第2話 全人類が夜遊びでほっつき歩く

 全人類が毎晩、夜遊びでほっつき歩く。

 そう言われて、何のことだか理解できる人がいるだろうか。


 いるとしたら、あなたはもう世界の裏側に首を突っ込んでる。私と同じようにいつどこの異世界から呼び出しがかかるか分からないから、気をつけたほうがいい。

 注意したからって、どうしようもないだろうが。心の準備にはなる。


 多くの異世界ものライトノベルだと、召喚される側に無断で。しかも、地球に帰れない形での呼び出しがほとんどだ。実際のところ、被害にあった本人か。あるいは、生還者から取材した人が注意喚起の名目で小説を書いてるんだろう。


 もちろん、異世界に召喚されて帰って来れないまま野垂れ死にした人は数知れない。全世界で失踪したまま、行方が知れない人。昔で言うと、神隠しや奴隷貿易。

 その点、氷都市はまだ良心的だった。


「私たち氷都市は『召喚奴隷禁止条約』を批准しており。一部の例外を除き、対象者に無断での強制的な召喚を禁止しています。ですから、まずはご安心ください」


 それが、私の夢枕に立って呼びかけてきた女神アウロラの第一声だった。


「で、私のようなしがないおっさんに何の御用で?異世界の女神様」


 名乗ってはいないが、見れば分かる。そんな姿をしていた。

 後光のようなオーロラをまとい、素顔をヴェールで隠したミステリアスな女性。


「あなたが『氷都の舞姫』の作者、イーノさんであることは。同じ地球人のミハイルさんからうかがっております」


 イーノというのは、私のペンネームだ。伊能をイタリア風にもじったネーミング。カプチーノとか、ペコリーノとか。そんな感じの。

 そして、氷都の舞姫とは。私が2017年のクリスマスに見た、ある不思議な夢に着想を得て書いたファンタジー小説。

 どうしてそれを知っているのか、なぜ作者を特定できたのか。はじめは驚いたものだ。


「あなたの小説に描かれた出来事は、事実なのです。そしてそれを克明に描くことができたのは、あなたがその場にいて『勇者の落日』の一部始終を見ていたから」


 わけが分からなかった。


「私は、夢を見ていただけです。なぜ異世界に行ったことになってるんでしょう?」

「夢とは、世界の裏側につながる『隠れた現実』の一側面だからです」


 アウロラと名乗った女性が言うには、こうだった。

 あらゆる世界の、夢を見る全ての種族は。眠っている間にひとりでに、精神が身体から抜け出して。自分の心が望む世界か、自分の心のありように近い世界へ自動的に引き寄せられるのだという。

 それが、魂が求める癒し。あるいは、魂に染み付いた癖なのだと。


 この「夢渡り」と呼ばれる現象は、地球でも毎晩、全人類が体験しているらしい。だけど多くの人がそうであるように、ほとんどは夢として忘れられてしまう。

 夢を真実と思う人など、狂人と見なされる。そのせいで、騒ぎにもならないけど。


 もの思ふ人の魂は、げに、あくがるるものになむありける(もの思いにふける人の魂は、本当に身体から抜け出すものだったんだなあ)。


 ご丁寧に、源氏物語の一節まで引用して説明してくれた。氷都市は日本文化が浸透した街なのだろうか?


「私は、氷都市で『フリズスキャルヴ』のオペレーターをしております。この広大な多元宇宙のあらゆる場所と時代を見通すとされる、古き神々の遺産です」


 何ちゅうチートな検索エンジン、いやテレビか。

 北欧神話の主神オーディンの所有する、世界全てを見渡せる千里眼の玉座。その名を冠するだけはある。

 それにしても、源氏物語の後にいきなり北欧神話である。アウロラはローマ神話の暁の女神か。


「私を特定したのも、源氏物語に詳しいのもそれですか。なら、わざわざ私から事情聴取をする必要も無いのでは?」

「残念ながら、フリズスキャルヴは万能ではありません。私のユーザー権限も低位のもので、閲覧不能エリアが多々ある上。敵方の通信妨害にも影響されます」


 それで、話が読めた。


「私が夢渡りで目撃したのは、フリズスキャルヴで見れない場所の出来事だった?」

「ええ。ですから、氷都市でお話をうかがいたいのです。朝にはきちんと地球にお帰ししますし、お礼もさせて頂きます」


 またとない好条件。その時は、そう思えた。

 けれど、それが。私の心を悩ます泥沼の始まりだったのだ。

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