5-3 再び
刀で私を襲った少年。よくよく思い出してみると、私がナイフで記憶を遡った時に見た記憶で私の隣に座っていた少年だったのだ。
この間遭遇した時は生気のない顔で、そして無慈悲に攻撃をしかけてきたが、記憶の中では感情豊かに悲痛な面持ちを私に向けていた。この大きなギャップが彼が私を――私が彼を知っているという考えに至るまでの時間がかかる理由となった。
さらにタカハシの背格好や服装も私の記憶に現れた人物と一致していた。思い出せた数少ない記憶に登場したほどだ、タカハシが私の過去を知っているような口ぶりだったのも納得できる。
「ただ、もう一度会いに行ったところで私の話を聞いてくれるかどうか……」
ケイさん以外の三人も交えて話し合う中、私は一つの不安要素に頭を抱える。
「そのタカハシって奴、ゴーグルをむしり取ったり無理やり赤色見させたりするサイコパス野郎だったわけだし、どうだろうな……」
ため息混じりのケイさんの声に私は項垂れた。旅の目的を取り戻すための鍵がようやく見つかったと思ったが、その鍵の持ち主がなかなかに危うい。かなり有力な鍵に思えたがこれは見過ごして他の鍵を探すことも考えた方がいいのでは、という考えが脳裏にちらつき始めたとき、ふいにリンさんが声をかけてきた。
「ねえチホちゃん。そのタカハシに会いに行くの、私もついて行ってもいい?」
「えーっと……、いいかどうか以前にもはや行くかどうかを悩んでいるんですが……」
そう言って声の方に目を向けると、興奮気味に身を乗り出し、目を輝かせたリンさんが私をのぞき込んでいた。
「正真正銘の人間だって言ってたのなら、彼は《ハーフ》じゃない、きっと大人よ。私たちよりも多く情報を……、それどころか戦争のすべてを知っているかもしれない……! 私も行きたい行きたい!」
駄々をこねるように行きたいと連呼するリンさん。ケイさんがそれを見てため息をつく。
「あのなぁ、リン。そいつに会いに行ったとしても刀使いがチーちゃんを木っ端微塵にする可能性だってあるんだぞ? そうなったら旅の目的を取り戻す前にゲームオーバーだ」
木っ端微塵になった自分を想像して身震いした私だったが、リンさんはそれにぽかんとして言い返す。
「何言ってんの? あんた何のためにチホちゃんに戦い方教えたのよ」
「え? ああ……、ああ! そうか……、今のチーちゃんならもう十分に戦える……かもな……」
そう言ったケイさんは腕を組んで目を閉じた。どうやらこれまでの私の成長を思い出しているらしい。
「うん、大丈夫だ。チーちゃんはもう自分の身を守れるし、なんなら一人や二人なら同時に守れるようになってる」
「え?! 私そんな器用なことできませんよ?!」
慌てて否定した私にケイさんは首を振る。
「いーや、できる。俺らが模擬戦してる時に見学してる三人にいつもより近づいちゃったことがあってさ、チーちゃんは覚えてないかもだけど。でもチーちゃんは自然とそこから遠ざかるように動いてた、それもまぐれじゃなく何度も。だから大丈夫、教えてた俺が言うんだから間違いない」
そんな覚えのない私は唖然としていたが、リンさんは嬉しそうに叫んで椅子から立ち上がった。
「じゃあチホちゃん……!」
先生のお墨付きをもらったということは、万が一話が通じず戦闘になっても、鍛えた力で身を守り、逃げ帰ることができるはず、ということになる。そうなればまたここに戻って他の方法で思い出すためにここで四人と過ごせばいい、それだけのことだ。
ならば行くだけ行ってみるのも手だろう、そう思った私はリンさんに頷いて見せた。それに気づいたリンさんははじけるように両手を上げ、飛び跳ねて喜んだ。
ひとしきりはしゃいだリンさんは再び椅子に座り、落ち着いた声である提案をした。
「チホちゃん、私が拾い集めた機械の部品とか道具とかを持って行って、それと交換に情報をもらうっていうのはどうかな。チホちゃんの体から何かを奪おうとしてたタカハシにならこの方法が効くかもしれない」
「……! それいいですね!」
リンさんの提案はかなり現実的に思えた。頭の回転が速く、《ハーフ》や機械についての知識もある彼女はタカハシとの交渉にはかなり心強い存在かもしれない。
話が少しずつ進んでいく中、じっと話を聞いていたアヤちゃんがおずおずと右手を挙げて口を開いた。
「あの……、わ、私も行きたい……です」
全員が目を丸くして彼女の方を向いた。三つ編みの少女は集まった視線に一瞬怯んだように見えたが、意を決したように理由を述べた。
「私、チホさんが言っていた『犬』が見たいんです。ずっと探していた生物がこの世界にまだいるって知ってからずっと気になっていて……! チホさんがそれにも襲われたっていう話を聞いたのに個人的な興味でこんなこと言うのはおこがましいんですが――」
「そんな後ろめたさ感じなくても大丈夫だよ、アヤちゃん。リンだって『個人的な興味』で『チーちゃんを襲った男』に会いに行くんだから」
優しくそう声をかけたケイさんはアヤちゃんに微笑んだ。咎められると思っていたのか、ケイさんの言葉を聞いたアヤちゃんは安堵のため息を吐いた。
「というか皆で行けばいいんじゃない? そうすればチーちゃんだけじゃなくて俺も皆を守れるし」
「それなんだけど、マルとケイにはここで留守番しててほしいと思ってるの」
せっかく出した案を間髪入れずに斬り捨ててられたケイさんは悲痛な声で叫んだ。
「なんで?! 俺だって刀使いの少年が俺の知ってる子かもって気になってたんだけど?!」
「……それは僕が《クォーター》だから。タカハシが僕のコードを思い出していたら、そして命令されたら何をみんなにしてしまうかわからない」
返事をしたのはマルさんだ。彼の言葉にリンさんは目でその通りだと告げる。マルさんが行けない理由を理解して頷いたケイさんだったがすぐにその口を尖らせる。
「いや、うん、マルが行けない理由はわかったけど。俺は何でだめなんだよ」
「だめなんじゃないのよ。ケイはマルといてほしいの」
リンさんはそう言って腕を組んだ。
「タカハシの命令が距離的にどこまで届くのかはわからない。でも交渉がうまくいかなかったときに、例えばタカハシが
これを聞き、顔をしかめたケイさんは真剣な顔をする。
「……なるほど、マルが本気出した力がどれほどかはわからないけど、確かにこの建物直したときはまあまあな怪力だったな。万一に備えたその役は俺が受け持った方が良いように思える、そういう命令もやりかねない男だし」
留守番の理由に納得したケイさんは椅子に背をもたれさせた。こうしてタカハシのもとへ向かうのは私、リンさん、アヤちゃんとなり、ケイさん、マルさんは留守番をするという結論に至った。
リンさんが持っていく機械やら部品やらをかき集めている間、アヤちゃんがそこそこ重要な質問を私に尋ねた。
「ところでチホさん、タカハシという男に会った場所は覚えていますか? どこか定住している場所があったのでしょうか?」
「ええと……」
正直なところ、ここを出て行ったあの日に私がどの方角にどのように歩いたのかさえも正確には覚えていなかった。あの時私の頭にあったのは四人から離れなければ、という想いだけだったからだ。
しかし今は思い出さなければタカハシと顔を合わせることもできない。うんうんと唸りながら『タカハシに会いに行く』と言い出したことの無責任さに絶望していたその時だった。
「わかる。僕はあいつが建物に入っていくところを見てた。アヤ」
「え?」
ふいにマルさんがアヤちゃんに近づくよう手招きをした。珍しいその行動に驚きながらも歩み寄るアヤちゃん。
「座標E34。そこにあいつはいる」
マルさんはそう言った。聞き慣れない言葉に私とケイさんは首を捻る。しかしアヤちゃんは違った。返事の代わりに驚いたように見開いた目でマルさんを見つめ返していた。そして両の手を戦慄かせていたのだ。
「アヤちゃん……?」
異変に気づいた私が彼女に声をかけたそのとき、アヤちゃんは頭を抱えて苦しそうな声を上げ始めた。急な出来事に誰もが動けないでいる中、彼女は膝から崩れ落ちてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます