”電車の中で立ったまま眠る”のせいだ。

早くスキルが上がらないと”降りる駅を乗り過ごす”や。”電車に荷物を忘れる”等のイベントが発生する。

無論、最上級スキルは”眠ったまま出勤する”だが、未だ先は長い。

低レベルスキルで眠りが浅いので、思わず欠伸がでる。

ホームに溢れる誰も同じなので気にならない。

皆、同じような色の背広姿で忙しそうだ。

反対側のホーム別の路線に電車が到着してドアが開いた。

同じような色の人々が吐き出される。

日常だ。

おや、こっちにも電車が来た…。

「あ、すいません!カバン。」

背中で騒がしい。

鼻で笑う。

フン、初級者ルーキーめ、早速イベントだ。

安心しろ、誰もが通る道だ。

駅の忘れ物センターで屈辱を受けて来い。

初級者ルーキーが流れに逆らう。

「あ、おいちょっと。」

「痛い。」

背中が騒がしい。

かき消すようなホームの放送…。

焦るんじゃない、俺は電車に乗りたいだけなんだ。

列車がホームに進入する。

列車が減速…。

「え?」

俺は誰かに背中を強く押された。

体当たりだ、身体が浮いてホームが見える。

スローモーションになる。

あ、この野郎、無理に列車に戻るために人を弾き飛ばしやがった!

列車の運転手の驚いた顔が解る。


あかん、死ぬ。

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