6.一瞬、夢を見た

 それからしばらく経って。

 立っているのは俺とホムラだけ。殴りかかってきた連中は、みんな床に転がっていた。

 呻き声を上げているのもいるが、大きな怪我はしていないはずだ。戦意喪失、といったところだろう。


「……ったくよー……」


 ホムラは頭をボリボリ掻きながらカウンターに近寄ると、しゃがんで隠れていた店主を見降ろした。


「おい、マスター……」

「ひぃ、殺さないでくれ!」

「誰も殺してねぇよ」


 ホムラは溜息をついた。


「俺はモンスに頼まれて場所を提供してるだけだ! こいつらとは関係ねぇ!」

「……話が噛み合わんな」

「――これは何事だ?」


 ふいに声がして振り向くと、二階から一人の男が降りてきた。

 二人の部下を引き連れている。小柄で腕力はなさそうだが、なかなか理知的な人物のようだった。


「モンスさん! 逃げて下さい!」

「ハールが、攻めて……」


 床に転がって身動きできないまま、男たちが叫ぶ。


「攻めてって……二人しかいねーっつーの」


 思わず呟くと、その声に気づいたモンスが、俺の方に視線を向ける。

 俺は構わず続けた。


「エンカの奴、どういう約束を取り付けたんだよ」

「エンカ? ハールの領主の息子だな」

「そうだ。エークであんたの部下に会って、会う約束を取り付けたと言ってたぞ」

「――おい」


 モンスが床に転がっていた男たちを見回した。


「私は何も聞いてないぞ。どういうことだ」

「エークに行った連中から、ハールの領主の息子が挨拶に来るって連絡が来たんです。昨日の夜」

「……それで?」

「何か、すごく強い奴ばっかりだって言ってて……」

「あいつらは単に俺たちに協力してくれるんじゃないかって言ってたけど……」

「だって……こっちはあと少しで領主を落とす所じゃないですか。だから、こっちの混乱に乗じてハールがラティブも乗っ取る気じゃないかって……」

「そうです」

「それで俺たち、ここで潰しておかないとって……」


 男たちが口々にモンスに答える。


「――黙れ」


 モンスが低い声で男たちを制した。男たちがビクッとして黙り込む。

 辺りがシン……となった。


「つまり……お前たちの勝手な判断で、この騒ぎを引き起こしたと。……そういうことだな」

「だって、俺たちは……」

「うるさい」

「……っ……」

「いいか。我々はルフトを倒して、このラティブを、昔のように皆が節度を守って自由に生きていける国に戻さないといけない。そのためには人の話も聞かず勝手な行動をする奴は邪魔なだけだ」


 モンスの言葉に、男たちはうなだれて黙り込んでしまった。


「今みたいな場合も、まずは私に報告するのが当たり前だろう。どうするかはそれから考える。少なくとも……」


 モンスは店内を見回した。


「店をこんなに無茶苦茶にすることはなかっただろうな」

「……すみません……でした……」


 床に転がっていた男たちは、みなモンスにひれ伏した。

 モンスは男たちを見回し溜息をつくと、ホムラに向き直った。頭を下げる。


「……私の部下が大変迷惑をかけてしまい、すまなかった」

「いや、ま、いいけどよ」


 ホムラが俺の方をチラリと見た。


「ソータ、こいつらの信用を得るためにもこの場で話した方がいいんじゃねぇか?」

「……そうだな」


 俺は頷くと、モンスの前に来た。


「何だ? 察するに、こっちはハールのホムラだろう。君は?」

「俺はヤハトラから来たソータだ。領主に囚われているフェルティガエを助けるために、ラティブに来た。ホムラとエンカは俺の友人で、護衛のために一緒に来てくれたんだ」


 俺は頭を下げた。


「誤解させて悪かった」

「フェルティガエ……?」


 モンスはやはり何も知らないようだ。


「領主屋敷の入口が見つからないという話だっただろう。それは、ルフトに囚われているフェルティガエが力を使って隠しているからだと思う」

「……だから、か。兵がなかなか倒れないのも、フェルティガか?」

「そっちはちょっと違うんだが……ただ、いずれもヤハトラの領分なんだ。俺はそのために来た」

「ソータもフェルティガエなのか?」

「そうではないんだが、何と言うか……それを説明するにはかなり……」


 闇のこととか全く知らないだろうしな。でもその辺りを説明しないと、ルフトの今の状態が理解できないかもしれない。


「――どうやら、最初からきちんと話を聞いた方がいいようだな」


 モンスは溜息をついた。


「おい、お前たち。もう納得したな?」

「はい!」

「すみませんでした!」


 男たちはよろよろと立ち上がると、俺たちにも頭を下げた。


「お前たちは、ここで店の片付けをしろ。……マスター、すまなかった」

「いえいえ……」


 酒場の店主がへこへこと頭を下げる。さっきまでの俺たちへの態度とは雲泥の差だ。


「では、二階で聞くことにしよう」


 モンスはそう言うと、「こっちだ」と言って降りてきた階段を指した。

 エンカが外でダマの番をしていることを言うと、モンスについていた二人の部下が

「我々が代わりに見ておきます」

と言ってくれたので、店先で待っていたエンカを呼び、俺たちは酒場の二階に上がった。


 そこはどうやら宿屋も兼ねていたらしく、廊下には小さな扉がいくつか並んでいた。

 モンスは一番奥の部屋に案内してくれた。

 八畳ほどのこじんまりとした部屋で、部屋の隅にはベッド。

 中央には大きめのテーブルがあり、その周りを椅子が6個ほどぐるりと取り囲んでいた。

 どうやらこの反乱軍の作戦会議の場所になっていたようだ。


 モンスと向かい合わせに座ると、俺はジャスラに漂う闇の存在と、俺がその回収の旅をしていたことを説明した。

 そして領主は闇に浸食されていて、その闇さえ回収できれば、この戦いが終わることも。

 さらに、ルフトに囚われているフェルティガエを助け出すためには、あまりルフトを刺激してほしくないということもお願いした。


「……私の目的はルフトの手からラティブを救うことであって、ルフトを自分の手で倒すことではない。だから、協力しても構わないが……」

「俺たちはフェルティガエを助け出したいだけだ。そのあと、ラティブはモンスが治めていけばいい」


 さっき部下に話していたことからいっても、それだけの器はありそうだしな。


「しかし、どうやって助け出すつもりだ?」

「とりあえず領主屋敷を見てみて、それから何か作戦を考えようと思う。だからしばらく、動かずに待ってほしいんだが」

「わかった」


   * * *


 酒場を出たあと、俺たちはモンスが手配してくれた宿に行った。

 酒場の上の簡易宿屋とは違い、小奇麗で立派な建物だった。

 案内された部屋も、さっき見たモンスの部屋より一回り大きい。備え付けられている家具などもピカピカで、手入れが行き届いていた。

 どうやらモンスは俺の話を信じ、最大限の歓迎をしてくれたようだ。


 ホムラは乱闘で若干疲れたらしく、宿で寝てると言ったので、俺とエンカの二人で再び宿を出た。

 領主屋敷の様子を見るためだ。


「モンスって……結構話のわかる奴でよかったよな」


 エンカが鼻歌を歌いながら言った。


「そうだな」


 俺は辺りを見回した。エークの町と違って殺伐とした雰囲気はない。町の人も、反乱軍に怯えることなく普通に生活している。

 モンスの指示が行き届いているのだろう。


「想像より反乱軍が進軍していたし……それだけ頭の回る手際のいい奴なんだろうなとは思っていた」

「確かにねー」


 領主屋敷に向かうと、モンスの部下があちらこちらで見張っていた。

 俺たちが宿に向かっている間に連絡は行っていたらしく、すんなり通してくれた。

 辺りの闇がだんだん濃くなる。明らかに、領主屋敷の中から漏れ出た闇だ。

 中のフェルティガエは大丈夫だろうか。闇にはそう強くないはずだが……。


「……あれだね」


 エンカが屋敷を指差す。兵士がずらっと並んでいる。

 どいつもこいつも傷だらけで、とてもじゃないが戦えるようには見えない。闇の力だけで奮い立たせているのだろう。


 闇は、確かに屋敷のある一点から溢れ出ていた。

 そこにいるのが……領主のルフトなんだろうな。


 それからぐるっと遠巻きに屋敷の周囲を回ってみたが……話に聞いていた通り、どこにも入口は見当たらなかった。


「……どう?」


 黙って後をついてきていたエンカが、少し心配そうに聞いた。


「アブルのときと一緒だな。だから、中に侵入して闇の根源を回収してしまえば、兵士は使い物にならなくなるはずだ」

「ふうん……。じゃあ、どうやって侵入するかだよね」


 エンカがキョロキョロと辺りを見回す。

 ……ふと、ある方向を指差した。


「あ……可愛い子がいる」

「は?」


 何を言い出すかな、こいつは。今はかなり緊迫した状態だってわかってるんだろうか。

 ジトッとした目で見ると、エンカが「いや、だって!」と急に慌てた声を出した。


「いきなりあそこに現れたんだよ! ほら、あの子!」

「お前は何を……」


 女好きのあまり幻影も見るようになったか、と思いながら振り返り――俺は思わず息を呑んだ。


 茶色い長い髪の少女が疲れた様子でふらふらと歩いている。

 その背中に……闇が迫っている。

 あっと思ったが……少女が軽く手を払うと、闇が泡のように消えた。


 ――浄化だ。そんなことができるのは……。


 呼吸が苦しい。いろいろな想いが俺の中を駆け巡る。

 少女がふと顔を上げて――俺は自分の心臓が掴まれたようにギュッとなるのを感じた。

 もう長い間――姿を見ていない。

 でも……忘れるはずがない。


「ミズナ……!」


 俺は弾かれたように走り出した。

 エンカの「えっ!」という驚いたような声が背中で聞こえた。


 違う。水那のはずがない。だって水那は――ヤハトラの神殿にいるんだから。

 もう一人の俺が、冷静な声で俺を押し留めようとする。

 でも、絶対に水那だ。どうして……!


「ミズナ!」


 俺が大きい声で呼ぶと、水那はビクッとしてこちらを向いた。両手で透明の珠を握りしめている。そして一瞬、躊躇ったが……慌てて俺から逃げようと走り出した。


「待て……って!」


 俺はどうにか追いつくと、左腕をぐっと掴んだ。水那が驚いたように振り返る。やっぱりどこからどう見ても水那にしか見えない。


「ミズナ……どうして……」


 水那は困ったように俺を見上げている。何も言わない。


『水那……何で……?』


 パラリュス語だから答えないんだろうか。

 そう思って日本語で言ってみたが、やっぱり水那は首を横に振って黙ったままだった。


「ソータ!」


 俺に追いついたエンカが俺の肩をぐっと掴んだ。


「どうしたの? その子、ミズナさんじゃないよ!」

「はっ?」

「だって……多分、まだ十歳ぐらいだし……。全然違うじゃん!」

「何を馬鹿なことを……」


 俺は水那の方に振り返った。すると……水那はふらりとよろけ、そのまま気を失った。


「……えっ?」


 俺は自分の目を疑った。

 気を失った途端――水那の姿から見知らぬ少女の姿に変わる。


「どういうことだ?」

「んっとにもう……」


 その場に崩れた少女を、エンカがぶつくさ言いながら抱え上げた。


「幻覚を見るなんて……ソータの愛が深いことはよく分かったけどさ」

「幻覚……」


 本当に? 近くで見ても、俺の記憶の中の水那、そのものだったぞ。

 ――ん? 俺の記憶の中の……?


 俺は少女をまじまじと見た。

 少女は気を失っても透明の珠を大事そうに握りしめ、離そうとはしなかった。

 この珠は……ジャスラの涙だ。


「ひょっとしたら……」

「何?」

「囚われていたフェルティガエの――娘の方かもしれない。レジェルだったかな」

「えっ?」


 しかしここでそのことについて話していても仕方がない。少女はかなり衰弱しているし……。 

 俺はとにかく、この少女を宿に連れて帰ることにした。

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