5

 子供の頃、体が弱かった。

 病気がちで外で遊ぶことも出来なかったし、たまに体調が良くて外に出ることが出来ても、自分が弱いと実感させられるだけで苦痛だった。

 人と同じようにできない自分が悔しかった。

 けれど、両親はそんな僕を怒らなかった。優秀な彼らは、不出来な僕なんかに謝り続けた。

 強く産んで上げられなくて、ごめん。元気な体にしてあげられなくて、ごめん。

 そんな風に謝られても、どういう感情を抱けばいいのか分からなかった。

 反抗期に入って、弱い自分より弱い存在が在る事を知った。

 機械で体を補強した者、遺伝子操作で強化された者、ドラクマから移植を受けた者。

 弱いままの自らを受け入れた自分に比べて、彼らは卑怯で忌むべき存在だと思った。無駄に勉強して、様々な所で彼らを罵り、貶める行いをした。

 今思えば、下らない自己肯定。

 自分自身が彼らの側だと知った時、耐えられなかった。

 自分が被移植者であったことにではない。自分の弱さを見ない振りするために、態々勉学に時間を費やし、見ず知らずの誰かに暴言を吐き、何も生み出せずに生きてきたことが悔しくて仕方が無かった。

 その後、自分なりに努力をし、体を鍛え、知識を集めた。出来うる限り、自分の望む道に進もうと、がむしゃらに努力した。

 だが、青春時代を無駄に過ごした人生なんて、直視出来た有様ではない。

 ああ。この有様だ。

 子供時代を思い返せば、僕は多分研究者になりたかった。皆みたいに遊べない、自分のような子供のために、凄い研究をして、世界を良くしようなんて思っていたと思う。

 それが、今じゃしがない研究施設の子飼いの警備社員だ。言ってしまえば、失敗した研究の掃除係。

『世界を良くする研究を陰から支えているんだから、自分の夢は叶ってるよ』

 なんて、下らない事を思ったこともある。

「ああ……僕は、人生の目標を見付ける事すら出来ずに死ぬんだね……」

 テンとミナが必死に声を掛けてくれる。でも、もう耳は聞こえないし、目はぼやけて来た。

 何となく横を見ると、誰かの靴に踏み潰された肝臓が落ちていた。あれがきっと僕を生き続けさせてくれていた、ドラクマの肝臓なんだろう。

「綺麗な色してたんだね…この弱い体を支えるのは大変だったろうに……人に迷惑かけて…夢を失って……こんな所で死んでいく……僕は何のために生まれて来たのかな……?」

 それは正確には後悔じゃなくて、怒りだったんだと思う。

「テン……ミナ……」

 気配から察するに、テンもミナも僕が死ぬまで傍に居てくれるようだ。

 そんな無駄な事をさせる訳には行かない。彼らには、やって貰わないといけないことがあるのだ。

「タンツルが、僕が殺されたことに怒って……フェニックスの部下を殺したんだ……タンツルは追われてる……助けてあげて……」

 無責任に言う僕の手を、2人が握ってくれる。

 ああ、思い出した。子供の時、病気に伏して、見飽きた天井を眺めている時。いつも解明したい謎が浮かんできていた。『死んだ直後に自分は何を思うのか』って事。

 それが数秒後に分かるとなると、ちょっとワクワクする。

「僕は死ぬって時…なんてくだらない事に時間を使ってるんだろうね……」

 こんな無駄な呟き。こんな無駄な人生。

 恥ずかしくて、誰にだって聞かせられない。

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