2章:新たな兆し

第11話 謎の女剣士

 もうすぐテストも近いが、そんな事など言っていられない。

 ここ最近、魔物が現れるペースが速く、風浪は今夜も刺客との戦いに身を投じていた。

 そして今日も、悪意と殺意の狭間で駆け抜ける。


我は穿つブレイズ——」


 木立を駆け抜ける魔物に指を向け、凝縮された闇の弾を刺客に放つ。

 相対するのは人型の獣だった。特徴は硬い身体だ。

 いつもの刺客に比べると、防御面で優れている傾向がある。だから、この闇の弾など、奴の腕一本で掻き消されてしまうのだが——


「ギッ……」

「風浪サマ、効いてますわ!」


 ガードした筈の敵の腕は黒く焦げ、目に見えるほどの傷を作っていた。

 怯むまではいかないが、何度も当て続ければ効果はある。

 本来はこういう敵は、力任せで押し切ってくる事が多いので、倒すまで油断はできない。


「穿つ、穿つ——ッ!」


 弾を連射し、敵の肉体を抉る。

 しかし、ヤツは学んだようで、身体で弾く事より避けるようになったのだ。

 そこへ割り込むように、襲い掛かる巨大な影。

 敵は力任せに、周囲にある岩を投げつけてきたのだ。


「くっ、これしき……!」


 地面で砕け、飛び散った岩が風浪の身体を掠め、擦り傷を作る。

 今度はこちらが敵の攻撃を避ける番となってしまっていた。闇の弾では岩を破壊するのには十分だが、貫通はしない。

 なので、相手の元に届かないので近付かざるを得なかった。


我は拒むファルシオン——」


 夜力ノクターナで異形の刀を創り出し——駆ける。

 不規則に向かってくる投擲を寸前の所で躱し、進み、近付く……そして目と鼻の先、敵の懐に入った。


「そこ——ッ!」


 闇を断ち切る一閃、敵の腹を切り付けた。だが——


「あ、浅いです、風浪サマ!」

「ちっ……後少しだったかッ!」


 敵も攻撃に備えていたという事か、ギリギリ致命傷には至らなかった。

 ヤツは腹から流れる血を見るなりギリリッ……と歯を食いしばり、こちらを睨みつけた。

 そしてその後、敵は逃げて行った。


「追いますわ、風浪サマ!」


 そして、風浪たちはその刺客を追いかけるのだった。


 ◆◆◆◆


 刺客は、前回と同じ河原に出現していた。この付近を戦う場とする事も多いが、人目に付かないのでかえって好都合である。

 少し足場も悪いが、街中よりも自然豊かで空気の澄んだ、こちらの方が戦いやすいなと思えてくる。


「ごめんなさい風浪サマ、私ももっと戦えれば良いのですが……」

「何を言っているんだよ、お前はいてくれるだけですごく助かるんだよ」


 ライラは申し訳なさそうに、風浪に言う。

 彼女の異能力は普段からあまり見せないが、ただ殺傷力には期待できないだけなので、サポート面……逃げる事をメインに、能力を使って貰っている。


「俺が今こうして生きているのもライラのおかげなんだよ……」


 そう言うと、ライラは顔を隠すように前足で毛づくろいをし始めた。

 ちなみに言うまでもないだろうが、今の彼女の姿は、猫である。


「そういえば風浪サマ、今日は調子がよろしいことで」


 突然、ライラは会話を切り出した。


「確かに、身体の調子もすこぶるいいかもな。それがどうかしたんだ?」


 ライラはどこかご機嫌斜めな様子だったので、風浪はあえて聞いてみる。

 すると、待っていましたと言わんばかりに、彼女の目は輝いていた。


「刹那サマとのお絡み以降、随分と機嫌が良さそうで……と思いまして、今日もあの方の事をお考えになられて?」


 風浪は、ぶっと吹き出しそうになるのを堪える。

 これはいつものからかいだ、と思いながら体面を取り繕った。


「戦いの最中にそんな事を思う訳ないだろ、バカも休み休み言え」

「あーら図星でして? 今どんな気持ちですの、頭は刹那サマでいっぱいですの?」


 まるで、SNSの改悪アップデートにより起きたクソ仕様並みのウザさ。

 そんな質問攻めをされながら、歩みを進める事4,5分……ライラが気配を感じたようだ。


「……来ましたわ」


 そして、風浪も感じ取った。

 その肌がヒリつくような空気、刺客が彼らに放っているモノに違いない。


「我は拒む(ファルシオン)——」


 風浪はその場で武器を構え、耳を澄ます……が、今日は随分と風が騒がしい。

 木の葉を揺らし、虫たちがガサガサと茂みで動き回り、注意を削がれてしまう。

 だが、何もないのだ。


「(敵が姿を見せない、どういう事だ……?)」


 この時間は苦手だ。一秒が十秒にも、十秒が一分にも感じる緊張感。

 それが心を蝕んでいく。


「あぁくそっ、いい加減に出てこい……クソッ!」

「い、いけませんわ風浪サマ、落ち着いて!」


 ライラの声が届かない程に、風浪は苛立っていた。

 さっき刹那の名前を出されたからか。それほどにまで、彼女を守る事で頭がいっぱいなのか……答えは分からないまま。

 すると何という事か、突如後方から刺客が現れたのだ。


「ギイイァァァァ——ッ!」

「んな……ッ⁉」


 ——不意打ちだった。鋭い声を上げながら向かってくる。

 風浪は振り向き、即座に防御の構えを取った。


 刺客から振り下ろされる巨大な腕を、剣で防ぐ。だが、刃が肉に食い込む様子がない。

 そして、相当な膂力によって風浪は後方に吹き飛ばされてしまった。


「ぐぁぁ——ッ!」

「ふ、風浪サマ——っ!」


 受け身を取る事もままならず、風浪は背中から木に激突する。

 敵はライラには目もくれず、風浪だけに狙いを定めていた。


「(に、逃げるしかない。どこへ、まずは避けろ、今すぐ転がれ——ッ!)」


 無我夢中で横へ転がり、すぐさま敵の攻撃を避けた……その瞬間だった。


「えっ……あれ……?」


 確かに避けた。なのに、足元から違和感を感じた。

 脚がもつれた事に気が付く。そして、痛みが後からやってきたのだ。


「いっ……、こ、こんな所で——っ!」


 だが、ヤツは容赦ない。

 遠慮のない構えで、風浪に鋭い爪を見せる。


「(ま、まずい——ッ!)」


 咄嗟に剣を盾にするも、防ぎきれるのか疑問だ。いや、無理だ。

 ヤツの身体能力は凄まじいモノだったではないか、必ず押し切られる。


「(……死ぬ、のか?)」


 風浪は初めて負けた後の事を想像する。

 そして同時に、自分はなんて愚かなミスをしたのだろう……と己を呪った。


 振り下ろされる鋭利な爪。

 それが最後の敵の姿になる——そう思った時だった。


「ギシャアアアアアアアアアア——ッ」


 突如、突風と金切り音が一直線に駆ける音。

 同時に、吐しゃ物の落ちるような、汚れた音もした。


「え、俺は……生きてる?」


 骨と肉が断たれ、膝を折る刺客。そのまま塵と化した。

 覚束ない意識の中で、風浪は人影を見る。


「お、お前は……誰だ……?」


 目の前には一人の女性が立っていた。

 それは長く、燃え上がるような情熱的な紅の髪。優しげであるが、どこか油断も隙もない凛々しい顔立ち、腰には一本の刀が添えられている。

 しかも、その女性はうちの学生服を着ているではないか。


「ふう……危なかったな、良かった、うん」


 安堵の声を漏らしながら、血振りをした後、刀を鞘に収めると金属音が鳴った。

 その刀で刺客の胴体を真っ二つにしたのだ、それだけで分かる事がある。


「無事か、少年」


 月に照らされ、その存在すらも高貴に見えてしまうその佇まいは、恐らく強者だ。先ほどの刺客を一撃で仕留めたのだから。

 風浪は、たゆまぬ修練によって鍛え抜かれた、強靭つよくしなやかな身体に目が離せなかった。その内側を脈々と巡る清廉な肉体、それらを形作るまでに及んだ背景。

 ——この数秒に垣間見てしまった気がする。


「(もしかすると、実力は彼女せつなと互角……いや、それ以上)」


 彼女は誰なんだ、敵なのか……そんな疑問が頭を埋め尽くす。

 風浪は息を飲み、喉を鳴らした。今日だけはヤケに身体が火照ってしまうのだ。


「あ……」


 バツンッ!

 その女性がその音に気付いたように、自身の姿を覗き込む。

 先ほどの衝撃のせいか、シャツのボタンは外れ、胸が大胆に露出しているのだ。しかも、へそまで丸見えである。

 風浪は我に返り、引きちぎるようにして視線を切った。


「き、貴様……何を見ている……」


 ようやく殺意の波動に目覚めたようで、そのフラストレーションをぶつけてこられた。

 刹那の実力むねと比較してしまった風浪は、こんな事を口走ってしまう。


「あぁ、悪くなかった……じゃない! あまり見てはいないっ!」

「……ッ⁉⁉」


 風浪が勢いよく否定するなり、恥ずかしさのあまりに顔を赤らめる女剣士。

 彼女はすぐさま腕で上半身を覆うと、風浪の事をただただ睨みつけるばかりであった。

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