第16話 夢の翼に、刻めその名を

「ユフィっち!あのエロ賢者にやる気出させるには、大胆な衣装で誘惑っすよ?」

「ユッフィーちゃんにはぁ、可愛いお洋服がいいですぅ!」


 オリヒメが切り盛りする、コスプレショップ「スパイダー」。

 明らかにアメコミヒーロー風の衣装も並び、ここは地球かと思うような店内では。ゾーラとエルルがどこかで見たような衣装を取り出して、次々とユッフィーに勧めていた。


 バニーガールであったり、お姫様ドレスであったり、踊り子の衣装であったり。

 もう、着せ替え人形状態だ。


(どうして、こうなったんでしょうね…)


 イーノもまさか、自分が異世界でファッションショーをする羽目になるとは思わなかった。おっさんの女装ではなく、アバターボディで完全な女子となった上で。

 なお夢竜のボルクスも、イーノが演じるユッフィーを奇異の目で眺めている。


「予算のことなら、心配無用よ。ユッフィーは強化訓練メンバーに選ばれたのだから、スポンサーのオティス商会から装備を整える支度金が出るわ」


 リリアナは、オリヒメとは商売上の付き合いが深いようで。さきほど本人から直に連絡が来ていた。


「あ、ありがとうございますの。リリアナ様によろしくお伝え願いますわ」


 本格的に装備を整えるのは、資金面からもう少し先とユッフィーは考えていた。

 正式に市民権を得るため、日々バイトにも励んでいたものの。稼ぎの良い仕事は採掘場のように身体的にきついか、接客業か水商売のように中の人イーノには精神面で負担があるかのどちらかだったからだ。

 アバターボディでもさすがに疲れ知らず、とまではいかないらしい。


 だいたい、何でコスプレなのか。

 氷都市の冒険者には、防具という概念がほぼ無い。理由は、主な活動の場が滞在時間の限られる「呪われた迷宮」だという一点にあった。

 ちょうど、原発事故の現場に立ち入る際には防護服着用の上で制限時間があるようなものだ。


 遺跡へ踏み込むには、アウロラのもたらす極光の天幕オーロラヴェールが不可欠となる。これは防具の代わりとしても、防寒具と対呪防護服としてもすこぶる優秀だった。

 剣と魔法のファンタジー世界に、SF世界の個人用バリア発生装置があるのに等しい。これもおそらくは、アバターボディと同様に古き神々が残した技術なのか。


 しかしそれをもってしても、滞在可能時間には限度がある。だから重い鎧などは、ただ邪魔になるだけ。

 遺跡の呪いによってすり減った加護は、氷都市に戻りアウロラをはじめとした街の人々と交流する中で、少しずつ回復してゆく。

 ちなみに、アウロラの巫女が探索に同行する理由は。迷宮内でより効率良く女神からの加護を受け取り、パーティメンバー各自が蓄えている加護の力を束ねて増幅する役割を果たすからだ。いるといないでは、潜れる時間に大きな差が出る。


 氷都市にコスプレショップがあるもう一つの理由は、フリズスキャルヴの存在。

 あらゆる世界の、あらゆる時代を映し出すという秘宝は。異文化に触れる職人たちの創作意欲を限りなく刺激してやまなかった。


「コスプレと言っても、完全なお飾りじゃなく。防御系や身体強化系の紋章を編み込んだりして、いざという時の備えになるのよ。しっかりこだわるといいわ」

「でしたら…」


 もし、氷都市に地球人を呼べるようになったら。対人面に不安のあるADHD持ちでも、イーノはある程度まとめ役を引き受ける必要がある。

 自分こそ「勇者候補生」計画の言い出しっぺなのだから、精神的にはリーダーであらねばならない。ミハイルやエルルの助けは借りるとしても。

 今のユッフィーに必要なのは、勇者たちを導くプリンセスとしての装い。

 そんなことを考えながら、ユッフィーがひそひそ話で要望をオリヒメに伝える。


「採寸はOK。後は訓練中に仕上げるわ。できたら連絡を入れるから」

「ユフィっちの新衣装、楽しみっすね!」


 オリヒメとゾーラに見送られて。ユッフィーとエルルは次の手続きに向かった。


◇◆◇


「遺跡探索を始めるにはぁ、誰かの『ファミリー』に入ることが必須ですぅ」

「地球のオンラインゲームM M O R P Gでいう、ギルド的なものですわね」


 ふたりは、氷都市の市役所に来ていた。

 

 氷都民のに立つ人のいる、略して氷都市役所


 そんな標語の垂れ幕が掲げられた、ガウディ風建築の歴史を感じさせる佇まいだ。日本の市役所と変わらないオフィス感がありながら、曲面を多用した構造は異国感を強く感じさせていた。


「リーフ様は研究者から冒険者になるため。クワンダファミリーへ入られましたね」

「ゾーラさぁんとオリヒメさぁんは、アラネアファミリーに入ってますよぉ」


 アラネアファミリー。ラテン語で蜘蛛を意味する、アラクネ族の職人たちが多く属するファミリーであるらしい。ファミリーの複数加入も可能で、ゾーラはゴルゴン族のコミュニティにも属しているようだ。


「では、わたくしとエルル様と…オグマ様は?」

「オグマ様もファミリー未加入ですからぁ、入って頂きましょお!」


 その場でエルルがアウロラを呼び、フリズスキャルヴ経由でオグマに連絡を取る。女神様を端末不要のスマホ代わりにするのは、巫女であっても変わらなかった。


「わしじゃ」


 オグマは、紋章院でリーフと話していた。何か説明を受けているようだ。


「エルルですぅ。今ぁ、ユッフィーさぁんと市役所に来てますぅ」


 ファミリー設立の旨をオグマに伝えると。


「おめでとうございます!オグマ様とエルルさんに、ユッフィーさんのファミリーですか」


 横で聞いていたリーフから、祝福のメッセージが。

 彼も先日クワンダファミリーに加入したばかりとあって、まるで我が事のように喜んでくれている。


「リーフ様、お祝いありがとうございますの」


 ユッフィーが笑顔で礼を述べる。

 そして、リーフの隣でオグマは。にやけて鼻の下を伸ばしていた。


「オグマ様」


 ユッフィーがオグマを睨む。ドワーフを演じる者として、中の人イーノには察しがついていた。繰り返すが、北欧神話のドワーフはスケベ。ボルクスも同罪だった。

 氷都市の法律上では、ファミリー構成員同士のつながりは親子や夫婦にも等しい。どうせ二人をはべらせてハーレムとか、考えてたのだろう。


「わたくしたちがファミリーを結成する理由は、家族の絆によって女神の加護オーロラヴェールを強めるためですわ」

「分かっておる」


 渋々と、叱られた子供のような顔をするオグマ。

 三人の関係を察したのか、リーフは苦笑いを抑えていた。


「わたくしもドワーフですから、オグマ様の考えそうなことは分かります。お悩みのことがありましたら、いつでも相談に乗りますわ」

「ユッフィーさぁん、優しいですねぇ!」


 地球では彼女無し独身のイーノが中の人であるからこそ、ユッフィーはモテない男には優しかった。


「それで、ファミリーの名前はどうされるんですか?」


 リーフが三人に問いかける。

 彼の話では、クワンダファミリーも当初は「蒼の牙」を名乗っていたが。蒼の民でないメンバーも増えたことから、今はクワンダのファミリーで通しているという。


「わたしぃはぁ…ユッフィーさぁんに家長を務めてほしいと思ってますけどぉ」

「どちらかというと、エルル様が一家のお母さんですわ。わたくしは嫁入りで」


 ユッフィーとオグマが話し合う。その結果確認できたのは、エルルの無邪気な笑顔を守りたいと思ったからこそ。彼女を帰る場所と認識し、力を合わせている。そんな共通の理解だった。


「ではエルルよ。おぬしが帰りたい場所、あるいは故郷に縁のあるものでファミリーの名をつければ良いと思うぞ」

「わたくしも、それで異存ありませんわ」


 ユッフィーとオグマ、二人に視線を向けられたエルルが。答えに迷って天井に目を泳がせていた。


「うぅ〜ん、それじゃあ…ヘイズルーン」


 少し自信無さそうな様子で、エルルが提案してきたのは。

 北欧神話に登場する、エインヘルヤルと呼ばれる勇者たちのために蜜酒の乳を出す牝山羊の名だった。


「わたしぃがアスガルティアにいたときぃ、働いてた酒蔵の名前ですぅ」


 ユッフィーと顔を見合わせると、オグマは笑ってこう答えた。


「酒飲みには、たまらんな。またエルルの作る酒が飲みたくなってきたわい」

「多くの勇者たちを養うもの。そういう意味では、ナイスなネーミングですの」


 ヘイズルーンが出す蜜酒は、毎日大釜を満杯にし。エインヘルヤルたちは、全員がもれなく一杯ずつ飲める。そうとも伝わっていた。

 その意味するところは、地球から有望な者を招いて冒険者に育てようとするイーノの計画とも合致する。文句無しの満場一致だった。


「では、ヘイズルーンのみなさん。今度ぜひ乾杯しましょうね」

「もちろんですぅ♪」


 楽しげな雰囲気に気を引かれたのか。宝石箱に収まっていたボルクスも顔を出してエルルを眺めていた。


 氷都市役所の冒険者を管轄する部署、冒険課。

 そこへ提出する、ファミリーの「結党届け」には。


「ファミリー名は『ヘイズルーン』、家長はエルル様ですね。確かに承りました」


 エルルの字で、楽しそうにそう書かれていた。

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