第13話 過去が僕らを強くする

「ヒャズニング練武場。これで一応、準備は整ったか」

「オグマ様、ご協力ありがとうございます」


 氷都市内の訓練場。

 召集令状を受け取った市民たちが。予備役冒険者として、続々集まってくる。

 準備を終えたリーフが、協力を申し出てくれたオグマに深々と頭を下げている。


「何、打ち直した『グラム』の調子を見るのに必要だったからな」


 オグマが背負っているのは、身の丈ほどもある漆黒の長剣。ルーン文字が刻まれた刀身はさながら鉄塊で、ドワーフの背丈では大剣と呼べる大きさだ。


「刻魔剣グラム。アスガルティアに伝わる神器の力、見せて頂きました」

「おぬしも、柔そうに見えてとんでもないことを考えておったな」


 訓練場の仕掛けに、オグマは驚いていた。


「うむ。トヨアシハラでの戦を、氷都市で追体験することになろうとはの」


 アリサ、クワンダ、ミキの三人も。教官側として先に集まっている。


「以前より、準備を進めてきましたが…ヒャズニング練武場は、先人の戦いの記憶を後進に伝えるため。紋章院で企画されていた『幻影の戦場』です」


 なおその名は、北欧神話における「終わらない戦い」から取られていた。

 紋章術とルーン魔法の合わせ技で、いつでもリアルな戦場と敵を再現した実戦形式の訓練ができる。そんな性質からのネーミングだろうか。

 オグマはアスガルティア出身者の中でも、特にルーン魔法に通じており装置の調整に大きな貢献を果たしていた。


「すごいね!地球製のV R仮想現実を上回ってるじゃないか」


 ミハイルもこの場に同席していた。彼は氷都市の市民権を持っているが、舞姫たちのコーチという役割上、兵役は免除となっている。

 舞姫たちの演舞も、迷宮では女神の加護を引き出す重要な支援となるからだ。


「でも、僕たちは。ある意味、地球人の発想をフリズスキャルヴで『盗んでいる』だけかもしれません。彼らの存在無しには、考えつかないアイデアでしたから」


 このバルハリアで、どうしてフィギュアスケートが好まれているか。

 地球人の考えたSFの産物らしきものが、なぜここまで具現化されているか。

 全ては、バルハリアを去った創世の神々が残した秘宝。フリズスキャルヴが見せた異世界の映像に端を発していた。


「もっと地球人が、氷都市に来れるようになれればね。彼らもきっと喜ぶと思うよ」


 ミハイルが楽しそうに語る。いつか、そんな日が来るだろうか。

 この時すでにイーノの計画が動き始めていたことを、リーフはまだ知らなかった。


◇◆◇


「あの人…そんなに凄い人だったんすか?」

 

 予備役として召集されていたゾーラが、ユッフィーからオグマの話を聞いて驚いている。

 自前の装備か、ゾーラはいつもの作業着に革のジャケットを着込み。武器として戦 鎚ウォーハンマーを携えていた。


「もう、わたくしのお師匠様ですわ。今までのひきこもりじゃ、ありませんの」


 ユッフィーは、採掘場のバイトで着ていた作業着にキュロットスカート姿で、まだ武器は持っていない。


「いったい、どうやったんすか?」


 ゾーラの知るオグマの評判は、スケべなだけのエロじじい。それがどうして急に、心を入れ替えたのか。

 ユッフィーは、意味ありげに微笑むだけ。


「ふふ、内緒ですの」


 誤解の無いように言っておくと。発達障害の人には羞恥心の発達が未熟なケースがあるが。個人によって程度には大きな差がある。

 自閉症スペクトラムという言葉が指す通り、虹の七色の如くにパターンは様々。


 誰もがイーノのように、徹底した大胆なまでの「なりきり」ができるわけでない。だからこそ、役者魂などという表現も成立する。


「…あとそれ、珍しいペットっすね」


 ユッフィーの隣には、夢渡り中に出会った夢竜ボルクスがふわふわと浮いている。


「お気をつけくださいませ、ゾーラ様」

「何でっすか?カワイイじゃないっすか」


 ボルクスを抱っこしようと、ゾーラが微笑みながら手を伸ばす。すると…

 まるで邪眼か何かのように、夢竜の目がギラリと光った。


「あひゃっ!ちょ、何すか、くすぐった…!!」


 次の瞬間、ボルクスはゾーラの豊かな胸元に顔をうずめて。すりすり頬ずりをしていた。


「ボルクスちゃんのえっちぃ。わたしぃには、懐いてくれないくせにぃ」


 気づくと、ユッフィーの後ろからエルルが顔を出していた。

 エルルは不満そうに、ほっぺたを膨らませている。


「おイタしちゃいけませんわよ、ボクちゃん」


 ユッフィーの手でゾーラから引き剥がされ、ぎゅっと抱きしめられるボルクス。

 胸の大きな女の子が好きなんだろうか?とんだ悪ガキだ。


「お、エルルっち!イメチェンっすか?」


 ゾーラの一言に、ユッフィーも振り返ると。


 そこにひらひらと羽ばたくのは、蝶の羽のような光翼を持つ可憐な乙女の姿。

 エルルは、北欧神話のヴァルキリーをイメージしたと思われる軽装の羽根兜と鎧を身につけていた。


「わたしぃだって、光翼人ひかりびと。勇者の魂をヴァルハラへ導く戦乙女の末裔ですよぉ!」


 あまたの異世界には、多種多様な有翼の人型種族が存在する。そのうち、魔力などでエネルギーの翼を形成するタイプのものを「光翼族」と呼ぶらしい。


「…何だかずいぶん、日本のサブカル風ですの」


 エルルの装いは、水色メイド服の上から軽装鎧を着たような萌え重視デザイン。


「最新の流行トレンドですよぉ♪」


 エルルがはしゃいだ。相変わらず元気の塊みたいな子で、見ているだけでこちらの心まで軽くなってくる。


「エルルっち、可愛いコスプレっすね!」

「ヴァルキリーの役割は、神々に仕え勇者たちをもてなすメイド的なもの。それで、このコスプレですのね」


 エルルがうなずいて、手にした竪琴ライアーをポロロンと鳴らした。


「魔法の歌でぇ、みなさぁんをサポートですぅ!」


 特徴的なのは鎧に「竪琴ホルダー」とでも呼べそうなパーツがあり。立ったままの演奏が可能なことだ。戦場で立ち回る吟遊詩人らしいと言えた。


 女神から与えられる加護、極光の天幕オーロラヴェールが鎧の代用を果たすので。氷都市の冒険者たちの装いは意外にも、日本の漫画やアニメのキャラクターに近い。

 これは後で、氷都市で地球人が冒険者として活動できるようになった際の有利な点となるかもしれない。

 ユッフィーの中で、イーノはそう感じていた。


◇◆◇


「みなさん!そろそろ訓練を始めようと思います」


 集まれる者がだいたい顔を見せたところで、リーフが一同に声をかけた。


「これから予備役のみなさんには、紋章院で開発した訓練システムで『過去の戦場』を体験して頂きます」


 オグマがリーフに目配せをする。

 すると、屋内であった訓練場の景色が瞬時に屋外へ切り替わった。


 温泉の湧き出る、湯気立ち昇る川。対岸にそびえる険しい崖。反対側は湾に面している。

 その間を通る狭い道は、幅15mほどしかない。


「レオニダス様も、だいぶ前から戦場の監修に関わって下さいました」

「いろいろ備えておったようじゃな」


 迷宮で未帰還となる前、オグマの家を訪ねてきたことも含めて。

 オグマが思案する。詳細は聞いていないが、あと一つ。リーフは何か、探索再開に向けて用意をしているようだった。


「訓練中は、用意された武器から好きなのを選んで使えます。自前の武器も含めて」


 使いたい武器をイメージして、との説明通りにユッフィーが槍を思い浮かべると。手の中にいきなり槍が現れる。重さも感じられた。


「訓練で傷つくことはありませんが、軽い痛みは感じます。ギブアップを宣言すれば、戦場から抜けることも可能です」


 オグマがチラと、ユッフィーを見る。もう師弟なのだ。

 ユッフィーの中のイーノも心して、うなずき返した。


「では、訓練を始めるぞい」


 オグマが装置を起動させる。すると、突然。

 目の前を埋め尽くすような数の兵士たちが、剣を抜いて殺到してきた。

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