2-8 ひび割れた目
騒然とした空気の中、私は再び両目を閉じて目の奥に残る痛みに耐えていた。
「チホさん! 大丈夫ですか?! 聞こえてますか?!」
「アヤ……ちゃん……」
アヤちゃんの私を呼ぶ声ははっきりと聞こえていた。少しずつひいてはいるが、なかなか止まない痛みで目が開けられない。掠れる声でアヤちゃんの名前を呼び返すことが精一杯だった。
今まで経験したことの無い痛みと、目が開けられず何も見ることができないことが私を心細くさせる。痛みからか、心細さからか、手が小刻みに震えてしまう。
「います、みんなここにいますよ。チホさんが大丈夫になるまで、私はここにいますから」
ゆっくりと右手を空に浮かせると、すぐに誰かの手が包んでくれた。アヤちゃんの手だろうか……。
心細いなんて思ったのはいつぶりだろう。そんなことをギリギリ考えらるくらいまで痛みが引いてきたときに、ケイさんがリンさんに声をかけていることに気づいた。
「リン、しっかりしろよ。お前までどうにかなったなんて言うなよ。何がどうなってるんだ?」
「わからない……。ちょっと、落ち着かせて……」
アヤちゃんもそれに気づいたようで、気を利かせて二人にこう言った。
「リンさん、ケイさん。私チがホさんが落ち着くまでここにいるので、もしお二人でお話しするならほかの部屋でしてもらっても大丈夫ですよ」
それを聞いて、リンさんがいつにない程に弱々しい声で「ありがとう」と言ったのが聞こえた。
「リン、動揺したのはわかるとしても、俺の声には反応してくれよ」
「ごめん……。体も口も動かなくて。あんたのときは大丈夫だったし、自分で試した時もこんなことには……」
少しずつリンさんとケイさんの声が遠ざかっていく。アヤちゃんの勧め通り、どこか別の部屋に行ってしまったようだった。
さらに少し痛みが引いたときに、アヤちゃん以外にもう一人が私のそばにいることを思い出した。私の右手を両手で包むアヤちゃんの手の他に、私の左手に触れる手があることに気づいたからだ。ちょうど同じタイミングで、なぜかアヤちゃんはマルさんに話を振った。
「マルさん、チホさんの状態の確認をしましょう」
「チホ……、話すの、しんどい?」
今まで会話という会話ををあまりしたことのないマルさんだった。
「マル……さん……?」
《どこが、しんどい?》
「……?!」
マルさんの声が、耳の外側からではなく、頭の中で思い浮かべるように聞こえたのだ。聞こえ方としてはまるでさっきまで記憶をたどっていた時に聞こえた声と似ていた。
「なんで、声が……?」
《声、出さないでいい。これが僕の、《ハーフ》としての
そんな超能力じみたことができるのか。《ハーフ》って、もはやなんでもありじゃないか。
《《ハーフ》同士で、相手がどこにいるかわかってないと、こうやってお話はできない。『なんでもあり』じゃない》
《一応制限はあるんですよね。でも本当にすごい能力……》
どうやらマルさんのおかげでアヤちゃんも無声会話に参加できるようだ。
《チホ。どこが、しんどい?》
しんどい……と言うよりは、とにかく今は目が痛い。マシにはなってきているが、未だにズキズキと痛みは続いている。
《目……。目、開けれる?》
痛いと言っているのに開けろと……? そう思うとそれも相手に伝わってしまったようで、《むっ……》という声が聞こえた。
《チホさん、無理はしないでくださいね》
わかっているし、無理はしたくない。なのでできる限りゆっくり、ゆっくりと、目を開けた。
痛みが無い分やはり左目は何ともないようで、右目よりも先にすんなりと開いた。移る景色ははっきりとしていて、これまでと特に変わりはない。
ということは、やはり問題は右目だ。右目は、左目よりもさらにゆっくりと開いた。開き切ると、左目だけならきちんと見えていた景色がぼやけた。さらに視界にはやけにはっきりとした亀裂が入っていて、それに沿って世界が歪み、霞んでいる。
《右目を開いたら、なんだかよく見えなくて……》
《チホさん、目に、眼球そのものに亀裂が入ってます……。それに色も……》
影の動きから察するに、アヤちゃんが私をのぞき込んでいるようだった。反対側からも影が現れる。
《わあ。痛いの?》
いやだから、痛いんだ、現に……。亀裂がチラチラと光を反射して眩しいし、よく見えないし、まだ痛い。私は少し考えて、右目だけを閉じることにした。私の目に映る視界が再び安定する。
さらにマルさんとアヤちゃんは私にいくつか質問をしてきた。
《目、以外は? 変なところは?》
《前みたいに体が勝手に動くとか、そんなのはないですか?》
自分の意思と無関係に動く、というのは今回は無い。手もゆっくりとだけど動かせたし、目だって自分で開いたり閉じたりできる。
《じゃあ、座るのは?》
《え、まさかマルさん、チホさんに体起こさせるんですか……?》
アヤちゃんがドン引きしている声が聞こえて思わず心の中で笑ってしまう。笑ったことで、なんだか少し目の痛みが和らいだ気がした。
これくらいまで痛みが和らげば、少し上体を起こすこともできるかもしれない。そう思うとアヤちゃんがゆっくりと起こしてくれた。
《どうですか……? 気分悪く無いですか?》
《右目、ずっとウィンクしてるの面白い》
人が痛いと言っているのになんだかとても失礼なこと言われたような気がする。そんなことを思った私は、ようやく右目以外の異変に気付いた。
「脚が……動かない……」
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