第48話 まずはサウナだ、何事も

「サウナはいいな! シャルロッテ嬢ちゃんのおかげだ」


 氷都市で水着祭りが開催されている頃。時を同じくして、雪の街。

庭師ガーデナー勢力の侵攻を受け、長期に渡る一進一退の攻防戦が続くフリングホルニだが。庭師に占拠されたはずの雪の街では、意外にのんびりした時間が流れていた。

 熱気がこもるサウナの中で、戦争狂いのプリメラが鍛えた身体を惜しげも無くさらして伸びをする。シャルロッテやカリンも一緒だ。


「プリメラしゃんが話の分かる人で、助かったでちよ」


 シャルロッテもタオル巻きで、階段状になったサウナベンチの上段から下段に腰掛けたプリメラの最中を、白樺の枝を束ねたヴィヒタでバシバシ叩いている。血行促進のためだ。


 百万の勇者たちを裏切り、庭師の軍勢を雪の街に招き入れたプリメラだったが。それ以外では、実のところ彼女のおかげで平和が保たれていた。プリメラ自身の人柄が人を苦しめて楽しむ「邪悪な性格」というより、ただ単に強い相手と戦いたいだけの「明るい戦闘狂」だからだ。


「プリメラさんのおかげで、新たにやってきた仮面の連中も街の住民に乱暴狼藉をはたらくことができません。その上こうして、私に稽古をつけてくださるなんて」


 同じくタオル巻きのカリンも、プリメラの隣で彼女を見上げながら感謝の眼差しを向けていた。カリンはあれから、庭師の軍勢に捕えられて幽閉され、素性の知れない仮面の男たちに集団で乱暴されかかったことがあった。もちろんその行為はプリメラの逆鱗に触れ、男たちは鉄拳制裁を受けた。殴られた途端に姿が消えたから、おそらくどこかから夢召喚された連中なのだろう。


「カリン姫には英雄の素質がある。男どもに街は荒らさせない。美味い飯とサウナのためにもね」


 プリメラの戦闘力は、単独で庭師勢力の道化人形や悪夢獣ナイトメア全てを素手で相手取っても楽に一捻りできてしまうほどのバケモノだ。今の雪の街では、実質彼女が絶対的な独裁者の地位にあるといっていい。かかあ天下だ。

 だが脳筋のプリメラは、街の運営に関しては全くの素人だ。なので各地の隠れ家を転々としてゲリラ戦を続ける町長ニコラス側に申し入れをして、雪の街の町長代理としてシャルロッテを派遣してもらった。


 実はオティス商会の創業者、伝説の冒険商人オティスだったニコラスの思惑もシャルロッテを雪の街の次期町長として教育することにあったので。交渉はすんなり成立した。


 フリングホルニは広大過ぎる。多数の道化人形や悪夢獣、謎の仮面の協力者たちの力をもってしても、完全制圧は容易でない。各地の隠れ家にも十分な物資が前もって集積されており、アリの巣のように地下通路が張り巡らされている。

 その上、管理者権限を持つオグマのサポートもあって船内全てが忍者屋敷のようなありさまだ。庭師たちは各所の仕掛けに翻弄され、いいように足止めされている。


「氷都市では今、新たな勇者たちを育ててるって言うじゃないか。どんな面白いヤツらと戦えるか、楽しみにしてるよ」


 プリメラが豪快に笑う。その暑苦しさで、サウナ内の温度が上がったような錯覚をシャルロッテとカリンは感じていた。


「シャルロッテちゃんは、あの仮面の男どもの素性をもう少し探ってみるでち。ロリ巨乳萌えとか言ってきて、ヒワイな目で見られてキモいでちゅけど」

「シャルロッテさんの容姿なら、相手の油断を誘えますね。その…お胸は私より大きいですけど」


 カリンがシャルロッテの胸元に視線を向けて、苦笑いを浮かべる。カリンよりもだいぶ背は低いシャルロッテだが、その胸は豊満であった。


「シャルロッテ嬢ちゃんも、安心しな。仮面の連中が変なちょっかい出してきたら、アタイの名前で脅していいから」

「ありがとでち!」


 シャルロッテが明るく笑う。その隣でプリメラは、まだ見ぬ強者との血湧き肉躍る戦いに想いを馳せていた。


◇◆◇


「ビッグ様! 前に出過ぎです」


 湯浴み着のような和風の水着に身を包んだクシナダが、ついたての陰から最前線のビッグ社長に警告を飛ばす。しかし、返事は無かった。


「全く、世話の焼ける…!」


 赤いサーフパンツ姿のジュウゾウが、トンプソン・サブマシンガンを模した連射式の水鉄砲で弾幕を張り。その間にクシナダの誘導で、突出し過ぎたビッグを後退させようとするも。


 ビーッ!


 彼のアバターボディにインストールされた競技用の紋章が、被弾判定のブザーを鳴らした。


「お前の考えそうなことは、読めているぞ」


 ビッグ社長の顔面に水鉄砲を直撃させたクロノが、黒のサーフパンツ姿で油断無く敵陣に目を向ける。ポンタやクシナダになだめられながらも、赤いサーフパンツ姿のビッグは不満げな表情を浮かべて特設ステージから降りていった。


 ところ変わって、氷都市。

 まるでスタジアムのような、サーカス用テントを転用した巨大サウナの真ん中で。水鉄砲を使ったサバゲーのエキシビジョンマッチが行われていた。ローゼンブルク遺跡の「夏の扉」のレリーフに描かれていた「女神の水浴び」を、ユッフィーの提案でアレンジしたものだ。巨大サウナは、エルルの発案だったが。


 MP社の三人+クシナダのビッグチームと、クロノに銑十郎とテイセン+フノスの新人冒険者チームの対決は。先に一人やられたこともあってか、クロノたちが勝利をおさめた。


「おかえりなさいですの!」


 ステージを降りてきた銑十郎に、ユッフィーがギュッと抱きつく。今まで掲示板の上だけのやりとりだった「恋愛ごっこ」に、急に実感の伴った女の子とのスキンシップが加わって。シャイな銑十郎は思わず顔を赤くした。


「マリカちゅわん、私もハグして〜♪」

「捕まえられたらね!」


 銑十郎とユッフィーのやりとりを見ていたテイセンが、夢魔法の先生マリカに抱きつこうとするも。精神体のマリカは、するりとテイセンの腕をすり抜ける。マリカもいつもの白いネグリジェ姿ではなく、パレオ付きの白いビキニ姿だった。


「いつからそんなに仲良くなった?」


 マリカとそこそこ付き合いのあるクロノが、不思議そうに彼女を見ると。


「だってこの人、面白いんだもん!」


 アバタライズで実体化すると、マリカは不意打ち気味にテイセンに抱きついた。驚いたテイセンが、目を白黒させる。


「ユッフィー様ったら、すっかり氷都市流の『ポリアモリー』に馴染んでますわね」

「だからぁ、オグマ様も嫉妬しなくていいんですよぉ♪」


 ユッフィーを演じるイーノの、最初の理解者である少女神のアウロラアバター・フノスとエルルも。銑十郎とユッフィーの様子を微笑ましく見守っていた。


「…まあ、ファミリーの結束は大事じゃからな」


 自分なら、またいつでも好きなときにハグしてもらえるし。夜だって寂しくない。そう自らに言い聞かせ、オグマは平静を保とうとする。


「愛は寛容であり、愛は親切です。人を妬まず、自慢せず…氷都市へ来てから、愛の意味が少し理解できたように思えますの」

「それって、結婚式とかでよく聞く…?」


 オグマのところへ戻ってきたユッフィーに、ノコが問いかけると。


「イーノ様のお家は神道ですけど、イーノ様は聖書の名言もお好きみたいですわ」


 愛というものは、分けても減ったりしない。むしろ多くの人を大切に想うことで、無限に広がってゆくものだと。穏やかな笑みを浮かべて、ユッフィーは答えた。


「休憩を挟んだら今度は、ぼくとミカちゃんとノコちゃんの番なの。応援してね!」「次はぁ、エイル様の水着姿ですねぇ!」


 ミカが男性陣に応援を求める隣では、エルルがクシナダとフノスにワクワクして語りかけている。アウロラのアバターたちは、元は同じ共通の人格で情報の共有も定期的に行われているが。アバターごとに個性や性格の違いがあり、エルルも完全に別個の個人として接していた。


「エイルは裏方に徹することが多いですけど、今回は全員参加ですものね」

「私たちも力を合わせて、儀式を成功させましょう。新たな迷宮に挑むには、準備も必要ですし」


 その数日後。これまではローゼンブルク遺跡での「氷結の呪い」対策に用いられてきた極光の天幕オーロラヴェールに、新たに耐熱性能が加わったことが確認された。

 遺跡の奥に鎮座する、夏のレリーフの扉を開くため。地底の牢獄に囚われた星獣たちを、新たな世界へ解き放つため。そしてHHO事件の犠牲者救済と、庭師ガーデナーから侵攻を受けているフリングホルニの奪還を担う勇者候補生たちへの試練として。


 揺籃の星窟ようらんのせいくつと呼ばれる灼熱のダンジョンは、星霊石採掘場の最深部で陽炎を揺らめかせながら冒険者たちを待ち受けていた。

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