22 シザーハンズ娘2


 料理中の彼女はなんだか機嫌が良い。

 特に前半部分。

 つまり材料をカットするところだ。


 彼女は包丁を使わない。

 指が刃物になっているシザーハンズという種族だからだ。

 不潔に思えるかも知れないが、料理前は念入りに洗い根元に付いた皮脂は擦り合わせて取る。

 何処かの大学でもかなり清潔だという研究結果が出ていたと思う。


 だからという分けじゃないが、彼女は実に多くのことに自分の指を使うのだ。


「ん、んーんー」


 鼻歌しながら空いた方の手をカシンカシンと鳴らす。

 機嫌が良いときの癖なのか、鞘をしていてもよくやるようだ。

 正直怖いけど諦めた。


 後で見ていてもその機嫌の良さは分かる。

 鼻歌もそうだし、時折腰が左右に揺れるのもそう。


「ふん、んんー」


 横から見てると、彼女は変わった切り方をする。


 玉葱に左の人差し指の刃先端を突き刺し、右手の人差し指から小指までを揃えて上から下にストン。

 これを2回。

 両手を使って玉葱を90度回し、ストンストン。

 みじん切りの完成だ。

 切れ味がとても良い。


 彼女はみじん切りを好む。

 短冊切りは苦手だそうだ。

 かつらむきは上手だった。


 みじん切りが終わり、彼女は洗い場のレバーを下げて水を出して指、というか刃を洗う。


 人参玉葱のみじん切りと、ジャガイモを大ざっぱに一口大にしたもの。


「今日はカレー?」


 頭に浮かんだ予想を聞いてみることにした。


「ん、そう。カレー」


 寡黙な彼女にしては長めの答え。

 「そう」とか「ん」だけで普段は答えるから、よほど機嫌が良いのだろう。

 それにカレーは彼女と僕の共通の好物だ。

 理由は、多分一つしか無いだろう。


 けれどここで急いでも仕方ない。

 少しだけ、焦らそう。


「今日は何かあった?」


 彼女は僕を見て不思議そうにした。そして、少しだけ眉間にしわを寄せた。


「わからない?」


 予想は付いている。今日のために準備もしておいた。


「分かってる。一緒にここで暮らし初めて一年目」


 一瞬で彼女の顔が緩んだ。

 ここは追い打ちをするとしよう。


 僕は彼女の前に、後ろ手に持っていたものを出す。

 ちょっと豪華な装飾を施した指刃用の鞘だ。

 彼女のとある指の鞘とサイズは同じにしてある。


 彼女の顔に涙の筋が出来た。


「それ、まさか」

「そ、結婚指鞘」


 彼女の種族の習慣だ。

 結婚指輪と意味合いは同じ。

 左手薬指のものだと言うことも同じ。

 だが指輪に比べてかなり大きいため、結婚の約束用にしては、質素になってしまった。


「派手じゃないけど、結婚してくれる?」


 彼女は返答をせず、自分が来ている服の襟から中に親指を入れた。

 そして人差し指を合わせて閉じると簡単に服は切り裂かれる。


「……えっと」


 何をしているのか。


 ジョキジョキと彼女の服は彼女自らによって左側がずたずたになってしまう。

 ハサミのように着るのがじれったかったのか、右側はカッターで梱包ビニールを切るように一息に刃を滑らせて襟から右の袖口まで切り裂いた。


「何を」

「ヤろう」


 スカートはもう腰周りを裂かれて床に落ちていた。

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