第26話 夢を渡る絆:遠い異国から
「…ミキちゃん、今ごろどうしてるかな」
夜風に柳が揺れる、どこかの異世界で。
ミキと同じサイドテールを、左右逆に結ったピンク髪の娘が。キャンプの炎に照らされながら、遠地に想いを馳せている。
「今頃は、バルハリアのローゼンブルク遺跡かな。この前氷都市に戻ったとき、女神様に頼まれて冒険者たちに夢魔法を教えたんだ」
黒の革鎧に、同色の短いスパッツとピンクのミニスカートを合わせたどこか少女趣味な娘。その対面に腰を下ろしていたのは、フード付きマント姿のマリスだった。
ユッフィーとエルルに、夢魔法の特訓をつけた後。
庭師の放った魔物・
それが目の前の弓使い娘レティスと、明るく元気な中華少女パンだった。
偶然にもレティスは、かつて蒼の民の勇者としてミキと共に「はじまりの地」で、いばら姫の軍勢と戦い抜いた親友だった。
マリスが先日ミキに会っていたと知ると、レティスは目を輝かせて友の近況を聞きたがった。マリスもまた、ミキの温かな人柄に好感をおぼえていたので快く応じた。
「ミキちゃん、いいな〜!イケメンさんのコーチにスケート教わってるんだ」
「教える方がびっくりしてたけどね、あの子の我流の格闘フィギュアスケート」
共通の話題が持てたことで、マリスとレティスは早くも打ち解けていた。
「レティちゃんのトモダチなら、パンちゃんのトモダチなの!」
もう一人の少女パンはここ、中華風世界「
見た目で
庭師勢力はその秘めた力と不遇な立場を利用し、この世界に恨みを抱かせ災いの種を育てる糧に利用しようとした。それを放っておく蒼の民ではない。
レティスは「無銘の戦士」を名乗る者たちの一員で、かつての百万の勇者にあった「傲慢な戦争狂」の一面への反省から。不当に虐げられた者への救済を第一とし、憎しみや絶望など負の感情を吸って、災いの種が育つの防ぐ活動をしていた。
無銘の戦士たちの、影での奮闘のかいあって。人買いにさらわれたパンはレティスたちの手で救い出され、庭師に売り飛ばされるのを阻止できたのだが。
救出劇のドタバタの中、レティスは仲間たちとはぐれ。奴隷商人の追っ手と庭師の放った悪夢獣の両方から逃げる羽目となった。そこにマリスが現れたのだ。
タイミング良く駆けつけることができたのも、アウロラのフリズスキャルヴによる情報支援のおかげだ。
「レティちゃん、お魚美味しいね♪」
「パンちゃん、食べっぷりすごいね!」
「ボクも頑張って捕まえたかいがあったよ」
今、三人は夕食を終えたところ。近くの柳林の中を流れる川で、魚を捕まえて木の枝に通し、丸焼きにしただけの質素な食事だ。
「みんな!ちょっと聞いて」
不意にマリスの身体から、マリカの精神体がひょいと抜け出る。実は四人だった。
今のマリカは肉体を持たないので、普段はこうして霊媒体質のマリスに憑依している。本当は二人だが、単独に見せかけるのは「歩き巫女」としての隠密行動にはうってつけだ。
精神体は通常、幽霊そのもので姿が見えないが。今は会話に不便が無いよう意図的に可視化状態となっている。夢渡りの民マリカなら簡単なことだ。
「どしたの?マリカちゃん」
「バルハリアからの、夢召喚のシグナルを感知したよ。それも異様な場所と出力で」
普段、バルハリアで夢召喚を使うのはアウロラで。氷都市に地球人たちを呼ぶためだ。しかし今回の反応は、アウロラのものではない。
「場所はローゼンブルク遺跡。夢召喚をやってるのは…エルルとユッフィー!?」
目を閉じて、より集中して詳細な情報を感知するマリカの言葉に、マリスも表情が変わった。
「何かあったらさ、夢召喚してくれれば助っ人で駆けつけるって言ったけど。ホントに呼ぶとはね」
マリスにしてみれば、軽い気持ちで言ったのかもしれない。
夢渡りや夢魔法について素人のレティスとパンは、わけが分からずきょとんとしてマリスとマリカの二人を見ている。
「今から、ミキちゃんたちを助けに行かない?夢渡りでさ」
「ここから?どうやって!?」
「ユメワタリって、おもしろいの?」
マリスの唐突な提案に、レティスは驚いて説明を求め。パンは思いがけない冒険の誘いに、ワクワクして楽しそうに注目してくる。
「楽しいよ、すっごくね!」
精神体のマリカが、パンの両手を握って笑いかける。
「レティちゃん、いこういこう!」
流されてるな、と思いつつも。
レティスはパンの楽しそうな顔と、親友が助けを求めているかもしれない状況に。半信半疑ながらも、誘いに乗ることを決めた。
「どうすれば、ミキちゃんを助けに行けるの?」
「寝ればいいんだよ」
そうすれば、精神が身体から抜け出して望む場所へ飛んで行ける。それが夢渡りで、夢召喚は夢渡りを意図的にコントロールする魔法。
マリカのざっくばらんな説明に、レティスがあっけに取られたような顔をする。
「だからさ、たまには友達に顔を見せてやりなよ。今シェルターを作るから」
マリスが忍者のように手で印を組み、イメージを練る。
するとたちまち、四人の周囲がファンシーな寝室に変化した。壁と天井はまるで、満天の星空を覆い尽くす緑のオーロラに。床はなんと、全体が雲のように白くふわふわしたクッション状の何かに変わっていた。何とも眠気を誘う柔らかさだ。
「わ〜い!」
パンが無邪気にはしゃいでいる。いつの間にか、キョンシー衣装はチャイナパジャマに。マリスも黒のベビードール姿に変わっている。
「ええっ!?」
レティスが自分に目を向けると、ピンクの可愛らしいお姫様風ネグリジェ姿になっていた。マリカだけは変わらず、はじめから白のシンプルなネグリジェ。こうなるともう、即席のパジャマパーティだ。
「ささ、寝よう寝よう♪」
マリスとマリカが同時に、雲のクッションに寝転がる。パンもつられて、思い切り雲の上に飛び込んだ。もふっとした感触が、ほど良い弾力で押し返す。
「だいじょぶ…なの?」
「このシェルターは、一種の別空間。外の雨風や暑さ寒さは入って来ないし。誰かが来ても、ボクたちの存在には気付けない」
イメージの具現化は、夢渡りの民の得意芸。
ユッフィーやエルルが使える初歩の「現実的な物品」の具現化をはるかに超えた、幻想の具現化だ。
「寝る前から、何だか夢の中にいるみたい」
「あははっ、最高のほめ言葉だよ」
レティスの感想に、会心の笑みをこぼすマリス。
「それじゃ楽しい、夢の世界へ」
マリカが、一同に準備を促すと。
「おやすみなの!」
パンがレティスに抱きついてくる。添い寝して欲しいみたいだ。
「おやすみ、パンちゃん」
レティスがパンに微笑む。マリスとマリカも、仲良く身を寄せ合って。
四人の精神はそのまま、夢渡りでバルハリアへ飛んで行った。
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