第6話

 バイト前の時間が空いた日、僕も西通りにある例の喫茶店に行ってみた。

 案内された席に座って、店内を見渡してみる。中途半端な時間だからか、お客さんは少ない。店員は若い女の子が二人いるだけで、五十嵐くんらしき男の店員は見あたらない。

 今日はいないのかな、と考えながら、テーブルの上にある期間限定パフェの写真に目を落としたとき

「あれっ?」

 上から聞き慣れた声が降ってきて、ふたたび顔を上げた。

「宮田くんだー」

 いたのは、白いシャツに黒のスカートを穿いた栗崎さんだった。手にはグラスの載ったトレイとメニューの冊子。「え、栗崎さん」思いがけない人物が現れて、僕はちょっと驚きながら

「ここでバイトしてたんだ」

「うん、二週間ぐらい前から。宮田くん、ここよく来るの?」

「いや、はじめて来た」

「そうなんだ。じゃあこれから通ってね」

 愛想良くにっこり笑って、栗崎さんはテーブルに水の入ったグラスとメニューを置く。いつも頭の上でお団子にされている髪が、今は低い位置でひとつに束ねられている。そのせいで遠目に見たとき気づかなかったらしい。

「今日はカノジョといっしょじゃないんだ?」

「うん」

「ね、今度カノジョさんもいっしょに連れてきてよ。私、早く会ってみたいんだよね。千紗ちゃん? だっけ。あいかわらず大学にはぜんぜん来ないし」

 軽い口調で出された提案に、うーん、と僕はちょっと苦笑して

「でも、千紗ちゃんといっしょに出かけたりしないからなあ」

「へ、なんで? そんなに忙しいの?」

「うん、まあ……ていうか、千紗ちゃんならここ何回か来てるはずだよ。最近通ってるって言ってたし」

「えっ、そうなの? どの子だろ。私もしかして喋ったことあるのかな」

「背低くて、髪は肩ぐらいの長さで、毛先ちょっと巻いてる」

 特徴を挙げてはみたけれど、きっとそんな女の子は大勢いるに違いない。栗崎さんもそれだけではさっぱりぴんとこなかったようで、「えー、どの子だろ……」と呟きながら考え込んでしまったので

「ここ、五十嵐くんって人働いてるんでしょ」

「ああ、五十嵐くん。うん、いるよ?」

「たぶん、その人とよく喋ってるんじゃないかな。千紗ちゃん、その人に会いにここ来てるみたいだし」

 そう言うと、栗崎さんの頭の中で記憶がつながったらしい。「ああ!」と目を見開いて声を上げる。

「たしかにいた! ここ最近、五十嵐くんのシフトの日だけずっと来てる女の子。一回、五十嵐くんと仲良さそうに喋ってるのも見たし。そっか、あの子が」

 そこで急に言葉を切った栗崎さんは、思い出したように僕の顔を見た。

「……え、宮田くん」困惑したように、おずおずと口を開く。

「知ってたの? カノジョが、五十嵐くんに会いに、ここに通ってること」

「うん。べつに千紗ちゃん、隠してなかったし」

 言うと、栗崎さんは心の底から戸惑った顔をした。

「え……それ」迷うような間を置いたあとで、声を落としてためらいがちに続ける。

「もしかして、二股ってやつなんじゃ」

「二股っていうか、あっちが大本命だから」

 むしろ千紗ちゃんの気持ちは100%向こうにあるのだから、二股にすらなり得ない。

「え、え、なにそれ」

 栗崎さんはあからさまにドン引きした顔で、何度かまばたきをした。眉をひそめ、なにか理解できないものを眺めるような目で僕を見る。

「宮田くん、なに平然と言ってるの」

「だって好きになっちゃったものは仕方ないし。僕にはどうしようもないから」

「いやいやいや、おかしいって。その子あり得ないよ。宮田くん、もっとちゃんと怒ったほうが」

 意気込んだ調子で捲し立てようとした栗崎さんの声に被さるように、「すみませーん」と遠くから声がした。見ると、奥のほうの席に座る女性客が手を挙げている。栗崎さんも一度そちらへ目をやってから、また僕のほうに視線を戻し

「とりあえず、また今度ゆっくり話そ。じゃあ、ごゆっくり!」

 早口にそれだけ言うと、ぱたぱたと呼ばれたほうへ駆けていった。

 栗崎さん僕の注文訊いてないじゃん、なんて思いながら、僕は遠ざかる背中を見送る。それから店内を見渡し、もうひとりの店員を呼んだ。



 ――だけどけっきょく、栗崎さんと話をするより、僕と千紗ちゃんの関係が終わるほうが早かった。

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