ピグミの歌 (3)



 


 彼は子供好きな大人という訳ではなかった。



 ある日、岩にもたれかかり休憩していた。山の頂上付近の街道で、近くで遊んでいた子供達が楽器を持つクローサーに群がり歌をせがんでいた。困り顔をしながらも彼は岩に腰掛け子供達を座らせた。


『なぜ欲望や恐怖に囚われているのか、自分自身の肉が鹿の最大の敵。


 ひと時の安らぎもない。夜は草も食べず水も飲まない。牡鹿の住処が見つからない、なぜなのか。


 牡鹿はいう、聞きなさい、森を出て死に物狂いで走りなさい。ブスクはいう、愚か者にこの真理はわからない』


 歌い終わると、クローサーは静かに楽器を下ろした。


「えーーどういう意味なの?」


 子供の質問にクローサーは穏やかに笑みを向けた。


「私達吟遊詩人は苦行をしない、自分の体に神が宿るからその体を痛めつけてはいけないのだよ。『私』を落とすための修行が『苦行をしている私』という『私』に囚われ驕りが生まれるからだそうだ。私があるところに時間が存在し、『私』のいないところには過去も未来もなく、時間と空間と質を超越した今があるだけだ。将来のことを考えるから今が未来を含有する。心はいつも今にない」


 クローサーの話に退屈した子供達が一人一人抜けて行った。笑い声を響かせ駆け抜けて行く。最後の子が手を振り、友達を追いかけて行った。


 彼は虚ろな目をして子供が笑い声を上げて走り回る姿を眺めている。あの目は自分の過去を見ている。私が彼に声をかけると彼はゆっくりと振り返った。






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