4.どうやらかなりヤバいらしい

 俺達三人はレッカの城を出て……ワーヒを通りすぎ、ラティブに入った。

 ここは以前、ウパの馬車で通った道だ。今回の旅は急いでいるので、俺たちはウパより大きくて足の速いダマという獣に乗って移動している。

 ……とは言っても俺は乗りこなせないので、エンカの後ろに乗せてもらっているのだが。


「そういえば……エンカっていくつになったんだ?」

「23!」


 そのわりには何と言うか、ガキっぽいよな。


「……こっちだと、結婚適齢期を過ぎてるんじゃないのか?」

「んー……。でもまだ、ピンと来ないからさあ。今は広く浅くというか……」

「……」


 昔の俺みたいなことを言ってるな。


「レッカも心配してるんだけどよ」


 ホムラが呆れたように溜息をついた。


「ホムラだって30まで独身だったじゃんか」

「俺は出会いがなかっただけだ」


 いやいや、1つの地域の頭だったんだ。会う人間なんていっぱいいただろ。

 ホムラが忙しすぎて何も目に入っていなかったか……ホムラについていけるだけの人間がいなかったんだろうな。


 そんなくだらない話をしているうちに、周りの風景が林から農村に変わった。


「……ソータ。何か見えるか?」


 ホムラが聞く。俺は目を凝らしたが、闇は漂っていない。


「今のところ闇はないな。……というか、人が少ないな」


 以前にここを通ったときは、畑仕事をしている人を大勢見たし、市場も立っていた。

 だけど畑には女性や子供がパラパラといるだけだ。黙々と野菜を収穫している。


「……もう、始まってるかもな」


 エンカが辺りを見回しながら言った。


「大人の男が全然いない。……みんな西に出払っているということかも。市場も全くないし……。ホムラ、誰かに聞いてみる?」

「――いや、無駄だろう」


 ホムラが少し考え込んでから答えた。


「俺たちが領主側の人間だと思われたら面倒だ。……とにかく先を急ごう」



 その後、夜になったら野宿をし、昼はひたすらダマを走らせる、の繰り返しだった。

 その道中も、全く市場はなかった。何も食料が手に入らなかったら困るから、とレッカが非常食を多めに渡してくれていたから大丈夫だったけど……。


 ラティブのちょうど中央まで来ると、いわゆる市街地に到着したようだ。家や店がたくさん並んでいた。

 かなり多くの人がいる。少し外れの草原にはテントみたいなものがたくさんできていた。


「……どうやら、ここに集まってるみたいだな」


 ホムラが周りを見回しながら言った。


「……反乱軍の本拠地?」

「かもな。今日はここで泊まろう」



 俺たちはダマを降りて、歩くことにした。

 町の人間は、ホムラを見ると何事かを囁きながらこそこそと離れていった。

 どいつもこいつも、俺たちを遠巻きに眺めている。

 正直言って、あまりいい雰囲気とはいえなかった。


「……誰も話しかけて来ないな」


 ホムラが残念そうに呟いた。


「そりゃそうだろう……。というか、話しかけてほしかったのかよ?」

「ああ。情報を仕入れないといけないからな」


 それはそうだが……ホムラって見るからに強そうだからな。

 ホムラほどではないが、エンカもでかい。

 エンカは棒術の達人らしく、背中に多節棍たせつこんという四つの太い棒が連結してある武器を背負っている。

 こんな危なそうな奴らに話しかける人間なんか、いる訳がないだろう……。


 ただ、かなり見張られている感じはするな。敵か味方か掴みかねている、といったところかもしれない。

 実際、俺たちもまだ立場を決めていないしな。

 反乱軍を避けて直接、領主屋敷に行くつもりだったが……反乱軍に混じった方が早いのだろうか。

 やはり、誰かに話を聞きたいところだ。


「……俺を独りにすれば、多分話しかけられるぞ」

「何でだよ」

「お前たちが怖すぎるからだ」

「……」


 ホムラは少し不満そうだったが

「じゃあ、二手に分かれてみるか。聞かれたら、レッカの使いだって言えばいい。ラティブの領主に挨拶に来たってな」

と言った。


「えっ……ソータを独りにして大丈夫か?」


 エンカが少し慌てたように俺とホムラを見比べる。


「伊達に長いこと旅してねぇし、心配いらねぇよ。俺とエンカは……」


 ホムラが町のはずれの林の近くを指差した。


「あそこにダマを繋ぎに行ってくる。俺はそのままダマの見張りをしているから、エンカは戻って遠くからソータを見てろ」

「……わかった」


 エンカは頷くと、俺に「じゃあな」と行ってダマを引きながらホムラと連れだって歩いて行った。

 俺は二人を見送ると、町の中心に向かって歩き始めた。



 反乱軍の本拠地らしいが、ここに闇は漂ってはいない。

 ……ということは、操られているのではなく本気で領主に対抗しようとしているということだよな。

 西の方角を見たが……ここからはまだ、領主屋敷は見えない。


「お兄さん、遊んで行かない? お代は腰のナイフでいいわよ」


 露出の高い服を着た女が俺の腕を掴んだ。

 俺は内心ギョッとしたが

「悪い。これは譲れないから、他を当たってくれ」

とつとめて笑顔で女の腕を振り切った。


 戦争ともなるとこういう女も集まってくるとは聞いていたが、本当なんだな。

 思えば、ハールの内乱のときは極めて健全だったよな……。まぁ、優等生のレッカと天然のホムラだしな。


 そんなことを考えながら町を歩いていると、他にも何人かの女が声をかけてきた。

 俺が声をかけてほしいのは反乱軍の人間なんだけどな……。

 いや、でも反乱軍と接触している女なら何か知っているかな? 手を出さずにうまく情報だけ引き出せれば……。

 ――だけど、水那が目覚めたときに後ろめたくなりそうで嫌だな……。


「兄ちゃん、一体何者だ?」


 ふと、俺の前に二人の男が立ちはだかった。

 一人は腰に剣を差し、もう一人は背中に槍を背負っている。


「女にも食い物にも興味ないなんてよ」


 わりと体格はいいが……訓練された兵士って訳ではなさそうだ。


「ハールの領主、レッカの使いでラティブの領主に会うために旅をしている。この町が賑わってるんで覗いただけだ」

「でもその割には大した装備だな。でっかい弓も背負ってるしよ。腰には剣もナイフも差してるじゃねぇか」

「自分の身を守るためだ」


 ついでに言うなら、セッカにもらった砲丸つきの鎖も持ってるけどな。


「……とか言って、ルフトの手下じゃねぇのか?」


 男の一人がそう言いながら剣を抜いた。


「違うぞ」


 ギラリと不気味に光る剣を見ても俺が全く怯まないので、もう一人の男も背中の槍を手に取った。


「……身体に聞いてもいいんだぞ?」

「むしろこっちが聞きたいんだが……」


 思わず溜息をつくと、剣の男が「ナメやがって!」と叫んで切りかかって来た。

 大きく振りかぶってるし、無駄が多い。……やはり、兵士ではないな。

 俺は剣を腰から抜くと、がら空きだった腰に胴を食らわせた。男が勢いよく吹っ飛ぶ。

 当然、峰打ちだ。殺す必要はないからな。


「おまっ……!」


 槍の男が少し本気になったのか俺に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる。

 俺は咄嗟にしゃがんで相手の懐に入り込むと、思い切り薙ぎ払った。ごろごろと転がっていく。


「ぐえっ!」

「おい、に、逃げるぞ!」


 剣の男が槍の男の腕を引っ張って立ち上がらせる。


「あ、こら、話……」

「話すことなんかねぇよ!」


 二人の男はそのまま凄い勢いで逃げて行った。

 何だよ、くそ……情報仕入れ損なった……。


「ソータ、あれさ、反乱軍の下っ端も下っ端。ただのゴロツキだってさ」


 急に背後からエンカが現れた。


「うわっ!」

「そうよぉ。こっちのお兄さん、小さいのに強いのねぇ!」


 エンカの隣にいる妙に色っぽい女がはしゃぐ。

 ……というか、小さいは余計だ。


「……お前は何をしているんだ?」

「何もしてないよ」

「これからよねー」

「そうそう」

「……おい」


 頭痛がして思わずエンカの腕を掴むと、エンカは俺の耳元で

(大丈夫だから、ホムラのとこ行ってて)

と囁いた。

 よく見ると、エンカの肩にカリガが止まっている。……これで連絡を取るつもりなのかな。


「じゃーねー」


 エンカはひらひらと手を振ると、女と一緒に路地に消えていった。

 まぁ、エンカもかなり強いし、大丈夫なのかな。……いろいろと気になることはあるが。



「……おう、遅かったな」


 町のはずれの林に行くと、ホムラがダマの傍にどかっと座りこんでいた。

 テントも立てている。ここで野宿する予定なのだろう。


「エンカが女と消えたんだが」

「だろうな。町にかなりの人間が集まってたから、そっちから聞いた方が早いんじゃないかってエンカが言うからよ。ソータには無理だろうから代わる、と」


 まぁ確かに、俺には無理だよ。


「危なくないのか? 女をダシに敵にとっ捕まるとか……」

「そういう嗅覚は優れてるから大丈夫だろ。それに雑魚の二、三人なら問題ない」

「ふうん……。――ん!?」


 急に空気が変わった気がして振り向くと、三人の男が俺の方に歩いてきていた。

 さっきの連中の仲間かと思い、思わず身構える。

 ホムラはそいつらをちらりと見ると、ゆっくりと立ち上がった。

 ……雑魚ではない、ということだろうか。


「……っ」


 立ち上がったホムラのでかさに驚いたらしく、一瞬男達はたじろいだ。

 三人とも腰に剣を差して、武装している。

 さっきのゴロツキと違い――それなりに訓練している奴らだと思った。


「――何だ?」


 身構えたまま聞く。三人の男は顔を見合わせた後、バッと土下座した。


「あなたの腕を見込んでお願いがあります! 俺達のリーダーになって下さい!」

「――は?」

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