17 コウモリ娘1


 彼女と買い物に行くとき、大抵の人々は怪訝な目で見る。

 最近ようやく皆が慣れてきたのか、そんな視線は少なくなってきたし声を掛けてくれるときもある。

 でもやはり他人には不思議に移るらしい。

 彼女の存在自体が珍しいのもあるのだろう。


 自分でもさぞ奇妙だろうと思う。

 後から幼く見える少女にしがみつかれ、黒いインバネスコートを羽織ったように見える僕の姿は。


 彼女は天鼠人、いわゆるコウモリ人だ。

 足の構造上、立てない。つまり歩けないということだ。

 手が翼手になっているので車いすも自分では車輪を動かせない。

 進化の過程で飛行能力を手に入れた代償なのだろう。


 だが可哀想だとは思わないし、歩けないからこその幸せもある。


「あら、こんにちわ。お買い物?」


 顔なじみになったおばさんが声を掛けてくる。


「いつ見ても仲がいいのね。羨ましいわぁ」


 社交辞令だと分かっても、つい照れてしまう。

 恥ずかしさは最初に比べ落ち着いてきたが、改めて言われると意識してしまうのだ。

 背中から速い心臓の音が伝わるに、彼女も同じなのだろう。

 もぞもぞと動いて顔を僕の後に隠そうとするのも気配で分かる。

 彼女がきゅ、と二本ずつしかない普通の指に力を込めるのも心地よい。


 おばさんにこちらからも社交辞令によるお世辞をいい、別れる。

 すぐに右肩にチクリとした痛み。

 彼女の親指にある鉤爪だろう。


「どうしたの?」


 後を見ずに訪ねる。


「むー」


 返事は拗ねたような軽いうなり声だった。

 非常に高い声。


 身体を包む熱が愛おしい。

 僕はそれを再確認して彼女に言う。


「拗ねないで。僕の一番は君だから」


 肩の痛みが止み、ちょっと押されている感じがする。

 そこを指の腹で撫でられているのだろう。

 親指と人差し指しか使えないから撫でにくいだろうに。


「いいよ、気にしてない。なにより君に包まれているんだ」


 黒いインバネスコートの正体は彼女の飛膜だ。

 生の質感を持つそれは僕と彼女の体温で熱を持つ。

 普段は表面積の関係で冷えて冷たいのだけれど、こうして包まれているとお互いに暖めあうようだ。

 腰に回された足の締め付けも、彼女を強く感じられる。


「この暖かさは僕しか感じられないだろ?」


 またチクリとした痛み。彼女が良くやる照れ隠しだ。


「ねえ」


 彼女が僕を探るような声を出した。


「何?」


 僕は前を向いたまま返す。


「私の事、好き?」


 鈴のような、というのはひいき目だろうか?


 ころころと音程の高い可愛い声だと思う。


「愛してる」

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