第16話 魔女とごろつき

 どうやら、少女と複数の男たちがもめているようだ。


「あんたたち! 許さないからね!」

「許さなければどうするって言うんだ? ああ?」


 ララは大急ぎで騒ぎの方へと走る。


「危ないかもだけど、無視はできないよね」

「りゃあぁ」


 危険からは逃げるよう教育されている。

 だが、ひどい目に遭っている人がいるかもしれないのに逃げることは出来ない。

 ケロを助けたときと同じである。ララは、そういう性格なのだ。


「ケロちゃん、静かにね」

「りゃ」


 ララは静かに近寄っていく。

 ララは気配を消すのが得意である。

 魔王城裏山での昆虫採集で身につけたものだ。


 騒ぎの中心には、つばの広い三角帽子とローブを身に着けた少女がいた。

 三角帽子もローブも真っ黒だ。

 それに自分の身長ほどの大きな杖も持っている。

 魔法王国でも、とんと見なくなったオールドスタイルの魔女装束である。


 魔女と対峙するのは、人相の悪い三人の男たちだ。

 典型的なごろつきスタイルで、それぞれナイフを右手に持っている。

 両者とも激しく緊張し、いまにも戦闘の火ぶたが切って落とされそうな気配だった。


「ふん。痛い目を見ないとわからないようね!」

「三対一で勝てると思ってるのか? さっさと消えろ!」

「消えるわけにはいかないわね。それは大切な薬の材料になるんだから」

「知らねーな。怪我したくなかったらあきらめな」

「お前も、薬を使っても治せねーような怪我したくねーだろ?」

「そんなもの奪ってどうするのよ。扱える薬師なんてめったにいないわ。売れないわよ?」

「うるせえ! そんなことはお前が気にすることじゃねーよ」


 ララは魔女と男たちの話を聞いて情報を整理した。

 男たちは魔女から薬の材料を奪い逃走を試みたが、追いつかれたようだ。

 どうやらその材料は貴重なものらしい。

 貴重過ぎて、ごろつき程度には簡単には売りさばける類のものではない。

 だというのに、ごろつきたちには売りさばくあてがあるようだ。


 ララはケロに小さな声で話しかける。

「薬を必要にしている人がいるのなら、助けてあげた方がいいかも」

「りゃう」


 ララは魔女と男たちの間に割り込むことにした。


 その時、魔女が大声で宣言する。

「あたしの魔法を食らって反省しなさい!」

 そして詠唱を開始する。


「イルファ・ベールの名において願う。炎の精よ、我が招集に応じて集い……」

「おい、やべえぞ、発動前につぶせ!」


 男たちは焦って一斉にナイフを振りかぶって、魔女に襲い掛かった。

 それを見て、イルファと名乗った魔女も大慌てで詠唱を進める。


 敵を前にして、しかも壁になってくれるものがいないのに詠唱するのは未熟者。

 それが魔法王国の魔導師の常識だ。


 イルファは戦いに慣れていないようだ。大急ぎで詠唱を紡ぐ。


「その力を顕現し我が敵を焼却せよ……」 


 イルファの体にナイフが突き立てられる寸前、ララは間に入った。

 同時にイルファの詠唱も完成する。


炎の矢ファイア・アロー!」

 詠唱完成と同時に空中に炎の矢が出現して放たれた。


「なんだ、小娘!」

「なっ!」


 両者とも気配を消していたララに全く気付いていなかった。

 ごろつきどもも、イルファも驚く。

 だが、ごろつきどものナイフは止まらない。ララの体に突き刺さる。


 イルファも魔法を止めようとするが、もう遅い。

 イルファの炎の矢がララの体に吸い込まれていった。


「街中で騒いだらだめだよ。みんなに迷惑です」

「なぜ、ナイフが刺さらない……」

「そんな、なまくらナイフが刺さるわけないでしょ! ちゃんと研いだ?」

「ふざけてんのか!」


 ごろつきのナイフは鋭いナイフだ。

 それでも、ナイフはララの皮膚で止まっている。

 ララには常時魔力で肉体を覆う癖があるのだ。


「あ、あなた燃えてるわよ?」

 服に魔法防御もかかってないので、イルファの炎の矢を受けた服は燃えていた。


「うわ! ほんとだ! 熱い!」

「リャッリャウ!」


 慌ててララとケロはバサバサ叩いて火を消す。

 だが、服はだいぶ焦げてしまった。


「だ、大丈夫?」

 イルファは本気で心配して、ララに駆け寄る。


「大丈夫、ここは私に任せて先に行って」

「気持ちはありがたいけど、あたしにはやることが――」

「この薬草ですね。はい」


 ララは全身をナイフで刺されながら、ごろつきから薬草を取り戻していたのだ。


「あ、ありがとう! いつのまに?」

「え? いつ取りやがった!」

 イルファもごろつきたちも、心底驚いている。


「ここは私に任せて先に行って。お薬が必要な人がいるんでしょ?」


 笑顔でそう言っているララ目掛けて、薬草を奪い返すためごろつきが襲い掛かる。


「危ないよ!」

 ララは言葉とは裏腹に、危なげなく軽々とかわしていく。


「この、ちょこまかと!」

 ララはナイフを振りかぶったごろつきの手を掴んで、ぎゅっと握る。


「ううううううぐううう」

 ごろつきは悲鳴を上げて、ナイフを地面に落とした。

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