第四章:遥かなる闇へと音も無く、白銀は月影に煌めいて/02

 ――――天井から、銀髪少女が降ってきた。

 信じられないような話だが、しかしそれが真実であることは今の状況が何よりも雄弁に物語っている。この決して広くない『エデン』の店内に自分たち三人以外の姿は見受けられなかったし、何よりも急に上から何かが降ってきた気配を、他ならぬ瑛士自身が感じてしまっている。

 だから、この少女はまさしく天井から降ってきたことになる。こんなに可愛らしい、透き通る銀髪をした……とても小柄な少女が。

「なっ、ちょっ、ええ……?」

 椅子から飛び退いた格好のまま硬直し、大口を開けて唖然としたまま瑛士が立ち尽くす。

 無理もない話だった。自分のすぐ傍へ天井から突然、しかもこんなに可愛らしい女の子が何の前触れもなく降ってきたともなればこうもなろう。幾ら彼が超一流のスイーパーだとしても、こんな事態は天地がひっくり返ったって想定不能だ。

「…………」

 着地した格好のままなのか、床に跪いた姿勢のまま微動だにせず、ただじっと見上げる視線で瑛士を射貫くその少女。じっくり見てみても、やはり相当に小柄な体躯をしていた。

 その背丈は……なんと一四三センチ。一五六センチの玲奈よりも更に一三センチも低い背丈だ。かなり華奢な体つきも相まってか、見た目の印象は本当にお人形さんみたいな感じだ。

 そんな彼女、先に何度も述べている通り玲奈と同じ銀髪の髪色だ。

 その綺麗な白銀の髪を、ショートカット丈に短く切り揃えてある。色こそ同じなものの髪型が違うせいか、同じ銀髪でも玲奈とは見た目の印象がまるで違っていた。

 翠色の綺麗な瞳に、玲奈とはまた違う……ただただ寡黙で冷たい、氷のような表情。そして意図的に消しているのか、少女は気配そのものが極限まで薄い。不自然なまでに薄いのだ、この少女が放つ気配は。

 そんな少女の格好こそ、肘下で袖を折った黒のジャケットにオレンジ色のキャミソールを組み合わせ、下はグレーのプリーツスカートに黒のオーヴァー・ニーソックスといった、まあ可愛らしい出で立ちなのだが……しかしそんな奇妙な雰囲気のせいで、瑛士の眼にはとても普通の少女に見えていなかった。

 ――――長月ながつきはるか

 少女は自らをそう名乗っていた。少なくとも瑛士が聞いたことのない名だ。スイーパーなのか、それとも別の人種なのか。この得体の知れぬ少女は、一体何者なのか…………?

「……やっぱり」

 目の前に突然現れた銀髪少女に瑛士が驚いている傍らで、玲奈はといえばいつもの無表情のまま……その少女の方に視線を小さく向けながら、何故だか納得したような顔を浮かべていた。

「流石だね、アンタは気付いてたのかい」

 そんな玲奈に、響子が感心した風に言う。すると玲奈はコクリと頷き返し、

「ほんの少しだけど、店の中にもう一人分の気配を感じてた。とても上手で自然な気配の消し方だったから、自信はなかったけど」

 そう、普段と変わらぬボーッとした感じの無表情と平坦な語気で呟いた。

「……さてと、瑛士もそろそろシャキッとしな」

「あ、ああ」

 呟く玲奈にニヤリと笑みを向けた響子にそう、呆れっぽい調子で言われて。それからやっと我に返った瑛士が改めて銀髪少女の方に向き直る。

 瑛士がそうして我に返ってから、響子は軽く咳払いをし。瑛士たち二人に対し、改めてその少女――――長月遥を紹介した。

「紹介するよ。アタシが雇ったニンジャ・ガール、遥ちゃんさね」

「…………宗賀衆は上忍、長月ながつきはるか。そちらのお二人は、お話にあった瑛士に玲奈とお見受け致します。……お二人とも、私のことはお好きにお呼び頂いて結構です。以後、見知りおいて頂ければ」

 跪いた格好のまま、瑛士の顔をじっと見つめる彼女。淡々とした口調で自己紹介をする遥を見下ろしながら――――戸惑う瑛士が出来ることといえば、ただただ唖然とすることだけだった。

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