第二章:プライベート・アイズ/03

「……ん、おかえりマスター」

「玲奈……あのなあ…………」

 蒼真と別れて、二階フロアの自宅へと戻ると。すると玄関で靴を脱いでリビングの方に歩いて行った瑛士が出くわしたのは――――風呂上がりの玲奈だった。

 風呂上がりという部分からもう察せられるとは思うが、今の玲奈は何も身に着けていない状態だ。上気した真っ白い肌からはまだ水気が抜けておらず、微かな湯気も纏っている。そんな彼女が身に着けているものといえば、首に掛けたバスタオルぐらいなもので。今の彼女は……有り体な言い方になってしまうが、端的に言って全裸だった。

 そんなあられもない出で立ちで、しかし恥じることもなく。さも当然のような――――いつもと変わらぬ無表情で視線を送ってくる玲奈に、瑛士はただただ呆れ返っていた。

「? マスターどうしたの、鳩が鳩を食べたような顔して」

「それを言うなら『鳩が豆鉄砲を食ったような顔』だ。共食いしてどうする」

「……僕だって、間違えることもある」

「間違えるのは結構だがよ、まずは服を着ろ」

「? どうして?」

「どうしてって、あのなあ……」

 服を着ないことがさも当然のような風に首を傾げる玲奈に、瑛士は全力の溜息をつきながら肩を竦める。

 …………こういうところは、ある意味で玲奈らしい部分でもあるというか、何というか。

 前にも述べた気がするが、玲奈はこんな風に一般常識みたいなものが完全に欠落してしまっているのだ。

 いや、この場合は恥じらいと言うべきなのか。とにかく、玲奈はその特殊な生い立ち故に、こういう奇妙な部分があるだった。

「いいから、さっさと何か着ろよ。風邪引いちまうぜ?」

 尚も全裸で立ち尽くしたまま、いつもの無表情できょとんと首を傾げる……それこそ頭の上に疑問符が浮かんでいそうな玲奈に、瑛士は小言じみたことを言う。

 すると玲奈は「……分かった」と静かに頷き返し、裸足でフローリングの床をとてとてと歩き、浴室……というか脱衣所の方へと戻っていった。

 そんな彼女の背中をやれやれと見送りつつ、瑛士はリビングルームにあるソファに深々と腰を落とした。

「さあて、と……」

 とすれば、彼は目の前のテーブルの上へ無造作に放られていたホルスター。その中に突っ込んであった自分の自動拳銃を手に取った。

 ――――シグ・ザウエル1911‐TACOPSタックオプス

 登場から一世紀以上が経過しても尚、愛され続けている名銃コルト・M1911。それをベースにシグ・ザウエル社が製造した高品質な戦闘用拳銃だ。古くはGSRと呼ばれていたが、今はシグ・ザウエル1911で統一されている。

 M1911は一世紀以上前の拳銃だから、当たり前ながら特許パテントはとっくの昔に失効している。だから本家本元のコルト以外にも、S&Wだったりキンバーだったり……と、各社が優れたクローン製品を製造しているのだが。これはそのシグ・ザウエル版といったところだ。

 特に目立つ見た目の相違点といえば、スライド部分に同社のP226のような抉りが入っていることぐらいか。

 そのお陰か、見た目の美しさは他の1911クローンとは一線を画している。シグ・ザウエルらしく精度も良くて高品質な、信頼出来る拳銃だ。

 ましてこのTACOPSモデルは、その名の通りタクティカル・オペレーション――――特殊作戦での使用を想定したモデル。瑛士のようなスイーパーの過酷な扱いにも耐えうる、タフで信頼出来る拳銃というワケだ。

 ――――閑話休題。

 瑛士はそんな自分の拳銃を手に取ると、スライドとフレーム部分を手早く分離。慣れた手つきで分解し、簡単なメンテナンスを始めていた。

 といっても、やることは単純だ。銃身内部の煤を拭ってやったり、各部にガンオイルを注油してやったり……と。極々簡単な、日常整備程度のことを瑛士は手早く済ませてしまう。

「……マスター、お待たせ」

 そうして瑛士が手早く愛銃のメンテナンスを済ませ、ついでに一緒に置いてあった自前の折り畳みナイフ――――ベンチメイド・アダマスの検分も終えた頃。無事に服を着た玲奈がやっとこさ脱衣所から戻ってきた。

 ちなみに、彼女の格好はいつものブレザー制服姿だ。瑛士は着衣して戻ってきた玲奈の方に視線をやりつつ、さっき蒼真から聞いたこと……新進気鋭の若手実業家・霧島啓一とアールクヴィストとの繋がりを話してやった。

「――――で、まずは奴を探るところから始めようと思う。目下の手掛かりは三日後、奴のペントハウスで開かれるホームパーティだ」

「……分かった。じゃあマスター、今日はどうするの」

「まずは肩慣らしといこう」

 整備が終わったばかりの自分の拳銃、シグ・ザウエル1911のスライドをカシャリと鋭く引いて空を切らせつつ、瑛士はニヤリとして玲奈に告げる。

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