第五章:血の繋がりは祝福か、或いは足枷たる呪いか/03

「詳しい話は響子氏から全て聞き及んでいる故、拙者も事情は承知しているでござる。五日後のパーティに潜入する上で必要になるでござろうホテルの間取り図に、響子氏から預かっていた潜入手順に衣装に諸々……全て此処にあるでござるよ」

 招き入れられた蒼真ルーム。ドデカい六枚モニタのデスクトップPCに、メタルラックに並べられた大量のフィギュア類と、壁や床に所狭しと貼られたアニメの販促用ポスター。そんな具合の、もう全力全開のオタク部屋っぷりに遥が言葉を失うレベルで驚いていた後。「粗茶でござるが」と言って蒼真は二人に熱々の緑茶が注がれたマグカップをを差し出し、その後で部屋の中央にあるテーブルに様々な資料を広げていた。

 それらはホテルの間取り図を始めとした、五日後のパーティ潜入に必要な諸々の資料だ。わざわざプリンタで印刷してくれたらしいものをデカデカとテーブルの上に広げ、蒼真は詳細の説明を始めてくれる。遮光カーテンが閉め切られた薄暗い部屋ということもあって、テーブルを囲む三人はまさに作戦会議といった様相だった。

「間取り図の方は頭に叩き込んで貰うとして……瑛士氏と玲奈氏の二人は当日、響子氏の手引きでパーティ会場にはホテルマンとして潜入して貰うでござる」

「ホテルマンって……俺はともかく、玲奈はキツくねえか?」

「その辺は問題ござらん。拙者が太鼓判を押すでござるよ。玲奈氏は普段から制服しか着ていない故、些か子供っぽく見えてしまうでござるが……普通に着飾ってしまえば、結構イケると拙者は踏んでいるでござる」

「……相変わらずだな、その一部限定にスゲえ観察眼は」

「褒めても何も出ないでござるよ」

「褒めてると思ったのか? だったら耳鼻科に行くことをオススメするぜ」

「…………瑛士氏、ちょくちょく拙者に辛辣になるでござるよな」

「御託はいい。……それで? 潜入手順を詳しく聞かせてくれ」

「承知したでござる。といっても、響子氏から預かっているメモを読み上げるだけでござるが」

 テーブルの片隅、ホテルの見取り図の上に置いていたメモを手に取った蒼真が読み上げる内容に耳を傾け、瑛士が玲奈との潜入手順……ホテルマンとしてパーティ会場に潜入する為の手順を確認する。

 どうやら前に言っていた通り、響子がホテル側にあれこれ根回しをしてくれていたようだ。

 話を聞く限りだと、潜入までは何事もなく、かなり楽にコトを運べそうだ。潜入までに限るなら、どう足掻いてもミッション・インポッシブルな事態にはなり得ない。

「――――といった具合でござる。衣装も二人分を響子氏から預かっているでござるから、帰り際にでも渡すでござるよ」

「頼む」

 ひとしきり説明が終わった後で、瑛士はふぅ、と息をつき。傍らに置きっ放しにしていたマグカップを手に取った。

 注がれた緑茶を……蒼真が淹れてくれた、少し冷めたそれに口を付ける。ティーパックのインスタントかと思いきやそうでもなく、ちゃんと本格的に急須で注いでくれた煎茶のようだった。

「……美味しいですね、このお茶」

「そうでござろう、そうでござろう。あ、長月氏はお茶のお代わりどうでござるか?」

「折角ですから、お願いします」

 マグカップ片手に煎茶を啜る瑛士の横で、遥もマグカップを両手に取る可愛らしい仕草で飲んでいて。そのお茶の味を彼女に褒められ、嬉しそうな顔をした蒼真は彼女にカップを手渡されると、遥のご所望通りにお代わりを注ぎに奥へと引っ込んでいく。

「……俺には訊きもしねえのかよ」

 そんなルンルン気分、軽くスキップなんかしながら引っ込んでいく彼の後ろ姿を眺めながら、丁度自分も飲み干していた瑛士がじとーっとした眼でひとりごちていた。遥には自分から聞いて、瑛士には何も聞かず放置している辺り……色んな意味で蒼真らしいというか何というか。

「お待たせしたでござるよ」

「ありがとうございます。……ええ、本当に美味しいですね」

「気に入って貰えたようで、拙者としても何よりでござるよ」

「おい蒼真、俺もお代わりくれ」

「急須ならキッチンにあるでござるから、好きなだけ飲むといいでござるよ瑛士氏」

「…………なんか俺にだけ辛辣だな?」

「さっきのお返しでござるよ」

「ひでえ」

 ――――とまあ、こんな阿呆なやり取りを経た後。仕方なしに自分で二杯目をマグカップに注いできた瑛士が、やれやれと肩を竦めながら二人の元に戻ってくる。

「ところで、遥はどうやって潜入するんだ? 俺たちとは別ルートだってババアからは聞いてるが」

 そうして戻ってきた後、熱々の二杯目を啜りながら瑛士はふと疑問に思ったことを何気なく遥に問うてみる。

 確か響子から聞かされていた話だと、遥は自分たち二人とは違う別ルート……つまり、ホテルマンに変装するルート以外でパーティ会場に潜入する手筈になっている。その辺り、彼女がどうやって潜り込むのかが瑛士は気になったのだ。相手がニンジャ、宗賀衆とやらの上忍であるだけに、余計にだ。

「今はまだ、知らない方が宜しいかと」

 だが、遥はそう言って瑛士をはぐらかす。どうやら答えたくないらしい。彼女の口振りから察するに、敢えて知らない方がこちらも自然に振る舞えるような潜入方法なのだろうか。

「? ……まあ、いいか」

 遥がどうやって潜入するのか、疑問に思った瑛士は首を傾げつつも……まあいいかとそれを流した。

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