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黒陽 光

Part.1『片翼の乙女たちと月下の輪舞曲』

プロローグ:白銀の死神は闇夜に踊る/01

プロローグ:白銀の死神は闇夜に踊る



 ――――夜の帳も降りた頃、真夜中の埠頭。

 草木も眠る丑三つ時をとうに過ぎた深夜の時刻、眠らぬ不夜の首都を背にした埠頭。静寂に包まれた、東京湾に面したその埠頭の岸壁で、まるで人目を避けるかの如く密やかに集まる集団の姿があった。

 岸壁にある人影の数は十数人。白人やアジア系、ラテン系など多種多様な人種が入り混じったグローバルな一団ではあったものの、しかし一様にビジネススーツの類を身に纏っていることは共通していた。

 そんな彼ら、殆どは黒系のビジネススーツで統一していたが……しかし一人だけ、明らかにフルオーダーメイドの高級品と分かる、灰色のカジュアルスーツを着こなしている男が居た。

 こちらに関しては、彼ら黒服連中の雇い主だろう。一人だけ結構な歳であることと、そして周りの……恐らくは護衛役と思われる連中の態度からも、それは容易に察せられた。

 とにかく、人目を避けるようにその一団は夜の静寂に包まれた埠頭、東京湾に面した岸壁に集まっていた。

 異様な雰囲気を漂わせる岸壁には、数台のバン車両と……後は、岸壁に着ける形でモーターボートが一隻、泊まっている。

 前者に関しては、この一団が乗ってきたものだろうと分かる。後者に関しては……アロハシャツなんかを着こなす乗組員のラフな身なりや、交わす言語から察するに、岸壁に集まった連中の取引相手だろう。このモーターボート……別の場所に停泊している外国籍の貨物船から、税関を避けるべく秘密裏に下ろされた荷物を積んでいるに違いない。

 そんな状況や異様な雰囲気を見るだけでも、この現場が何らかの違法取引の現場であることは明白だった。

 モーターボートに積んである荷物は、その全てが非合法の品。しかもド定番でありきたりな麻薬の類ではない。事前に得ている情報によれば、荷物の中身は国際条約で禁止されている神経ガス兵器と、後は細々とした武器弾薬の類だ。

 ――――つまり、この埠頭はまさに密輸の現場なのだ。

「………………」

 そんな密輸現場、今まさに悪巧みが行われている真夜中の岸壁に、コツコツと細い靴音を鳴らしながら近づいてくる人影があった。

 丁度街灯を背にしているからか、上手いこと逆光になっていて、遠くからだとその人影の人相を窺い知ることは出来ない。

 だが、近づいてくるその人影が、一五六センチと小柄な背丈の少女であること。何処かの学園のブレザー制服を着ていること。頭の左右で小さな尾を揺らす、可愛らしいツーサイドアップの髪型をしていて……そして、何故かその左手には。彼女の可愛らしい見た目とはあまりに不釣り合いな、冷たい鋼鉄の殺人兵器――――四インチ銃身のリヴォルヴァー拳銃が握られていること。それだけは、遠目からでもすぐに分かった。

「…………」

 やがて、その少女は別の街灯の下にゆっくりと姿を現す。

 誘蛾灯のように辺り一帯を照らす、暖色の街灯の明かりに照らし出されたのは――――白磁のように真っ白い肌をした、銀髪の少女だった。

「なんだ、アイツは……?」

「おい、拳銃持ってるぞ」

「じゃあ……敵、なのか?」

「そうに決まってるだろ!」

 アロハシャツの連中と取引をしていた男の護衛たちは、コツコツと靴音を鳴らしながら近づいてくる銀髪の少女の姿を見て、最初こそ戸惑っていたが。しかし彼女がリヴォルヴァー拳銃を左手にぶら下げているのを見て、すぐに彼女を明らかな刺客と判断する。

 そうすれば、彼らは一斉に懐に隠していた拳銃を抜き、目の前の少女に応戦しようと試みたのだが――――しかし、彼らが感じた一瞬の戸惑い。相手が少女であるが故に自然と戸惑ってしまった、その数秒があまりに致命的だった。

 ――――銃声が六度、重なって埠頭に木霊する。

 轟く雷鳴のような、三五七マグナム弾の銃声が六度、この真夜中の埠頭に響き渡った。

 一瞬の内の六連射だ。少女がスッと左手を動かしたかと思えば、次の瞬間には彼女の左手――――マニューリン・MR73のリヴォルヴァー拳銃の銃口から連続して六度の火花が瞬いていて。そうすれば、一気に六人の護衛が眉間を撃ち抜かれ、吹き飛ぶようにして仰向けに倒れていた。

 …………本当に、一瞬の内の出来事だった。

 あまりの早業で、六人の仲間が瞬時に殺されてしまった。

 その現実があまりに受け入れがたくて、撃たれなかった三人は呆気に取られていたが……しかしその間にも、少女は物凄い速さで間合いを詰めてきていて。少女は弾切れを起こしたリヴォルヴァー拳銃を瞬時に右手へと持ち替えると、走りながらで今度は折り畳み式のナイフを左手で抜刀していた。

 ――――エストレイマ・ラティオMF2。

 イタリア製の優れたナイフだ。銀髪の少女は翻る制服スカートのポケットより左手でそれを引っ張り出すと、バチンと勢いよくブレードを開く。N690ステンレス鋼材のブレードを妖しく煌めかせながら、少女はタンッとアスファルトの地面を蹴って小さく飛ぶと――――護衛の男たちの懐へと身軽に飛び込み。そしてサッと左手のナイフを振るえば、今度は瞬時に三人を斬撃で以て仕留めてしまっていた。

「な、なんだコイツは……!?」

「撃たなきゃやられるってえの!」

「わ、分かっておる……!」

 自分の護衛たちが、僅か十数秒の内に皆殺しにされた。

 その事実に恐慌する灰色のカジュアルスーツの年老いた男と、彼の取引相手のアロハシャツ男……こちらはモーターボート組の取り纏め役だろう。今この場に残された生者といえば、モーターボートに乗りっ放しの連中を除外すれば、もうこの二人だけだ。

 カジュアルスーツの男の方は、最初は恐怖に我を忘れていたが。しかし懐からグロック19自動拳銃を抜きながら吠えるアロハシャツ男に言われて、自分も応戦すべく、護身用にと隠し持っていたマカロフ拳銃を震える手で抜く。

「…………させない」

 が、彼らがそれぞれ抜いた各々の拳銃を構えて撃つよりも圧倒的に早く、銀髪の少女がいつの間にか懐に飛び込んで来ていて。ボソリと独り言を呟きながら少女が鋭い回し蹴りを連続して放つと、カジュアルスーツ男とアロハシャツ男、二人の持っていた拳銃を続けざまに手から吹き飛ばしてしまっていた。

「ぐえっ」

「ひぃっ!?」

 蹴られた衝撃で足をもつれさせ、アロハ男とスーツ男がその場へ同時に尻餅を突く。

「…………これで、おしまい」

 そんな二人の前に立ったまま、少女は悠々とナイフを畳んでスカートのポケットに仕舞い。そうすれば、左手に戻したリヴォルヴァー拳銃の再装填作業を、実にゆっくりとした調子で行った。

 左の人差し指でシリンダーラッチを押してロックを解除し、右手でシリンダー弾倉を左側に振り出す。その後でシリンダーを右指で支えつつ銃本体を下に向け、空いている左の手のひらでエジェクター・ロッドを叩き、六発の空薬莢を足元に落とす。

 アスファルトの地面に落ちた六つの空薬莢。銀色に光る白銅製の空薬莢がカランコロンと音を立てて転がる中、少女はポケットから取り出した新たな三五七マグナム弾のカートリッジを一発ずつ、左手でゆっくり丁寧にシリンダー弾倉に込めていく。

 パチン、パチンと細い指先で装填し、六つの薬室に六発のカートリッジを込め終えれば。少女は今までシリンダーを支えていた右手を動かし、丁寧な仕草でシリンダー弾倉をパチンと銃のフレームに戻した。

「やめ、やめろ! 金か? 金なら払う! だから助けて……」

「馬鹿言え、金なら俺の方が出せる! へへへ、今回の積み荷はな……最新鋭の神経ガス兵器なんだ! まだ何処にも出回ってねえ極上品よ! 裏で流せば米ドルで億はくだらねえ……。コイツの出せる額なんざ、はした金にしか見えなくなるような大金が手に入るんだ! だから、助けるなら俺を助けろ!」

「貴様、私を裏切るのか……!?」

「命あっての物種って奴よ!」

「…………きたない、ヒトたち」

 男たちが互いに喧嘩しながら必死に命乞いをしてくる中、しかし少女は彼らの戯れ言にまるで耳を貸すことなく。スッと自然な動作で左手のマニューリンを構えると、カチリと親指で撃鉄を起こした。

 ――――撃鉄が起きるのと連動して、シリンダー弾倉が六分の一回転をする。

 自身に向けられた銃口、そこから覗く直径〇・三五七インチのジャケッテッド・ホロー・ポイント弾頭を凝視しながら、アロハ男は冷や汗を垂らしつつ、尚も命乞いをしていたのだが――――その言葉は、割り込んできた銃声で横からバッサリと打ち切られてしまった。

 眉間を柘榴のように吹き飛ばされ、アロハ男が吹っ飛ぶような勢いで後頭部を地面に打ち付け、倒れる。それを見た傍らのカジュアルスーツの男の方が恐怖の悲鳴を上げるより前に、埠頭に二発目の銃声が轟いた。

 バタリ、と人体が倒れる音が僅かに響く。少女の足元で今の今まで命乞いをしていた男たちは、もう二つ分の物言わぬ生ゴミへと変わり果てていた。

「ふー……っ」

 コトを終えた少女は、自身が仕留めた目の前の死骸二つを一瞥すると、マニューリンの銃口に軽く息を吹きかける。微かに漂っていた白煙が夜の潮風に混ざって消えていくと、少女は今宵、この埠頭でやるべきことを終わらせたのだと実感していた。

 だが――――。

「……?」

 そうして一息ついていると、遠くでモーターボートが走り出す音を少女の耳が捉えた。

 不思議に思って振り向いてみると、岸壁に横付けしていたモーターボート……足元で死体になっているアロハ男の乗ってきた船だ。それが岸壁から一気に走り去っていく光景が少女の眼に、アメジストのような薄紫の瞳に映る。

 どうやら、今まで息を潜めていたアロハ男の仲間たちが逃走を図ったらしい。そういえば、こちらも片付けなければいけないことを忘れていた。

「うっかり、うっかり」

 少女はすぐさま左手のマニューリンを構え、そして蜘蛛の子を散らすように逃げていくモーターボートを狙い撃とうとしたが――――しかし彼女の人差し指が引鉄ひきがねを絞るよりも早く、モーターボートを操縦していた奴の身体がぐらりと揺れて。かと思えば、男はそのままモーターボートから落ち、海に転落してしまった。

 操縦者を失ったことでコントロールを失い、漂流を始めるモーターボート。そして、一瞬遅れて遠くから聞こえる、大口径ライフルの銃声。

 それを耳にした少女は、マニューリンを握る左手の指先で、左耳に嵌めた小さなインカムを軽く押さえつつ背後を振り返り……そして遠くの夜空を眺めながら、インカムに向かって細い声で囁きかけていた。

「…………ありがとう。助かった、マスター」

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