第四章:遥かなる闇へと音も無く、白銀は月影に煌めいて/09

 ――――それから、更に暫くの時間が経過した後のこと。

「ふぅ……」

 響子は食事の席を中座し、寿司屋の外に出て。独り店の軒先に立ち、夜空を見上げながら煙草を吹かしていた。

 わざわざ中座して外に出て煙草を吹かしている理由は至極単純で、店が全席禁煙だから。故に響子はこうして店の外に出て、ルージュの目立つ唇に相変わらずのラーク・マイルド銘柄の煙草を咥えているのだった。

「……今日は、随分といい月が出てるじゃないか」

 冬の冷たい夜風に吹かれながら、独り煙草を吹かす響子は何気なしに頭上を仰ぐ。

 そこにあったのは真っ暗な夜闇のキャンバスと、街明かりの中でも僅かに見える一等星の輝き、そして綺麗な三日月。今日は一段と綺麗な月が出ている。雲の合間から顔を出し、眩い月明かりが周りの雲を微かに照らし出している、その光景は……何処かみやびで、幻想的だ。

「ん……なんだ瑛士、アンタか」

 そうして響子が独り夜空を眺めていると、すぐ傍の引き戸がガラガラと開く音が聞こえる。誰かと思い横目の視線をやってみると、店の中から出てきたのは意外にも瑛士だった。

「どうしたんだい。まさか煙草嫌いのアンタが、一本吹かしに外出てきたってワケでもあるまいし」

「チョイとな、外の空気が吸いたくなったんだよ。それだけの理由だ」

 ぶっきらぼうな調子で答える瑛士に、響子は「そうかい」と小さく肩を竦め。横並びになって立つ瑛士の気配をすぐ傍に感じながら、また何気なく夜空を見上げる。

「……最近、玲奈はどうなんだい」

 吹き付ける冷たい夜風の中、そうして二人横並びになって店の軒先に立ち。夜空を眺めつつ煙草を吹かしながら……響子はふと、何気なしに隣の瑛士へとそう問うていた。

「どうもこうもない、いつも通りだ」

 それに瑛士は、やはりぶっきらぼうな調子で答える。響子と会話する時はいつもこんな調子だ。

「強いて言うなら……少しばかり危なっかしいのが、俺的には色々と怖いがね」

「ふっ……相変わらず、アンタは過保護だね」

「そうか?」

「そうさね。……理由の方は、自覚あるでしょう?」

 二つ目の問いかけに、瑛士は答えなかった。

 ジッと空を見上げたまま、瑛士は無言を貫き答えない。そんな彼に対し、響子は煙草を吹かしながらボソリと呟いた。真横に立つ彼の顔を見ないまま、やはり同じように夜空を見上げたままで。

「アンタは、本質的にはあののことを見ちゃいない。アンタが見ているのは、玲奈じゃない……未沙ちゃんの、妹のことだけよ。結局アンタは、玲奈を透かして……ホントのところは、妹しか見ていないのよ」

 紅いルージュの唇にラーク・マイルドの煙草を咥えながら、少しばかり神妙な調子で呟く響子。そんな彼女の隣で、彼女の顔を一瞥もしないまま……俯く瑛士は、独り言のように呟いていた。

「…………分かっているさ、そんなことは」

 黒いTシャツの下、そっと手繰り寄せた胸元の……小さな金のロザリオを握り締めながら。





(第四章『遥かなる闇へと音も無く、白銀は月影に煌めいて』了)

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