2-3 「「あ!!!」」

 思い切り尻餅をついた私はどうにか立ち上がり、本当にやめてくれと心の中で懇願しながら椅子に座り直した。


「私のためだったんですね。私はてっきりリンさんが楽しくなっていっぱい質問してるのかと……」


 私のことを考えてくれての質問攻めだったのならば、私が弱音を吐いては失礼だろうか。私が旅の目的を知りたいがために――


 知りたい、か。


「そういえば、リンさんはどうして戦争の時のことが知りたいんですか?」


 私と初めて会った時に言っていた、戦争時のことを知るために私の記憶が欲しいという言葉。少し気になっていた。たまたま出会った私のためだけにここまで記憶を引き出す方法を悩んでくれているとは思えないので、彼女にも何か譲れない理由があって戦争時の出来事を追っているに違いない。


 しかし返ってきた言葉は非常にあっけらかんとしたものだった。


「ん? 暇だからだよ」

「へ?」


 あまりにも短く簡潔な解答に、私はすっとんきょうな声が出てしまった。


「あはは、なにその声! うん、そうだよ、暇だから」

「言い方だよリン、言い方……」


 頬杖をつきながらケイさんは突っ込んだ。そんな突っ込みも気にせず、リンさんは語りだした。


「私とケイはね、あるとき同じ場所で目を覚ましたの。そのときにはもう誰も、だーれも戦ってなかった。そして、私たち以外誰もいなくなってた」


 リンさんは目を閉じ、懐かしむような顔をした。


「でも、誰がいなくなったのか、二人ともわからなかった。何と戦ってたのか、何を求めて戦っていたのか、なんで戦争は終わったのか……。全部、自分たちが何者であるか以外は全部忘れっちゃってた。だから、思い出すことにしたの。うーん、探す、の方が正しいのかなぁ」

「戦争の記憶を、ってことですね……?」


 リンさんとケイさんは頷いた。初めに言っていた『暇だから』という理由よりかは意味のある理由に、私はなるほど、と頷いた。するとリンさんは急に立ち上がって両手を広げ、物語を語るかのような口調で話し出した。


「人間も植物も生き物もいない世界……、すなわち終わってしまった世界」

「終わってしまった……世界、ですか……」


 私はリンさんの言葉を思わず復唱した。アヤちゃんは生き物ならどこかにいるかもしれないのにと再び静かにむくれる。それを見たリンさんは小さくごめんごめんと言って謝り、アヤちゃんの頭を撫で、そして話を再開する。


「そしてここにいる私たちは自分たちのことを、この世界のことを知らずにいる。せっかく生き残ってるのにそれを解明しないなんてなんかもったいないでしょ? 知らないことを知りたくなるのは人間の欲求そのもの! きっと戦争中、それこそ戦ってたであろう私たちが、今こうやってやりたいことしてもバチ当たらないでしょ」

「なる……ほど……?」


 リンさんの顔はこれまで以上にワクワクしているように見えた。


「それに」


 とリンさんは私を指差す。


「チホちゃんだって、今は何だったかわからないけど、何かを探して旅してたんでしょ? 何かを見つけたくて。『何かしたい』っていう点では同じなんじゃない?」

「あ……、確かに、うぇっ」


 私を差していたリンさんの指が私のおでこをツンと押し、その衝撃におかしな声が出る。リンさんはニッと笑い、アヤちゃんもふふふと笑う。ケイさんは一方で軽くため息をつく。


「あんまりチーちゃんに手出すなよ、まだお前に慣れてないんだろうから」


 大丈夫大丈夫と言ってリンさんは背中を叩いているが、それはケイさんの背中ではなくうたた寝しているマルさんだ。しかし舟をこぐ彼は一向に目を覚ます様子もない。


 この、楽しそうな四人……、マルさんは寝ているから三人だろうか――を見ていると、なぜだかわからないが口元が緩んでしまう。自分がずっと1人で過ごしてきたからこそ、笑い合い、にぎやかに暮らす人たちを見るのが楽しいと感じ、笑顔になるのだろうか。


 しばらくして落ち着いてから、リンさんが結果をまとめ始める。


「チホちゃん、今んとこ乗り物系はほぼ全部わかったよねー。食べ物は全滅。日用品とかは結構まばら……うーん……」

「うーん……、いや、俺にはさっぱりだ」

「むにゃ……うーん……」


 各々がうんうん唸っていると、アヤちゃんが恐る恐る声をかけてきた。


「チホさん、覚えてないようて、実は戦争のときのこと覚えてるんですか……?」

「お、覚えてないよ! 覚えてたら覚えてるって言うよ」


 そう答えた私に申し訳なさそうに謝ったアヤちゃんだったが、まだ納得できていない顔をしている。


「だってチホさんが覚えてるものって、だいたい全部戦争中にも身近にあったものなんですよ……?」

「「あ!!! それだ!!!」」


 アヤちゃんのこの言葉にリンさんとケイさんが食いついて、大きな「あ」を口から出した。マルさんがそれに驚いて「わ、」という声とともに目を覚ました。

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