3-4 ケイの記憶

「じゃ、そういうわけだからよろしくね、ケイ!」


 そう言ってリンさんはため息をついているケイさんに近づき、耳打ちをした。ケイさんは少し目を見開いた後、


「別にそれは話さなくてもいいだろ……」


 と言って大きくため息をついた。


 そんなケイさんを完全に無視してリンさんはアヤちゃんのもとに駆け寄る。


「さ、アヤちゃん、私たちは飛行機の話でもしてよう! すっごい楽しみー! アヤちゃんのお部屋お邪魔してもいい?」

「え?あ、はい全然大丈夫ですよ! とは言っても、私も飛行機に関する記憶も断片的にしか思い出せてませんけど……」

「全部一気にわかっちゃうより、ちょっとずつの方がワクワクするからいいのいいの! マルも一緒においでー。じゃ、チホちゃんはケイとのお話し楽しんでね! ケイ、絶対話してよ?」

「え、ちょっとリンさん? 行っちゃった……」


 ドタバタと三人は部屋から出て行ってしまった。残された私とケイさんはしばらくお互いに見つめ合って、同時にあはは……と変に乾いた笑いを交わした。


「なんだかすごい慌ただしかったような……。どうしたんですかね?」

「ほんとあいつ……。はー、なんでチーちゃんに?」


 深くため息を吐きながら頭をワシワシと掻くケイさんに、私は焦って言った。


「あ、あの、もしお話しするのお嫌だったらリンさんたち連れ戻してきましょうか?」


 それを聞いてきょとんとしたケイさんは、すぐにははは、と笑った。


「ありがと、チーちゃん。でも話すよ、これでチーちゃんが何か思い出せることがあったらラッキーだしさ? それに、まだ自分で車椅子動かせないでしょ?」

「あっ……」


 確かに動かせない……というより動かし方を知らない。できもしないことを言ってしまい、少し恥ずかしくなった私に、ケイさんは、「まあすぐに慣れて動かせるようになるよ」と言った。


「じゃあまあ……俺がナイフを使って思い出せたことだけ、チーちゃんに話そうかな」


 あれだけごねていたケイさんだったが、なぜかあっさりと話を始めようとした。


「いいんですか……? えと、じゃあよろしくお願いします……」


 私がそう言うと、ケイさんはこほんと咳払いをして、自身の過去を語り始めた。


「思い出した順よりも、時系列で話した方がいいよね。じゃあ……、そうだな……。まず俺の《ハーフ》としての最初の記憶……、味方の軍人を一人殺したことかな」

「え……、敵ではなく、味方ですか……?」


 頷いたケイさんは右手の親指立てた。その指を喉元に手を当て、水平に動かす。


「……俺自身は思い出せないけど、思い出した記憶としては、軍人の……、大人の首を斬った。返り血がすごかったから、何のためらいもなかったんだろうね。そういう情景が、リンのナイフを実験も兼ねて使った時に、他人事のように、でも俺の視点で見えたんだ」

「他人事のようだけど自分の視点……私もそうでした……」


 他人事みたいに思い出したって、それは思い出したって言わないよな、とケイさんはつぶやいた。


「殺したときのことは他人事みたいにしか思い出せてないし、今も他人事にしか思えないけど、その時、なんで俺がそういう行動をしたのかの理由はなんとなく、なぜかわかるんだ」


 一呼吸置いて、ケイさんはボソリと言った。


「そいつは、俺が殺したらしいそいつは多分、俺の大事な何かをバカにしたんだ……」

「ケイさん……」


 いつもニコニコと笑っているケイさんの顔は今までにないほどに暗く、視線は鋭く、歯は唇を噛んでいた。


「……あの、仲間を殺したら、なんというか……、怒られたとか、罰があったとか、そういうことはなかったんですか……?」


 黙ってしまっているケイさんに、私は恐る恐る質問した。するとケイさんはいつもの顔に戻って、しかし少し何かを哀れむような顔をして答えた。


「チーちゃん、戦争ってね、人を歪ませるんだ。そもそも、敵であろうと人を殺すのはダメなことだし、味方ならなおさら……って思うよね。でも違ったんだ。俺はその味方殺しで殺傷能力を認められて、前衛の第二部隊に配属されたんだ……。まあ、エリートな部隊だったみたいだよ。……味方を殺したことなんて全く咎められなかった」


 頭おかしいでしょ、と笑うケイさんだったが、私はケイさんが口にした言葉に何かを感じていた。


「前衛……第二部隊……」


 引っかかった言葉を声に出してみる。それに気づいたケイさんは私に問いかけた。


「……どうだろう、少し聞き覚えある? チーちゃん」

「聞き覚え……というか……」


 聞き覚えはない。しかし何かが引っかかった気がした。音として口から出して気づいたのは、口がその言葉を発するための動きを覚えているということだった。


 首を傾げながら何度も繰り返し単語を発する私を見たケイさんは腕を組んで少し唸った。


「何かを思い出すためのちょっとしたヒントなのかもね、その違和感が。この部隊名に何かを感じるなら、やっぱりチーちゃんは攻撃特化なのかなぁ。ま、何か気になることがあったってだけでも俺が話した甲斐があったってもんだよ」


 そう言ってケイさんは笑った。でもすぐにその表情は落ち着いた、静かな表情に変わった。


「ま、これが序盤のお話。ここからはその隊でのことと、俺個人が特命で任された任務についての話をしよう。リンにしろって言われたからね」


 そう言ったケイさんが気持ちを整えるかのように目をしばらく瞑っている間、遠くの部屋からアヤちゃんの楽しそうな笑い声が聞こえていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る