第20話 気遣い

 開始からまだ三十分程度しか経っていない。これからどう時間を潰そうか……と考えていた時に、コトリとテーブルを鳴らす音が聞こえた。


「はい、ジャスミン茶持ってきたよ。これリラックス効果があるから、今の風浪くんにピッタリだと思うよ」


 華二が風浪に気を利かせ、水分を持ってきてくれたのだ。


「わ、悪いな。感謝する……」


 普段、お調子者とは思えない気遣いにギャップを受け、素直に感謝して受け取った。


「後ね、タンニンっていう抗酸化作用があるから蓄積された脂肪を減らしてくれるの。これは全ての女の子の味方でもあるんだよ」

「そうか、じゃあカニ公は大量摂取しないとな」

「そんな勿体ない事しないよ。それに私は食べても太らない体質だから☆」


 不意に、風浪は彼女が同性の敵を作る要因を見つけてしまう。

 そしてジャスミン茶を啜ると、咽頭から鼻腔にかけて風味が広がってくるようだ。


「ふぅ……案外ウマいんだな」

「そうでしょ、私を襲いたくなったでしょ?」

「あぁ、さっきより殺意がマシマシになった気がする」


 言葉とは裏腹に、胃袋から広がる心地良さで風浪は肩の力は抜けていた。次第に、華二に対する敵意のようなモノも感じなくなっていく。そんな中、彼女は告げてきた。


「私ね、一回でもいいから風浪くんとしっかりお話してみたいなって思ってたんだ」

「奇遇だな、風浪は一回もそんな事思ったことがない」

「うんっ、なんだか似た者同士な気がしてたの」


 相も変わらず風浪の言葉を無視する。

 だが、似た者同士といえば、風浪は華二が同姓と一緒にいる所を見た事がなかった。むしろ、風浪を含め男子との付き合いが多いような印象である。


「私、一年の三学期に転校してきたばっかりで……友達もいないんだよね」


 ふと、少し寂しそうな顔をした。


「その割には俺が盗難事件で責められていた時、間を取り持とうしてくれたよな」


 すると、意外な事に彼女は謙虚だった。


「そんなの関係ないよ、ただちょっと口が回っちゃうだけ」

「それでも俺はあの時救われた、お前は人気者だから周りも頷いてくれて——」


 その一言に、華二の表情が昏くなる。

 彼女は苦笑を漏らし、自虐の入った事を話し始めた。


「人気者かぁ……ちょっと人と違うからさ、皆は私を面白いって思うだけなんだよ。結局の所、本当の私なんか見てくれてない。本当の事を言うと皆、私から避けちゃうんだよ」


 ……何か、地雷を踏んでしまったらしい。

 風浪の何気ない一言が、何か琴線に触れてしまったのか。


「デリカシーが無くて悪かった、気に障る事を言ったようだな」


 風浪は華二に謝罪をした。

 しかし、彼女のスイッチが入ってしまったようである。


「そんな態度に嫌気が差しちゃってさ、皆と距離を取るようになっちゃったの、なんか嫌じゃん? まぁ私にも悪い所はあるかもしれないけどさっ」

「……」


 風浪が困惑し黙っていると、華二はふと我に還ってこう言った。


「あっ、ごめんごめん。今のチョー私っぽくなかったよね、聞かなかった事に!」

「そうだな……確かにお前らしくはない」


 風浪は同意見だった。誰かに自分を知って欲しいと願う気持ちは否定できない。隠し事をしながら生活するのは息苦しいものだから。


「っていうか私さ、皆の事結構見下してるの。あぁ、なんて話の伝わらない〝バカ〟ばっかりなんだろう……ってさ。そういう所、風浪くんと一緒なんじゃない?」


 そんな直線的な言葉に、風浪は少し動揺した。


「か、勝手に人を勘繰るな。今日はたまたまそう映っただけだ」

「そうかなぁ……でも、今日の事だけじゃなくて、他にも思い当たる事あるよね?」


 華二の鋭い観察眼にドキリとした。……今まで、どこまで見られていたのだろう。

 そして、彼女の巧みな誘導に、風浪は同意してしまった。


「そうだな、お前の言う通り……俺にはそういう節がある」


 華二の言葉が、次第に現実味を増してきた。

 異能力者というのは、基本他の者より優れた部分を持ち合わせている。同時に、考え方も違うが故に他人と合わせられない一面があった。

 華二は一般人ではあるものの、風浪と同じく俯瞰して物事を見ている所があり、そういう面で見れば、彼らは似た者同士なのだ。

 だから、彼女は風浪にしつこく付きまとっていたのかもしれない。


「風浪くん、私の事を避けていたみたいだけど、別に私は平気なんだよね」

「別に避けたつもりじゃない、俺は一人でいる事が好きなんだ」


 風浪は思っていた。

 自分は人とは違う。華二とは同じ世界、目線で生きる事が本来許される立場ではないのだ。……独りよがりな考えだって事くらいは分かる。けれども、そうしないと自分は誰かを傷付けてしまうのだ。

 そんな思考とは裏腹に、華二は「あはは」と笑うものだから彼は困っていた。

 すると、突如彼女はこんな事を告白してきたのだ。


「だから私……風浪くんの事が好きなの。付き合って」


 ——と、突然の告白だった。


「……は、はぁ?」


 風浪は困惑した。

 しかし、彼女は真剣である。ひっそりとこちらを窺うような視線と、春染みた紅潮感のある表情を彼に向けていた。


「私……風浪くんのコトが好きなの」


 まだその言葉に半信半疑になっている風浪の元へ、自分の想いを飛ばすのだ。


「え、ええと……その……気持ちは嬉しい、ありがとう、でも……」


 だが、急な事で頭が真っ白になり、返事を返せなかった。

 そんな言葉に詰まる風浪に、華二は優しくフォローを入れてくれる。


「結論は急がなくてもいいよ、私風浪くんの事待ってるから」


 それだけ自分の事を考えてくれているのだと思うと、素直に嬉しかったようだ。

 風浪は少なからず、自己表現の下手な人間だ。そんな自分を、華二は見ようとしてくれている。そう思うからこそ頭を深く下げ、謝罪の言葉を口にした。


「……分かった、ごめん」


 ただ、好きと言われた事に自然と不快感はなく、むしろ心地良ささえ感じていた。

 しかし、何かを忘れているような後ろめたさが背中を走る。

 そんな風浪の態度にニッコリと笑って答えた。


「まぁ、断ったら私、風浪くんの身体ごと食べちゃうかもしれないかな♡」

「どうしてハートフルな態度で話を殺伐な方向に持って行くかな……」

「ふーん、優しい方が好きなんだー?」

「はぁ、お前ってホント人の話何一つ聞かないんだな」


 華二の発言に呆れていると、こんな質問をしてきた


「少しは気持ち、落ち着いた?」


 気を遣われていたのだろう、こちらの顔を窺っている。


「まぁな。でも、今のは少し変わったジョークだな」


 そんな華二に若干の感謝をしていると、その表情は少し真剣な面立ちに変わっていた。


「私の趣味が入っちゃったかな、身体を食べるってすごく知的で風俗的シンパシー溢れた文化だと思うんだよね」

「飲食店で世界一NGなワードだ」


 そんな感想を漏らすと、彼女は軽く鼻を鳴らして続けた。


「そうだね、こういうのカニバリズムって言うんだけど知ってる?」

「まぁ、人を食べる性癖みたいなモノだろ、民俗学が好きなのか?」

「うん、まぁ……そんなところ」


 どこかぎこちない返答だったが、風浪はあまり気にせずこう言った。


「なんか変わってんな、お前」


 少し皮肉入りの褒め言葉に、華二は調子づいたように声の抑揚が上がった。


「そう言ってくれるのすごく好き! あ、別に私がそうってワケじゃないから安心して。その文化に根付く思想が素敵で、ロマンチックだな……って私は思うの」


 腕をテーブルに乗せ、こちらに顔を近付けるなり、こちらに熱弁をしてきた。


「ある集落ではね、人を食べるとその人の魂も食べた人の中に宿るっていうの。

 だから、身近な知人や親族が亡くなったらその身体の一部を食べてあげて、その身に宿った愛着、魂を受け継ぐの!」

「っていう事は、愛する人とこの先も一生一緒にいれるって事か」

「そうなの、それって凄く素敵な事じゃない⁉」


 テンションが上がり、声が上ずってきている。

 若干周囲の視線が気になり始めたので、そろそろ止めに入る。


「カニ公、周りがこっち見てる。そろそろやめとけ」


 そう伝えると、華二が我に還った。


「あっ、ごめんね。つい熱くなっちゃって」


 彼女は某お菓子屋さんマスコットのように、舌をペロっと出して頭を掻く。

 そんな悪気のない態度に、風浪は彼女を宥めた。


「まぁ、趣味思考はそれぞれだけど、妄想もほどほどにな……」


 そう言うと、手を合わせて謝罪してくる。

 余程好きな話題だったのだろう、けれども今回は場所が悪かった。

 そう思っていると、華二がこんな事を伝えてくるのだ。


「さっきはごめんね、ちょっと真面目な話をしちゃったから場を和ませたかったの」


 まぁそんな所だろうと、風浪は彼女なりの気遣いは感じていた。

 改めてそう言われ、穿った態度は現れない。


「気にするな。俺がこんな性格だから気を遣わせた部分もある、むしろ悪かった」


 腰の低い態度で彼女にそう伝えた。

 これは風浪なりの感謝。分かってくれると嬉しいなと思った。だが——


「それでね、カニバリズムにも色々あってね、女性の胎盤を食べる事は美容や健康にも用いられる事もあってね——」

「いやその話は今終わったばかりだろ」


 好きな話題になると早口になっちゃうオタクのように、見境のなく話し続ける華二であった。

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